【幕間】辻褄合わせ~フォルクハルト視点
「さて、先ほどカロリングに今日の一件を説明したところなのだが」
とヴォルデマールがいきなり本題に入った。
「魔力の登録を外すだけで、何故衣服が乱れたのか。その説明は私からするよりも其方がした方が説得力があるだろう。何せ私は嫌疑を受ける者だからな。言い訳と取られても仕方ない。幼女趣味などないのだが、証明しようがないからな」
「ヴォルデマール様を疑うなどあり得ません、と何度も申し上げております。わざわざフォルクハルトの証言をとらずとも」
「そうはいくまい。フォルクハルト話してやれ」
「え、えっと」
魔力の登録? それはタンストンに吐いた嘘ではないか。本当の事を話していないのか。いったい何故。王族の縁談を断るくらいだ。ヨアヒム様には話しても問題ないのではないか。
―――何かあったときに、カロリングを護る為か?
「……研究室はことの他暖かかったのです。中でもライラティーヌ様は、部屋に並ぶ様々な魔術の器具に興味を示され、その……大はしゃぎでしたから」
「……あいつが勝手に暑がって脱いだのか。まあそんなことだろうとは思ったが……。ヴォルデマール様、教育が行き届いておらず、お見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ございません」
ヨアヒム様が頭を抱えながら謝罪された。こんな適当な言い訳がすんなり信用されてしまうのもどうかと思うが、あのライラティーヌ様ならやりそうだと納得されたのだろう。実際ほとんど本当の事だというのが悩ましい。
「いや、奔放に育てられただけあって、柔軟な発想に優しい心根。領主としての素地は出来ているように思う。良い教育をしておるな」
「そう言って戴けると、親としては有難い」
ヴォルデマールとヨアヒム様の間でいったいどのような話が行われたのだろう。本当に魔力の登録を外しただけということになっているのだろうか。そんな内容で、縁談まで話が及ぶものだろうか。
私の懸念が伝わったのだろうか、ヴォルデマールがヨアヒム様との会談の内容に触れてきた。
「カロリング、其方は先ほどライラティーヌは神に愛されている、と言ったな。フォルクハルトも同様のことを言っていた。何かそう考えるきっかけがあったのか?」
「……死の淵に立ちながらも、何度もアンゲスリュートに追い返されてきますので。親のひいき目でございます」
「なるほどな。フォルクハルト、其方はどうだ?」
「私は……」
脳裏に待黎祭の夜が浮かぶ。精霊の光に照らされて歌う、ライラティーヌ様の姿。
「似たようなものです。そうであれば良いな、という臣下の戯言です」
ふふっと、ヴォルデマールが笑った。その笑顔はどこか寂しそうにも幸せそうにも見えた。
「実は私も同意見だ。ライラティーヌは神に愛されているように思う。先程話したようにライラティーヌの魔力は他と少し違う。そしてその魔力は王族にとっては魅力的だ。変わった魔力の者はたまにいるが、王族に匹敵する魔力量を持つ者は多くないからな。近親婚の繰り返しで血が濃くなってしまっている王族は、ライラティーヌのような変わり種を、白の者への良い起爆剤と考える可能性は十分にある」
「そのような理由では、可愛い娘は渡せませんな」
「ふ。言うなカロリング」
どうやらライラティーヌ様は、濃くなった王族の血を薄めるために最適な母体だ、という話になっているようだ。
いくら状況把握のためとはいえ、しれっと聞いてはいけないことを聞かされた気分だ。こうやってまた、私の性格に合わない秘事が増えていくのか。吐きそうだ。
ヴォルデマールは一度私と目を合わせると、小さく頷いた。そういう話にしてあるからな、ということだろう。私も小さく頷き返す。
「そういえば、先ほどライラティーヌは病を患っていると言っていたな」
「潜在操作がうまくできていないようです」
「魔力の問題か……では、私が診よう」
「は?」
ヴォルデマールはやけに自信たっぷりに頷いた。
「病が魔力に起因しているのであれば、私の専門だ。少なくとも理由もわからずアンゲスリュートに会いに行くような真似は金輪際させぬ。しばらく私の屋敷に通わせよ。本人には、そうだな魔術の練習とでも言っておけ」
「本当ですか?」
「任せておけ」
とんでもない大風呂敷のようにも聞こえる。だがヴォルデマールに任せておけば大丈夫だと、何故か自然と思えた。
ヨアヒム様がくずおれるように跪き、ヴォルデマールの足元へにじり寄って頭を垂れた。
「……感謝、致します」
普段決して見ることのない、領主の叩頭。
ライラティーヌ様は、父親からこれほど愛されているのかと、私も嬉しくなった。そして今までお一人で病と闘ってこられたライラティーヌ様に、この上ない助言者が現れたことも心から嬉しい。私ではできなかったことだ。
ヴォルデマールは少し目を細めて、ヨアヒム様を見降ろした後、手を差し伸べた。
「立ちなさい。私がライラティーヌを死なせたくないだけだ。礼を言われる事ではない」
「それでも幾重にもお礼を申し上げます」
ヴォルデマールはヨアヒム様を席に座らせてから、姿勢を正した。
「私はライラティーヌをこの国に必要な人物だと考えている。本来ならば王家を捨てた私がこのようなことを言いたくはないのだが、それでも言わねばならぬ」
ヴォルデマールはいったん言葉を切り、私とヨアヒム様の目をそれぞれ見据えた。
「命令だ。決して死なせるな。出来ないのであれば、王家でもらい受ける」
「命に代えましても」
立ち上がり、騎士の礼を取って応えた。
本当にライラティーヌ様が王都へ行かれる事態は回避できたのだ、とやっと実感が持てた。
「さらに、矛盾するようであるが、もう一つ守ってもらいたい事がある」
「何でしょうか」
「あまりあれの行動を規制するな。生きていても屋敷に閉じ込めるだけの生では意味がない。それでは王家に嫁ぐのと変わりがないからな。フォルクハルト、護衛騎士の腕の見せ所だぞ。あの娘は目を離すと何を仕出かすか分からん。其方ならば手綱をとれるだろう」
とんだ無茶ぶりだ。
言っていることは正しいし、私もそうあるべきだと思う。ライラティーヌ様を閉じ込めておけば、逆に大惨事が待っていそうな気がしてならない。だが本当に私であの方を制御できるのだろうか。
「ですが、フォルクハルトは明後日から貴族学院へ戻らねばなりません」
「構いません。もう卒業に必要な科目は取り終わっています。このまま任務に就きます」
私ではまだ力不足なのは分かっている。だが騎士の中の誰よりも、ライラティーヌ様の御心に沿えるとの自負はある。今は貴族学院になぞ行っている場合ではない。
「それは駄目だ」
私の決意をヴォルデマールが即座に拒否した。
「ライラティーヌと伴にあるために、フォルクハルトにはもっと優秀になって貰わねばならぬ。其方は学院へ行き、多くの事を学んで参れ」
「しかし」
「命令だ。ライラティーヌを支えようと思えば、生半な実力では役に立たんぞ。あの娘を守るためにもっと精進しろ、優秀になれ」
悔しいが、その通りだ。私は弱い。
ライラティーヌ様を護る為、私自身が強くならなければならない。
「分かりました」
「うむ。ではフォルクハルトがいない間、他に任せられる者はいないか。優秀で、何より信用に足る人物だ。フォルクハルト、お前が選べ」
「私がですか?」
「そうだ。ライラティーヌの側においても大丈夫だと信用できる者を、お前が選ぶんだ」
ライラティーヌ様と行動をともにすれば、今回のように何が起こるか分からない。その時にライラティーヌ様一番に判断が出来る人物。
「一番は、ゲルルフ団長です」
「ゲルルフは、ちと目立つな。ライラティーヌ一人にとられては困る人材だ」
そうなると、あの森での一件を知ってもなお、口を噤んでいる人物だ。
「フェーベとハムドルトでしょうか」
「呼べ」
二人をとんでもない試練に巻き込んでしまった。だが、苦労を分かち合える仲間が増えたことは、精神衛生上とても助かる。
さて、ふたりにはどこまで話すべきだろうか。少しヴォルデマールと打ち合わせる時間が欲しいものだ。




