【幕間】王族の戯れ~フォルクハルト視点
「顔をあげよ」
ヴォルデマールの声が頭上に降りてきた。骨が軋む思いでなんとか首を持ち上げると、肩を竦めたヴォルデマールの無表情があった。
「私はとうに王族を捨てている。籍がまだ王家に属しているだけだ。今更其方に遜られるのは愉快ではない。普通にしていろ」
―――無理を言うな!
「ですが……」
「不愉快だと言っている。とっとと立ち上がって、座れ」
―――無茶苦茶だ。私の周りにはこんな輩しかいないのか? 世の中がそうなのか?
ヨアヒム様も頷かれている。仕方なく、ヨアヒム様の隣に腰を下ろす。
何故カロリングという、国から見たら片田舎でしかない場所に、王族が隠れ住んでいるのか。何故あんな裏町で魔術具屋などを営んでいるのか。
疑問符が頭の中を飛び交い、眩暈がする。
「私は今の生活を気に入っている。身分を明かすつもりはない。フォルクハルトも今後そのように振舞え」
「はっ」
「堅い。普通にしろと言っている」
「……はぁ」
「それでいい」
ヴォルデマールが満足げに頷いた。なんなんだ!
「さて先ほどカロリングにも伝えたが、私はライラティーヌを気に入った。妻に迎えたいと思っている」
「なっ!?」
思わず腰が浮かんだ。
「……ご冗談を」
「これが意外と冗談ではない」
ヴォルデマールは悠然と足を組み、指先で蟀谷を叩きながら笑った。
途端に血の気が引く。ヴォルデマールが王族ということは、もうすでにライラティーヌ様の運命は決してしまったということではないのか。
王族で学者など、ライラティーヌ様にとって一番の危険人物ではないか。
―――なんという事だ。すっかり騙されていた。
「だが私では年が離れすぎているな。それではライラティーヌが哀れだ。私の甥にちょうど頃合いの者がおるゆえ、それにあてがおう。領主の娘としては、望むべくもない良縁であろう」
やられた。ライラティーヌ様を売れと言われれば、抵抗する余地もあったのかもしれない。だが縁談となれば断る術はない。悔しさで歯を食いしばる。
―――本当に子を産む道具とするつもりか。
「……王族の伴侶は中央の貴族、もしくはツァージェ一族から娶られるのが慣例。そのような中、ライラティーヌ様が嫁がれて対等な環境を得られるとは思えません」
「カロリングは了承したぞ」
ヨアヒム様を見ると、気まずそうに視線を外された。
私も二月前であれば、めでたいことだと祝福を贈っただろう。だが今はとてもそんな気にはなれない。王家に行かれたライラティーヌ様を待っているのは地獄でしかないと分かっているのだから。
ヨアヒム様が王族からの縁談を断れるはずはないことも分かる。ヨアヒム様ともなれば、背負うものは領地そのものなのだ。ご自分の感情を優先できるわけがない。
私とて貴族なのだから、自分の行動一つで一族の命運が決まってしまう。この身は決して自分だけのものじゃない。事ここに及んでしまえば、私が逃げれば一族に責任を負わせることになってしまう。
―――父上、母上、兄さん……。っライラティーヌ様!
「……ヨアヒム様」
「なんだ?」
私は立ち上がり、腰の剣を外すと跪き両手で捧げた。
「私の貴族位を返上いたします。レームクール家から除名してください」
自分でも何をしているか分からない。
自分の心が分からない。
ただ、乱れた心の赴くままに、とんでもない選択をしてしまうかもしれない。その選択から一族を遠ざけるためには、こうする他ないのだ。現に今この瞬間でさえ、全身に力を入れていなければ、ヴォルデマールに斬りかかってしまいそうなのだから。
「一族を抜けて、どうするつもりだ」
「分かりません。ですが今の私は、間違った選択をしてしまいそうなので」
ヨアヒム様が信じられないというように、目を瞬かせた後、笑みを深めた。私も自分が信じられない。いったい私は何がしたいんだ。
困惑する私をみながら、ヴォルデマールが愉しげに笑った。
「そのような危険人物を野放しにはできんぞ。拘束することになる。そうなればライラティーヌを護ることも出来なくなるな」
「今は貴方と話しているのではない」
怒鳴りつけるけそうになるのを、必死で押し留める。自分の中にこのような熱い感情があることにも驚く。ライラティーヌ様は、いったいどんな種を私の中に植えられたのだろう。
捧げた剣のその先で、ヨアヒム様が柔らかく微笑まれた。差し出す剣が、優しく押し戻される。
「……ヴォルデマール様、もうその辺りで。あまり若者を虐めてくださいますな」
「つまらぬ」
瞳が燃えるように熱い。睨みつける私の前で、ヴォルデマールが満足げに口の端を歪めた。
「合格だ。フォルクハルト、其方をライラティーヌの護衛騎士に任命する」
手をひらひらと振ると、何事もなかったようにお茶をすする。
「は?」
「だから合格だ」
目を白黒させる私の前で、ヨアヒム様は申し訳なさそうに席を勧めてきた。
「その話はもう終わっているのだ。其方の覚悟はよく分かったから、もう剣をしまいなさい」
「カロリングでいらぬならもらい受けようかと思ったのだが、あっさり断られてしまった。……ライラティーヌは皆に愛されているようだな」
「断った?」
「ああ、悪ふざけが過ぎたな、許せフォルクハルト」
―――はあああ!? ふざけた? どこからどこまでかだ?
「ヨアヒム様はお断りになられたのですね?」
「相手がヴォルデマール様だったからな。このような無体な真似をなさる方ではない、と分かっておったからこそだぞ。何か試されているような気がした故、受けて立ったまでだ。他の王族からの申し出であれば、頷くしかなかったであろうな」
「ついでにフォルクハルトの覚悟を確認できた。まさか貴族位を返上するとはな。ふっ、なかなか楽しい時間であった」
二人で分かりあったようにほくそ笑んでおられる。どうやらヨアヒム様とヴォルデマールの間には、信頼のようなものがあるようだ。もの凄く不愉快だ。
「では今のお話は、単に私を揶揄っただけなのですね。そもそもライラティーヌ様を妻にという話は本気でもなく、悪ふざけということで宜しいか」
「だから許せと言っている」
―――謝るにも態度ってものがあるでしょう! いや王族が謝ること自体あり得ないのか。もう、何が何だか分からない。
「はぁ……、心臓に悪いです」
「気に入ったのは事実だぞ? 意味は違うがな。フォルクハルト、顔色が悪いな」
「誰のせいですか、全く。やはり斬っておくべきだったと先ほどまで心の底から思っていましたよ」
「もう少し私を信用しろ」
「信用していた自分を呪っていたところでした」
「おいフォルクハルト、いくら普通にしろと言われても、無礼が過ぎるぞ」
いや、たぶんこの男に関しては、こんな感じで良いのだ。
現にヴォルデマールは澄ました顔で、呑気にお茶をすすっている。王族の権威を笠に着て親の愛情を試すなど、どれだけ底意地が悪いのだ。きっとこの性格のせいで王家を出奔したに違いない。
フォルクハルト視点、あと一話続きます。




