【幕間】過酷度を上げ続ける試練~フォルクハルト視点
待機場所として用意された部屋で、寛ぐ皆を見ながら、私は気が気ではなかった。
自分に嫌疑がかかっているからではない。どうすれば、ライラティーヌ様をお守りできるのか、先程からそればかり考えているものの、良い案が一つも浮かんでこないからだ。
ジオルレイドという名称は聞いた事があった。私が生まれた頃には既に機能を失っていた魔術具だ。
元々がツァージェ以上の高い身分のものしか所有していないような高級品だったため、当然実物を見た事もなかった。
そんな伝説級の魔術具があのような市井の魔術具屋にある事も驚愕だったが、まさかそれをライラティーヌ様が起動させてしまわれるとは。
―――本当に、なんという星のもとにお生まれになったのだろう。
ライラティーヌ様の背負う運命は過酷すぎる。
原因不明の病に侵され、生きるために僅か七歳で魔力操作を身につけられた。それでも暴走はおさまらず、一度はアンゲスリュートの元へと行かれてしまった。
どれほど打ちのめされた事だろう。だがライラティーヌ様は諦める事なく、一縷の望みを身体強化に見出され、それもまたご自身のものにされた。
しかも、ゲルルフ団長は否定されたが、やはりライラティーヌ様は敵の存在を想定されているように思う。
魔力操作を身につけてもなお昏倒された事から、毒を盛られた可能性を考えられたのではないか。そうでなければ「逃げる」などと仰らないだろう。
正直なところ、私はライラティーヌ様に関わるのは苦痛だ。
ライラティーヌ様といると、口外できない物事がどんどん積もってくる。嘘や誤魔化しが苦手な私にとって、この状況はとても辛いものなのだ。出来れば関わり合いたくない。
それなのに、いつも気にかかる。不遜な言い方をすれば、放っておけないのだ。苦悩を誰にも打ち明けず、笑顔のまま全てを一人で抱え込むライラティーヌ様の、力になりたいと思ってしまう。
そう思っていたのに、この体たらく。不甲斐ないにも程がある。自分が情けない。
結局のところ、ライラティーヌ様の側にいるには私では不十分だったのだ。
今もフェーベと談笑しておられるが、から元気であることは明白だ。周囲の者に、おそらく私に気を使わせないように、明るく振る舞われているのだろう。
「森によく出かけられていたのは、その為だったのですね。いやぁ、本当に身体強化の練習をしているんじゃないかと噂していたんですが、取り越し苦労でした」
「おほほ……」
―――そんなヘラヘラと、人に気を使っている場合ではないでしょう!
私には分かる。あれは何かを諦めた顔だ。
今頃ヴォルデマールは、ヨアヒム様にジオルレイドの事を話しているだろう。
問題はそれを知ったヨアヒム様がどうなさるかだ。もし中央へ報告するとなれぼ、ライラティーヌ様は魔力を絞られ、子を産む道具として生きていくことになる。
―――そんな事、認められるものか!
爪が食い込むほどに握りしめた拳が震える。本当に、ライラティーヌ様の試練は過酷度を上げ続ける。
どうすればライラティーヌ様の王都行きを止められるのだろうか。
―――精霊の話をするか? いや、藪蛇になる可能性もある。
失われた魔術具を起動させるだけでも貴重なのに、さらに精霊と語り合えるなど、中央への売値を釣り上げるだけだろう。
―――いっそ何処かに逃げるか。
そう考えて、ふっと自重的な笑いが込み上げてきた。
―――私は堅実一番で生きてきたのにな。
もともと私は、誠実であること、ひたむきである事、それ以外に出来ることなどないような人間なのだ。ライラティーヌ様に出会ってから、本当に調子が狂いっぱなしだ。そもそも、何故私だったのだろうか。
思えば初対面の時から不思議だった。訓練場で初めてお会いした時、ライラティーヌ様は小さく「貴方が……」と呟かれた。
どこかでお会いした事があっただろうかと考えたが、領主の娘に会った記憶を忘れるはずがない。
その後も折に触れて、ライラティーヌ様は私を知っているかのような物言いをなさる事がある。誰かに私の話を聞いた事があるかのような。だがそのような人物に思い当たる人はいなかった。
「フォルクハルトお呼びだ」
考え込んでいると、ゲルルフ団長に肩を叩かれた。
ヴォルデマールの話が終わったようだ。結局何も考えが纏まらなかった。私は何処まで愚鈍なのだ。
扉の前に立つと、中からヨアヒム様の「入れ」との声が聞こえてきた。
大きく息を吐き、目に力を籠める。なんとかヨアヒム様を説得しなければならない。それくらいしか、私が出来ることはないのだから。
「座れ」
気合を入れて足を踏み入れた室内で、信じられないものを見て、動きが固まった。
室内にはヨアヒム様とヴォルデマールしかいない。二人とも向かい合ってソファに腰を下ろしている。
だが何故か、ヴォルデマールが上座に座り、ヨアヒム様が下座におられるのだ。領主を差し置いて、一介の魔術具屋が上座に座るなど、身分が全ての貴族社会において絶対にあり得ない。
「何をしている、さっさと座らぬか」
―――座るって、いったい何処に。まさかヨアヒム様の隣に腰かけろというのか。
「い、いえ。私はこのままで」
「ならばせめて、もう少し近くに寄れ。大声でする話でもない」
「はっ」
ヨアヒム様のななめ後ろに立つと「それじゃ顔が見えん」とさらに前に来るように言われる。もう何が正解か分からない。
―――考えては駄目だ。流石ライラティーヌ様の父親、訳が分からない。
結局、テーブルを挟んで、ヴォルデマールとヨアヒム様と三角形を描く位置に立った。
場所が落ち着いたことで、ようやくヨアヒム様が咳ばらいをして、何故だか少し申し訳なさそうな口調で話し出せれた。
「あー……、実はこの方と私は既知なのだ。さる御方の要請を受け、この地にご逗留戴いている。改めて紹介しておこう。ヴォルデマール・レーヴァンシュタイン=プラシュルマ様だ」
ヴォルデマール・レーヴァンシュタイン=プラシュルマ。プラシュルマ?
呪文のような名前が脳に届いた途端、私は膝から崩れ落ちた。何とか片膝をつき、両手を胸の前で組む。深く頭を下げると、額から流れた冷や汗が、絨毯に落ちた。
プラシュルマはこの国の名前。国名を名に持つのは王族の証だ。




