パーリィ
「アンヌの傷はすっかり癒えましたね。ライラティーヌ様の回復薬、すごい効き目です。レシピを教えてください」
テーブルにつくとフェーベが前のめりになって、明るい声を出した。
本当に、フェーベの明るさには救われる。
使った回復薬は、もちろん全回復なんかじゃなく、傷だけ癒す中程度のものだ。少し変わった素材も使われているが、全部森で入手可能だ。置き土産にレシピを教えるのも悪くない。
「いいですよ。後で書いてお渡ししますね」
「ライラティーヌ様は薬の調合も出来るのですか」
もう一人の騎士が、感心したように言った。
「回復薬だけです。本当はいろんな物を作ってみたかったのですが、調合に使う機材も持っていないので」
「ライラティーヌ様は素材博士なんですよ。その内ダノ爺の知識を追い越すと思います」
「まあフェーベったら。ダノ爺はわたくしの師匠ですよ。まだまだ足元にも及びませんわ」
「森によく出かけられていたのは、その為だったのですね。いやぁ、本当に身体強化の練習をしているんじゃないかと噂していたんですが、取り越し苦労でした」
「おほほ……」
フォルクハルトが白けた目をしている。
―――うーん。やっぱり調合用の機材も一通り揃えておかなきゃ不振過ぎるよね。
TODOリストの項目が増えた。人に迷惑をかけないようにTODOを埋めていくためには、今後は慎重にならなくてはいけないな、とため息をついて思い至る。
明日にはもう、自分はここにはいないだろう事に。
―――結局何にも手に入れれなかったな。
この一月余り、自分が行ってきたことを思い返す。
まだまだしたい事は沢山あったのに。刺繍も習いたかったし、身体強化も極めたかった。コンラーディンとも戻ってきたらたくさん話をする約束をしていたし、森の素材だって全然網羅できていない。
―――あの素材ノートは持っていこう。場所は違ってもライラティーヌの意思は継がなきゃね。
「フォルクハルトお呼びだ」
どうやら次はフォルクハルトの番らしい。固く頷いて退出していったフォルクハルトに代わって、ゲルルフが入ってきた。
「ヴォルデマールさんはどうしたのですか?」
「まだ中です」
「え?」
「念のため外にタンストンを待たせています。私もすぐに戻りますが、ライラティーヌ様一つ伺っても宜しいか」
ゲルルフがよく分からない、という風に困惑した顔で訊いてきた。
「あのヴォルデマールという男は何者なのだろうか」
「魔術具屋さんです」
それ以外ない。他の魔術具屋を知らないが、たぶん研究熱心な部類に入る魔術具屋だ。城の文官より優秀だとクレメンスが言っていたらしい。それくらいの情報しかなかった。
「今日初めて会ったので、他には何も知りません」
「そうですか」
「どうかしたのですか?」
「いや……」
ゲルルフは顎をさすって考え込んだが、すぐに首を振った。
「おそらく気のせいでしょう。時間をとらせて申し訳ありませんでした」
「いいえ、お役に立てず」
しばらく話し込んでから、ゲルルフが退出しようとしたとき、フォルクハルトが戻ってきた。ものすごく顔色が悪い。脂汗ダラダラだ。危ない! 汗で溺死しますよ!
「終わったのか?」
「……い、いえ。団長も一緒に来てください」
「何かあったのか?!」
不測の事態が生じたのかとゲルルフが気色ばむ。
「い、いいえ。何も! 何もないのですが、……とにかく来てください!」
戸惑うゲルルフを急き立てるように、フォルクハルトが退出していった。
部屋に残されたみんなで、顔を見合わせて首を傾げる。
「……なんなんでしょう?」
「何か、悪い物でも食べたような顔してましたね」
「ですねぇ」
本当に何もないのならいいのだけれど、フォルクハルトも嫌疑をかけられている立場だと言っていたから少し心配だ。
無事に終わればいいけどなぁと思っていると、またすぐにゲルルフが戻ってきた。顔面蒼白だ。ゾンビみたいな顔をしたゲルルフが、今度はフェーベを連れて出ていった。
―――なんか、どんどん人がいなくなる。そして誰もいなくなった、みたい。怖いんですけど。
「ねえアンヌ。一人一人食べられてる、なんてことはないですよね」
「怖い想像しないで下さい! 誰が食べてるんですか」
「そりゃあヴォルデマールさんですよ。……なんかちょっと、吸血鬼っぽいじゃないですか」
「キュウケツキって何ですか」
―――いないの? 吸血鬼。異世界なのに。
「ヴァンパイアは?」
「なんですか?」
「もう良いです」
まあいないに越したことはない。だって怖いもん。
アンヌと馬鹿話をしていると、ついにライラティーヌが呼ばれた。
―――本当にいないよね? ヴァンパイア。
――――――――――
中に入ると、ヨアヒムとヴォルデマールがソファーに座り、ゲルルフとフォルクハルト、フェーベが並んで立っていた。ハムもいる。全部で六人の大人がライラティーヌを待っていた。
―――なんでハム?
ヴォルデマール以外、みんなものすごく疲れた顔をしている。生気が抜けきっている。
これは……みんなジオルレイドの話を聞いたんだな、と覚悟を決める。
ライラティーヌはスカートの両端をちょこんと持ち上げて礼をとり、
「……皆さん酷い顔色ですが幽霊でも見ましたか?」
「はぁー、もういいから、座りなさい」
とヨアヒムが頭を抱えながら席を進めた。
最上座にヨアヒム、下座にヴォルデマールが座っていたので、ヴォルデマールの横に腰かける。一緒に呼ばれたアンヌは、ライラティーヌの後ろに立った。
「結論から言うと、全員無罪放免だ。今回の一件で責を負うものは誰もいない」
「ありがとう存じます! ほっと致しました」
これで安心して去れる。
手を叩いて喜ぶライラティーヌの正面で、ヨアヒムが力なく、うんうん、と呟いた。
「お前の奔放な行動が、どれほど周りに影響を及ぼすが分かったであろう。今後は不用意に魔術具に魔力を注いだりするのではないぞ。お前は簡単に魔術具を乗っ取ってしまうほど魔力が多いようだからな」
「乗っ取る?」
「ヴォルデマール殿の魔力で満たしてあった魔術具に、勝手に魔力を上書き登録させてしまったのであろう? 前代未聞だぞ」
―――ん? どういうこと?
ヨアヒムの言葉は、先程ヴォルデマールが作った言い訳の方の内容だ。
どう言う事なのか確認したいけれど、ヴォルデマールは目を閉じているし、フォルクハルトは前方を凝視したまま唇を引き結んでいて、全然読めなかった。
惚けているようでもない。
ヴォルデマールもフォルクハルトも、言わなかったということだろうか。
カロリングには嘘発見機の魔術具がある。調べられたら一発でバレるのに。その危険を顧みず、堂々と虚偽を吐いたということか。
―――ヴォルデマールさん。自分の身も危ういのに。
「アンヌ。後はお前の奇行の原因を聞きたいのだか」
「なんかヤバそうだったからです」
アンヌが胸を張った。アンヌなりに考え尽くした結果、残念感のゴリ押しで行くことに決めたらしい。それ、通用するの?
「なんか、とはなんだ」
「なんかはなんかです。私には何が起こったのか分かりませんでしたが、急に皆さんが顔色を変えて奥の部屋へ入られたので、またライラティーヌ様がやらかしたのだろうと思いました。主人の失態を隠すのもメイドの役目です」
―――残念を押し付けられた!
「……心意気は認めるが、場所と相手を選べ。下手に隠し立てをするから、こんな大事になっておるのだぞ」
「善処します」
「善処では駄目だ。今後もライラティーヌとともに在りたいなら、貴族の立ち回りを覚えろ。これは命令だ」
「! 全力を尽くします」
「よろしい。これで全員の話に大きな矛盾がないことご確認できた。今回の件はこれで終わりだ」
「え?」
思わず声が漏れた。
終わり? もう? こんなにもあっさりと?
「なんだ、ライラティーヌ何かあるのか?」
「い、いえ。……相当怒られるだろうと覚悟してきたので」
「魔力の扱いが出来ない幼な子は、時として問題を冒しがちだからな。通常は何かあっても城内のため、大事には至らないが、今回はちと場所が悪かった。しっかりと反省しておきなさい」
「はい」
本当にこれで終わりのようだ。
だか、それならジオルレイドの一件は四人だけの秘密になったということだ。その内二人は、ライラティーヌが最も信頼する二人だ。ヴォルデマールも行いを見る限り、他言することはないだろう。
すっかり覚悟は出来ていたので、逆に狼狽してしまう。
―――あれ? じゃあ私まだここにいていいの?
「今回の件はこれで終わりだが、ヴォルデマール殿が言うには、お前の魔力は多いうえに、扱いが難しい類のものらしい。魔術の知識を早く身につけるべきだとの助言も戴いた。そこで、今後ヴォルデマール殿の元で魔術について学ぶことを許可する」
「え?」
「ヴォルデマール殿は優れた知識をお持ちだが、官ではないので教師として城に呼ぶことは出来ぬ。お前がヴォルデマール殿の屋敷へ出向くことになるが」
「構いません。……ありがとう存じます」
災い転じて福となすということだろうか、高低差がありすぎて感情が追い付かない。
「あの、でもわたくしが城外に出ると、皆さんにご迷惑がかかるのでは……」
「その為、専門の護衛を付ける」
フェーベとハムが一歩前に出た。
「フォルクハルトが貴族学院から戻るまでは、この者たちが護衛を担当する。城外に出るときは必ず伴うように。もちろん森へ行く時もだ」
森遊びがばれてる。領主の情報網おそるべしだ。
「今後お前に何かあれば、この者たちの責任となることを忘れるでないぞ」
―――なるほど、それで二人とも顔色が悪いのか。
ヴォルデマールはライラティーヌを研究できる、ライラティーヌは魔術を習える。ウィンウィンだ。
なんだか、全てがヴォルデマールの思惑通りに進んだような印象を受けた。
まだ事の成り行きに気持ちが追いついておらず、ぼんやりとしたままパーリィは終わった。
次回からはフォルクハルト視点での、パーリィの裏話です。




