出奔するなら今夜
ライラティーヌは馬車に揺られていた。
同乗者はタンストンにヴォルデマール。もう一つの馬車にアンヌとフォルクハルト、フェーベともう一人の騎士が乗っている。魔術具店を出た馬車は、二台連なって城への道を進んでいた。
一触即発の状況だった店内だが、ヴォルデマールの一言をきっかけに緩解した。
いや、やはり空気は張りつめてはいるが、剣は収められた。ヴォルデマールもフォルクハルトも拘束されることなく馬車に乗っている。
「ヴォルデマールさん。巻き込んでしまってごめんなさい。こんな事態になるなんて」
「私ですら意外な展開なのだ。まだ幼い其方が気に病む必要もない」
「……あまり甘やかさないでください。罵倒して戴いても構わないのですよ」
「ふむ……それでは。店内が酷い有様になっていたが、あれは其方が弁償してくれるのか」
「え?」
言われてみれば、その通りだ。もともと所狭しと並んでいた魔術具たちは、床に散乱していたし、いくつかは割れていた。
「……相談してみます」
「ふ、其方の予算で足りると思うなよ」
「マジですか!?」
―――おおう。逃亡資金すら貯めれていないのに、いきなり借金を背負いそう! 誰か助けて!
そういえばジオルレイドっていくらするんだろう、と震える。絶対高いはずだ。入ったもの以外にも、いくつか店内に置いてあった。どうか壊れていませんように。
祈りのポーズになっていると、ヴォルデマールがおかしそうに口端をあげて瞼を下ろした。
―――なんか余裕があるな。今から裁かれるっていうのに、なんでだろう? あ、さっき言っていた呪文みたいな言葉のせいかも。
「ヴォルデマールさん。『パーリィ』って何ですか? その一言でみんなの雰囲気が変わったのですが」
「ふむ。パーリィの起源は古い。もともとは戦争でしか解決できないような争いを、平和裏に解決するために行われる一騎打ちだ。今では主に、身分が下の者が上からの一方的な沙汰へ不服を申し立てる際に使う。権力の暴走への抑止力だな」
「一騎打ちするんですか?!」
連想された映像は、コロセウムでの剣闘士の戦う姿だ。
―――めっちゃ怖いんですけど! 血は見たくたいよ!
「貴族が申し立てた場合は、領主に直接申し開きの場が与えられる。正式な裁きが下るまでは、礼節をもって接っせられるのだ。そこで解決しなければ剣をとることになるがな」
「お父様とヴォルデマールさんが戦うのですか?」
「領主は代理を立てるであろうな。まあ心配せずとも、そのような事態にはなるまい」
なんか、海賊映画でお姫様が叫んでいたなと思いだす。仔細は違うけれど、あれと同じようなシステムかと理解した。
―――ほんとにないよね? お父様の代理はゲルルフだろうし、研究一筋っぽいヴォルデマールさんが勝てるとは思えないけど。
「其方は随分と楽観視しているな。その自信はどこから来るのだ」
ライラティーヌの心配を、タンストンが代弁してくれた。
「恥じるところもないからな。カロリングには虚偽を判別する魔術具があるであろう。疑いはすぐに晴れる」
―――それで事実の証明ができても、お前は知りすぎた方式が発動する可能性もあると思うんだけど。
この流れになってしまったら、もうヨアヒムにジオルレイドの件が伝わるのは必至だ。
平穏な生活は今日で終わるのかもしれないな、と覚悟した。それでもみんなの無実を証明できるのなら仕方がない。誰にも迷惑をかけずに、消えよう。
出奔するなら、今夜だ。
ヴォルデマールの言葉とルイの言葉がリンクする。
―――この世界に必要だというライラティーヌの力って、これの事なのかな。
ルイがわざわざ、別の魂を召喚してまでこの世界に復活させた力。何かは分からないが、もしかするとそれがジオルレイドを発動させた力なのかもしれない。
大人しく研究材料になることがルイの望みなのだろうか。それで世界は救われるんだろうか。だからあんなに謝っていたんだろうか。
―――いやいやいや、ないないない! 好きに生きていいって言ってたじゃん! そんな忖度しないよ私!
やって欲しいことがあれば、精霊さんを通してでも指示してね、と天に向かって心の中で声をかけた。流石にルイの頼みであれば、従うしかないと思う。たぶん従わないけど。
「お気分でも悪いのですか?」
突然声をかけられハッとする。タンストンが気遣わしげに覗き込んでいた。
「い、いえ。考えてみたら魔術具があるから無実の証明は簡単だなぁと思って。心配して損しました。返してください」
「おい」
「すみません。調子に乗りました」
「まったく……簡単に謝らないように自分を律するのではなかったのか」
「あわわっ」
急に忘れたい恥を引っ張り出してきた。引いていた冷や汗が流れ出す。これはしばらく思い出しては恥ずかしさにのたうち回ることになりそうだ。トラウマだ。
「……何をしている?」
椅子から降りて、うずくまっていると、呆れた声が降ってきた。
「穴を掘っています」
「何のための穴だ?」
「隠れるためです」
「……」
まさに開いた口が塞がらないとはこの顔だ、というようにヴォルデマールがぽかんと口を開けて瞬きを繰り返した。タンストンも似たようなものだ。
「恥に思う心こそ、至高とも言えますよ」
「……タンストン、顔が笑っていますよ」
「これは失礼」
ううう。
項垂れていると、ヴォルデマールが咳ばらいを一つした。
「今はたくさん失敗すると良い。そこから一つ一つ学び取っていけばよいのだ。其方ならできるであろう。どうやら其方の周りには、苦言を呈してくれる臣下が揃っているようだしな」
思いがけない優しい言葉に首を傾げる。どことなく辛そうな響きが籠っている気がした。
表情を見たかったが、ヴォルデマールは窓の外を向いていて、読み取ることは出来なかった。
「其方、ライラティーヌ様が領主一族と知ってなお言葉を改めぬか。不敬にも程があるぞ」
「ではそれもパーリィということにしておいてくれ」
「貴様は全く……!」
この二人、相性悪いかもしれない。
――――――――――
城に戻ると、すでに先触れが回っていたらしく、そのままヨアヒムが待つ部屋へと案内された。てっきり謁見の間で対応すると思っていたが、案内されたのは応接室だった。
応接室の外にはゲルルフが真っ青な顔で立っていた。額に汗が浮かんでいる。ライラティーヌとフォルクハルトの姿を見ると、安心したように肩の力を抜いた。
「力及ばず、申し訳ございませんでした」
フォルクハルトが深々と腰を折った。慌ててライラティーヌも頭を下げる。
「お前を指名したのは俺だ。責めは俺が負う。ライラティーヌ様も、よくぞご無事で。そっちは……」
とボロボロの服を着たアンヌを見やり
「苦労したようだな」と視線に同情を込めた。
ゲルルフはヴォルデマールに声をかけた。
「貴殿がヴォルデマール殿か。この度はうちの者が迷惑をかけたようだ」
「なに、嫌疑が晴れるまではそのように扱ってもらって構わぬぞ」
「……お心遣い痛み入る。では貴殿には今から領主に謁見してもらう。護衛騎士として私が同席致す」
「相分かった」
ヴォルデマールはゲルルフとともに、扉の奥へと消えた。
残された者たちのために、隣の部屋が用意されていた。全員でゾロゾロと部屋へ移動していると、すぐにゲルルフが出てきた。
「団長、どうされたのですか?」
ゲルルフは、閉まった扉を眺めながら、首を捻った。
「人払いをと追い出された」
「なんと! では今、中はヨアヒム様とヴォルデマールの二人だけという事ではありませんか」
タンストンがいきり立つ。
「ああ。だがヨアヒム様が頑として命じられたのだ。引くしかあるまい。俺はここで待機する。タンストン付き合え」
「はっ」
いくら何でも、嫌疑がかかっている城外の者と領主が二人きりというのは不味いんじゃないだろうか。
一抹の違和感とゲルルフ達を廊下に残して、待合室へと移動した。




