ジオルレイド
二階建ての小さな邸宅。庭は一面芝生で白いブランコとテーブルセットが一つづつあった。家の屋根まで届くような、ポプラに似た大きな気が一本そびえ立っていた。
「どうみても、さっきのジオルレイドと同じよね。中に入ったってことかしら。不思議現象だわ。転移だわ。これぞ魔法だわ! 大興奮だ、いやっほーい!」
見上げてみれば、広がる青空。
ジオルレイドの中なのであれば、天にはヴォルデマールの魔術具屋が透けて見える筈なのに。
空はどこまでも続いているが、地表の景色は途中で途切れている。芝生の向こう側は真っ白だ。芝生が終わったすぐ側から、キメの細かい白い砂が広がっていた。
起伏の無い平坦な白砂が視界が途切れるまで続いている。
芝生を背に境界線に立っての眺望は、延々と続く空と白砂のツートン。上下の感覚が希薄になり、宙に浮かんでいるような錯覚を覚える。
「フォトジェニック! これ、写真に撮れたらめっちゃ映えるんじゃない?」
行ったことはないけれどウユニ塩湖ってこんな感じなのかな、と思った。白砂は空を映してはいないのだけれど。
「先に進んでみたいけどちょっとやばそうだよね。ヴォルデマールさんに確認取ってからの方がいいよね。うー行ってみたい! ヴォルデマールさん早く来てよー」
仕方がないので家の前まで戻りながら、ジオルレイドについて考える。
「空間創出って言ってたから、自由に使える空間を作り出したってことよね。この術式、アイテムボックスに応用できそうね。庭や家なんか必要ないんだし、持ち歩いて邪魔にならないくらい小さく出来ないかな」
ほてほて歩いてくると汗ばんできた。
どうもここの季節は春のようだ。季節まで設定できるなんて優れモノだ。
「これなら紅葉の京都や新緑の阿蘇、果ては雪原のユングフラウヨッホまで、好きな景色を再現できちゃいそう。温泉だって作れちゃうんじゃない?」
夢は広がるばかりだ。
コートを脱いでもまだ暑い。ライラティーヌはブラウスのボタンを第二ボタンまで外し、腕まくりした。少しは涼しくなったが、素材が冬用だからまだまだ暑かった。
家の前に立つと、玄関の戸を開く。
中はいかにも洋館という作りの踊り場があり、螺旋の階段が二階へと続いている。左右と正面に別室へと続く扉があった。
手始めに左の扉を開ける。
そこはリビングのようだった。
壁には見事な絵画が飾られ、壁一面の吐き出し窓から淡い陽光が差し込んでいる。
窓際には安楽椅子が一つ、こちらを向いて置いてあった。
「!!」
その安楽椅子に、少女が一人、座っていた。
ゆったりと足を組み、しどけなく。
腰の下まで伸びた、豊かな金の巻髪。
物憂げな赤い瞳は、吸い込まれそうに深い。
一目で分かった。
これは、人外だと。
纏う空気がまるで違う。
人外の少女は、ライラティーヌを見た途端、飛び込んできた。
文字通り、宙を飛んで。
「ルイ! やっと迎えにきてくれたのね!」
―――ルイ?! むぎゅう。
ばふぅっと力一杯抱きつかれる。
―――む、胸が顔に……。息ができん! そんなことより、今ルイって言ったあ!
「ちょっ、ちょっと待って。今ルイって……」
「なぁにルイったら、暫く見ない内にちんくしゃになっちゃって」
少女は無駄になでなでと、身体のあちこちを撫でまわしてくる。
「ちんくしゃで悪かったわね! 離して!」
両腕を突っ張って、何とか引き離す。
少女は一瞬、きょとんとした後、すっと半眼を閉じた。
「なによアンタ。ルイじゃないじゃない」
「私はライラティーヌ。貴方誰よ。ルイの知り合いなの?」
「無礼ね。這いつくばいなさいよ! 人間風情が気安く話しかけてるんじゃないわよ!」
―――手のひら返し、甚だし!
ちょっと冷静になろう。
ライラティーヌは頭を押さえた。
ここにいたってことは、封印されていたって事だろうか。
「違うわよ。私が自分で隠れてたの!」
―――心が読めるんかい!
「読めないわよ。アンタ、顔に出すぎ。馬鹿でも分かるんだからね!」
―――くぅ!
少女は足を組んだ姿勢で、何もない宙に腰掛けていた。
「何で隠れてたの?」
「どこで惰眠を貪ろうが、私の勝手でしょ!」
―――ああ、もう。キレキャラだよ。ルイの前だけではデレるんだろうな。さっきみたいに。
「で、何しにきたの? そろそろ世界が滅んだのかしら?」
「え? 滅ぶの?」
「知らないわよ。ルイは復活した?」
復活?
「してない、と思う。神殿みたいな所にいたけど、多分この世界とは違う空間だと思う」
「会ったの?!」
「うん。で、ルイって何者なの?」
「はぁ? そんな事も知らないの? 馬鹿じゃないの?」
―――きいいい! いちいちムカつくなこのガキ。
「でも、ふうん。会ったんだ……」
少女は考え込むように俯くと、長い髪をクルクルと指先で弄び始めた。長いまつ毛が影を落とし、壮絶に美しい。
不覚にも見惚れていると、少女はすぐに顔を上げた。
「やっぱアンタ嫌いだわ。とっとと出て行って。次来たら殺すわよ」
「私を殺すのは、ルイの意思に反すると思うけど?」
「はあああ?! 何様よ! 言っておくけど、ルイが迎えに来ない限り、私出ていかないんだから」
「別に誰も、出てきて欲しいなんて思ってないけど」
―――というか、ほんと、誰ですか?
少女は顔を真っ赤にした。少し涙目だ。
「大っ嫌い! 出て行け! 誰かに話したらそいつごと殺してやるんだからね!」
少女は手を伸ばし、デコピンするように指を弾いた。
その途端、身体が宙に浮いたと思ったら、ぐんっと後ろに引っ張られた。
「きゃああああ!」
大気に引っ張られるように、すごい勢いで後ろに飛ばされる。そのままポイっと屋敷の外に放り出された。
激しい音を立てて、玄関が閉まった。
「……」
―――はっ! あまりの展開の速さに真っ白になっちゃってた!
「……頼まれたって会いに来ないわよ」
あれは神だ。
考えるだけ無駄な存在だと、直感で分かった。
情緒不安定さが台風みたいだった。話が通じる相手じゃなさそうだ。
「忘れよう。うん。それがいい」
多分、殺されなかっただけで僥倖なんだと思う。
あの少女が本気を出したら、きっと吐息一つで殺されていた。
そのくらいの存在だった。
「あれは関わっちゃいけない系お嬢さんだわ」
放り出された外は、相変わらず穏やかな春の陽気。
気を取り直して、ジオルレイドを堪能しようと伸びをしたとき、どこからかヴォルデマールの声が聞こえてきた。
『おい。聞こえるか』




