ヴォルデマール魔術具店
目的の店は大通りから何本も小道を曲がった、かなり奥まった場所にあった。
『ヴォルデマール魔術具』
店名の書かれた吊り下げ看板以外はお店らしい雰囲気は皆無だ。一応角地だが、かなり小さな店だった。
店内は薄暗く、使い方の分からない様々なものが所狭しと並べられ、骨董品屋のような雰囲気を醸し出している。小さな窓から差し込む午後の光が、宙に舞う埃を映して淡く筋を描いていた。人影はどこにもなかった。
「すみませーん。誰かいませんかー」
カウンターの奥の扉に向かって大きな声で呼びかけると、慌ててアンヌに止められた。
「ベルを鳴らすんですよ」
クレメンスホットラインのベルと同様のベルが、カウンターの端にそっけなく置かれていた。
なるほどね。チリンチリン。
「鳴らしましたが、出てきませんよ」
「ですね。もう一度やってみましょう」
「もっと大きく振ったらどうかしら?」
二人で何度もベルを鳴らし続けていると、ようやく不機嫌な顔をした男性が出てきた。
褐色の肌に紫色の瞳。腰まである白髪を乱暴に一つにまとめている。
背が高く痩せていて、いかにも神経質そうだ。年は二十代半ばくらいだろうか。
「子供か。魔術具が入り用なのは貴殿か」
フォルクハルトに視線を止めて問う。
「いや私ではなく、こちらの……お嬢様だ」
「なんだ、子供の遊びに付き合っている暇はない。とっととお引き取り願おう」
「遊びではありません。ここに来るためになかなかの努力をしたのですよ。話くらい聞いてください」
「……五分で話せ」
意外とすぐに折れてくれた。押し問答をしている時間を惜しんだのかもしれない。ものすごい合理主義者の匂いがした。
「分かりました。じゃあまず、これを見てください」
ライラティーヌはカウンターに紙を広げた。
自分で引いてみた術式だ。
「む……初めて見るな」
「だって私が引いたので、きっと間違いだらけです」
「其方が自分で?」
「はい。誰も魔術を教えてくれないのですよ。魔術の本すら読ませてくれません。だから身近にある術式から勝手に構造を想像して引いてみたのです。子供の浅知恵と笑っていただいても結構ですよ」
ヴォルデマールが顎に手をやり「ふむ」というと、術式を眺めた。
「素材強化の術式のようだが、光と火が入っているな。む、これはなんだ」
ヴォルデマールが重なっていた二枚目の術式を手に取った。
「それは、ついでに持ってきただけで。今日見てもらいたいのはこちらなのです」
一枚目を指さすも、ヴォルデマールの耳には届いていないようで、二枚目を見ながらブツブツと独り言を言いだした。
「これは時間遅延の術式だな。こっちは空間融合か、いや拡張も入っているな」
すっかり自分の世界に入っている。合理主義者というより、研究バカのほうがしっくりくるな、と考えを改めた。ライラティーヌも早々に一枚目を諦めて、呟くヴォルデマールに合いの手を入れるように説明していく。
「そうです。空間を拡張させたいのだけど、これだと物理的に拡張してしまうのですよ」
「言っている意味が分からん」
「えっとですね。なんでも入るポケットみたいなものが作りたいんですよね」
「なるほど。輸送箱の応用だな」
輸送箱とは主に旅の時に使われる箱で、大小二つの箱からなる魔術具だ。
旅先には小さな箱を持っていき、実際に使う荷物は大きな箱に入れて屋敷に置いておく。二つは繋がっているので、小さな箱さえあればいつでも中身を取り出せるというものだ。
「でも大きな箱を置いておく場所がないの。だから繋げる先は実態のある入れ物ではなくて、拡張された空間にしたいのだけど」
つまるところ、作りたいのはアイテムボックスなのだ。
この世界にあれば楽だったのだが、存在しないらしい。
「それは空間創出だな」
「ほうほう。そんな魔術があるのですね」
「あると言えばあるが……、ほらあれがそうだ」
ヴォルデマールが顎で指した先には、スノードームのような物体がいくつも並んでいた。
ガラスのような透明の球体の中に、庭付きの小さな屋敷が入っている。細部まで作り込まれ、ジオラマみたいだ。光をキラキラ反射してとても美しい。
「ジオルレイドと言って、以前は貴族の別荘として人気があったのだが」
「別荘? 中に入れるのですか?」
「空間創出と言ったであろう。中は別の空間として存在している。台座に埋め込まれた魔石に魔力を注げば中に入れるのだが……」
ーーーなんてファンタジー!
子供の頃お土産で貰ったスノードームを、何度もひっくり返しては眺めていた事を思い出す。ドームの中の山小屋で、暖炉の前の安楽椅子に揺られたいと憧れた。子供の頃の夢が今叶うかもしれない。
ジオルレイドの中の景色は、雪原でもなく、山小屋でもないのだけれど。
―――是非とも入ってみたい!
試しに魔力を注いでみたが、何も起こらなかった。沢山魔力が必要そうなので、どんどん注いでいくが変化はない。
「何も起こりません」
「勝手に注ぐな。当然だジオルレイドが使えなくなってもう何年も経つ。今では失われた魔術だ。手放す貴族が増えたため、こうして安値で買い揃えているのだ」
「どうして使えなくなったのですか?」
「それを研究するために買い集めているのだ」
「残念、すごく便利そうなのに……ふぇ?!」
突然視界が白く弾け、再び視力を取り戻したときには、見覚えのない空間にいた。
いや、見覚えはあった。
目の前にあるのは、先ほど見たジオルレイドの屋敷だった。
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