お忍び失敗
「本当にやるつもりですか?」
アンヌがうんざりした顔で横をトボトボついてくる。
「何を今更ですよ。見てください。完璧に亜貴族の子供でしょう」
ライラティーヌは今、城門へと向かう道を歩いていた。
身につけているのはアンヌの御下がりだ。さらにウィッグもつけている。
「そもそも亜貴族の子供は城には入れませんよ」
「そこはほら、アンヌが妹に社会見学をさせたとか、わたくしの遊び相手に連れてきたとか、イロイロ考えようはあるじゃないですか。わたくしの顔を知っている門番なんていませんよ」
「コンラーディン様がいなくなったらすぐこれですか……」
意気揚々と歩くライラティーヌに比べ、アンヌは引きずるように足を進めている。
最初から失敗するのが目に見えていると思っているようだ。いつもより、かなり強めに反対してくる。
「こんなことなら、フォルクハルト様と森へお散歩に出てくれれば良いのに」
「今日はフォルクハルトがお仕事の日だから仕方ないじゃないですか。ちょっと魔術具屋に行くだけですよ。寄り道もしないと約束します」
寄り道とかの問題じゃないんですよ、とブツブツ文句を言ってくる。本当に今日のアンヌは往生際が悪い。
「いつまでも暗い顔しないで。貴族街へ出るには門を通るしかないと言ったのはアンヌですよ。わたくしは森から回りこむつもりでしたのに」
「だから、森から貴族街へ行くには平民街を通らないといけないのですよ」
「通ればいいじゃないですか」
「貴方は馬鹿ですか」
「なんと! 主に向かって酷いじゃないですか!」
「馬鹿は馬鹿です。もう知りません。なるようになれば良いんですよ」
アンヌの諦めがついた頃には、門が近づいてきていた。
入ってくる人のチェックは厳しいが、出ていく人は基本的にスルーだとアンヌは言っていたので、特に緊張することもなく門へと向かう。
素知らぬ顔で門番に会釈をしながら通り過ぎようとしたとき、「ひゅっ」と息を呑む音が聞こえた。
反射的に見やって、ライラティーヌも「げっ」と漏らした。
門番はフォルクハルトだった。
「……」
「……」
フォルクハルトは言葉を失ったように目を丸くしている。
ライラティーヌはしれーっと視線を外した。
やがてフォルクハルトがすっと半眼を閉じて仁王立ちしながら底冷えのする声で問いかけてきた。
「……そのようなお召し物で、どちらへ行かれるのですか」
「……」
「まさか護衛もつけずに城外へ出るおつもりだったのですか」
「……アンヌがいますわ」
―――やばい。本気で怒ってるよ。普段優しい人が怒ると怖いって本当だ。ううう。
フォルクハルトは怒鳴りつけるのを堪えるように、一度大きく息を吸ってからゆっくり吐き出し、アンヌの方へ向き直った。
「君も大変だと思うが、全力でお止めするのが仕事ではないか? いや、本当に大変だと理解はしているが、なんとか頑張ってくれないと困る」
君だけが頼りなのだから、と後に続きそうな真剣さである。
「面目次第もございません。私の力では無理でした」
「せめてクラウディア様に進言するとか」
「私が誓いを立てた方はライラティーヌ様ですから」
アンヌがビシッと胸を張った。先ほどまでグチグチ言っていた姿はどこへやら、である。
―――でも、そんな気持ちで協力してくれてたんだね。
アンヌの忠誠心にじーんと感じ入っていると、もう一人の門番が近づいてきた。
「どうした? 何か問題が……」
ハムだった。目を丸くするハムからすすーっと視線を逸らす。
フォルクハルトは疲れ切ったように頭をぐしゃぐちゃとかくと、口をパクパクさせるハムに向かって「少し任せれるか?」と確認をとった。
「待っていてください。私が戻るまで絶対にここにいて下さい。いいですね!」
「はぁい……」
お忍び作戦大失敗だ。
「……失敗してしまいましたね。強制送還されるのでしょうか」
「どうでしょう。騎士団長へ知らせに行ったのでしょうから、団長からヨアヒム様に報告が上がるでしょうね」
「はぁ―――」
ライラティーヌはへにょへにょとその場に座り込んだ。
「はしたないにも程があります。何をしているのですか」
「そっとしておいてください。わたくし今一人検討会中なのです。いったいどこで失敗したのでしょう」
「……最初からです」
「違います。フォルクハルトの勤務予定を把握していなかったことが敗因です。思わぬ伏兵でした」
――――――――――
「そんなところに座っていないで、行きますよ」
戻ってきたフォルクハルトに抱き起された。
「なんですか? その恰好は」
いつもは訓練用の服や騎士の恰好をしているが、すっきりと品の良い服に着替えていた。
貴族の服のようだが、場内で見る貴族のものとは違い、上着の丈は短めでベルトで固定されていて動きやすそうだ。上から羽織っているロングコートの隙間から、愛用の剣が見え隠れしている。
「私服です。……お忍びなのでしょう?」
フォルクハルトが片目をつむりながら、いたずらっ子のように笑った。
「フォルクハルト! 良いのですか?」
「ヨアヒム様には報告しましたよ。後でしっかりと叱られてください」
「うぐぅ」
フォルクハルトが声をあげて笑った。
「……なんだか先ほどと、随分様子が違いますね。絶対に止められると思っていました」
「勿論今でも反対ですよ。でもヨアヒム様は許可なさいました。ゲルルフ団長はおそらく私に護衛の経験を積ませたいのでしょう。修行して来いと背中を叩かれました。……その代わり約束してください。決して勝手な行動はとらない、何かなさりたい時には、必ず私に確認を取ってからにして下さい。いいですね」
「分かりましたわ」
軽く返事をすると、フォルクハルトは不安そうに眉を寄せた。同情の目を向けてくる交代の騎士に軽く頭を下げてから、ライラティーヌの手を引いてエスコートしながら門をくぐった。
「わあぁ。ここが貴族街」
城は高台にあるようで、門を出るとすぐ広い石段が始まっていた。
眼下に広がる街並みは、想像していたよりも整然としていて大きな屋敷が建ち並んでいた。広大な庭を持つ屋敷も多く、概して城に近いほど豪邸で、遠くなるほど小さくなっていた。奥には貴族街を取り囲むようにそびえ立つ壁が見える。おそらくあの壁の向こう側が平民街なのだろう。
「距離がありますから、馬車に乗りましょう」
石段を下りたところに、数台馬車が停まっていた。
タクシーのようなもので、アンヌが手配してくれていたようだ。
興奮しながら窓から街を眺める。
意外と歩いている人は少ない。みんな馬車を使うのだとアンヌが教えてくれた。
「それで、いったいどこに行かれるおつもりですか?」
「魔術具屋さんです」
「それなら先ほど通り過ぎましたが」
「そうなのですか?」
視線をアンヌに送り説明を求める。
「目的の店は壁の近くにあります。小さな店ですが、腕は一流で城のどの文官も敵わないだろう、とクレメンス様が仰っていました」
「そんな店があるのか」
フォルクハルトが興味をひかれたように先を促した。
「はい。ですが店主は相当偏屈らしく、自分が興味を惹かれた案件しか受けないそうです」
「そんな方が質問に答えてくるでしょうか?」
「分かりません。ですが『そんな方』以外だと望みはゼロです」
「いったい何をお訊きになるのですか」
フォルクハルトが警戒色いっぱいの顔をした。
「魔術のことです。どうやら城内の方ではダメらしいので。フォルクハルトはオリジナルの術式を引けますか?」
「また貴方は……。引けませんよ」
「そうでしょう? ですから城外の人に訊くことにしたのですよ」
「城の文官に出来ないことを、城外の者が出来るとも思えませんが」
「ダメもとです」
「次から次へと、よく考え付きますね」
「考えるのは得意なのです」
目に映る景色の中に、アパルトマンみたいな建物が混ざり始めた。この辺りが亜貴族の住居なのかもしれない、と漠然と思った。人通りも多くなり活気も出てきた。
この世界に来て初めて触れる人の営みのような気がして、テンションが上がる。早く街に降り立ちたくて、お尻のあたりがムズムズしてきた。
「まだ遠いのですか?」
「もうすぐですよ」
「では、わたくし歩いてみたいです。せっかくのお出かけですもの」
アンヌがフォルクハルトに目で確認する。フォルクハルトが渋々といった態で頷いた。
馬車を降り、石畳の街並みを歩く。
フォルクハルトはさり気なく周囲を気にしている。人とすれ違うときなど、必ずライラティーヌと通行人の間に自分がいるように位置取りをしながら歩いてくれている。護衛の練習は順調のようだ。
ーーー私、意外とフォルクハルトの教育に一役かってない?
フォルクハルトからしたらありがた迷惑だろうことを考えていると、どこからか香ばしい香りが漂ってきて鼻腔をくすぐった。
「なんだかいい匂いがします」
「パンの匂いですね。あのお店のパンは美味しいですよ。懐かしいです」
以前アンヌが言っていた、亜貴族に魔力が満たなかった人達が働く場所というのはこんなお店なんだな、と思いながら美味しそうなパンの匂いを嗅ぐ。
「アンヌもこの辺りに住んでいたのですか?」
「もっと奥まったところですけど。ここは大通りなので亜貴族でも比較的裕福な方が多いです。後は早くに家を出て一人で暮らされている准貴族の方もいらっしゃいます」
「ではいずれ私も住むかもしれないな」
フォルクハルトが興味深げに辺りを見回しながら言った。
「フォルクハルトは准貴族なのですか?」
「今は正貴族ですが、兄が優秀ですので」
どこか誇らしげだ。兄の事が好きなのだろう。准貴族になることへの嫌悪感は微塵も感じさせなかった。
―――うちもこんなんだったら良いのに。
兄が優秀ですので、なんて言っているヘルマンは全然想像できなかった。




