待黎祭~奉納歌
「結構色々な楽器があるのね」
ずらりと並べられた楽器は、ヴィートの他にもバイオリンのように弓で弾く弦楽器や木管楽器、打楽器などがあった。
―――やっぱりピアノはないか。
素人でも弾けるとなれば打楽器だが、音階が奏でられなければ意味がない。
管楽器が充実していた。おそらく一つの楽器が出せる音域が狭いのだろう。似たような形の楽器が大きさを変えていくつもあった。
「あ」
唯一、弾けそうな楽器を見つけた。
―――鍵盤だ! これならいけるかも。
見つけたのは木琴だった。共鳴管はついていない。叩いてみると鍵盤の並びは前世と同じで、共鳴管がないわりに音の響きは良い。
居残っていた楽隊の人に聞くと、魔術具で音を広げているということだった。
「これを弾いてみようと思います」
「タンカルフォンですか? これはあくまで音の厚みを出すための、言わば黒子のような楽器なのですが」
「構いません。少しだけ練習させてください」
マリンバの経験ならあった。
高校の文化祭で、ピアノの助っ人として吹奏楽部に参加したのだ。
頼まれたら断れない性格だったのだ。
その時、マリンバの子が怪我をして「鍵盤だし、観月さんお願いできない?」という無茶苦茶な理論を展開された。
もう一度言うが、頼まれたら断れない性格なのだ。
おかげで、左手だけならマレットの三本持ちだっていける。弾ける曲も一曲だけしかないが、今日というシチュエーションに会っている曲だと思う。
あの時は、面倒くさいことを引き受けてしまったと溜息をついたものだが、やってて良かった吹奏楽。異世界に来てあの苦労が報われるとは。
今なら、なんだか嘘くさいと思っていたあの言葉を、万巻の思いを乗せて言える!
―――情けは人の為ならず!
慌ただしく多少のアレンジを加えながら編曲していると、先ほど楽器の説明をしてくれた楽隊の女性がおずおずと申し出てきた。
「あの、ご迷惑でなければわたくし伴奏をいたしましょうか?」
「いいのですか? 知らない曲でしょう?」
年は十八くらいだろうか。二十歳にはなっていないと思う。控えめで地味な印象の女性だった。
「もう覚えました。先ほどのタラララのところですが、このようにあわせれば深みが出ないでしょうか?」
女性はフルートのような管楽器で即興で作ったメロディーを奏でた。
「素敵です! お願いしてしまってもいいのかしら。その……わたくしこんな感じですから、恥をかくと思うのですが」
「わたくしはしがない下級貴族ですから、もとより傷付く名も持っていませんわ」
目を細めながら、首を竦める。派手さはないが、とても安心感を与える笑顔の女性だなと思った。
―――情けは人の為ならず。貴方にもいつか良い事が起こりますよ。きっと。
「お願いします。お名前をお聞きしても?」
「アレシアですわ。さあ今の演目が終わるまであまり時間がありません。急いで合わせましょう」
二人でバタバタと二回通して、すぐにステージへと戻った。
――――――――――
「なんだあれは?」
ライラティーヌとアレシアがステージに立つと、ヘルマンの嘲笑が聞こえた。
ヘルマンだけでなく、居並ぶ貴族たちも唖然としている。いったいタンカルフォンで何をする気だ、とひそひそ交わす声がさざ波のように立った。
「突然のご指名により、拙くも一曲奉納させていただきます。ミューテルベの耳をお持ちの皆さまにはお聞き苦しいものかと存じますが、後々の笑いの種にでもと、大らかな気持ちで許して頂ければ幸いです」
ミャーテルべとは音楽の神だ。ミャーテルべの耳を持つというのは、耳が肥えているという意味合いで使われる、こちらの世界の慣用句なのだ。
子供が精一杯頑張るから、微笑ましい気持ちで見て頂戴、という願いを込めてドレスの両端をちょこんと持ち上げる。
―――さあ、やるよ。
ライラティーヌは大きく息を吐くと、アレシアに合図を送りマレットを構えた。
「なんだ?」
「二本ずつ、いや左手は三本持っているぞ?」
「あれで弾けるのか? 曲芸でもなさるつもりだろうか」
会場が騒めいている。
どうやらマレットの多本持ちは、こちらではやらないらしい。
騒めきが引いたことを確認して、ライラティーヌはタンカルフォンにマレットをのせる。
トレモロの穏やかで豊かな前奏が流れ出す。八小節目でアレシアの笛の音が重なった。
曲は、月夜の城址で行われる宴の様子を歌った曲だ。
ライラティーヌはタンカルフォンを奏でながら歌いだした。
「冬篝火に 待黎の宴~」
凛と冷えた夜の空気に、ライラティーヌの透き通った声が染みわたっていく。
音階を出せる楽器が二つあれば、それなりのセッションは出来る。さらに歌を重ねれば、演奏の拙さはごまかせるのだ。
呆れたように見ていた貴族たちの顔に、徐々に驚きが広がり始めた。歌に引き込まれていくかのように、皆息を呑んで聞き入っている。
歌詞はいい感じに作り替えた。
昔の栄光を懐かしむものではなく、神から人となり、今も世界を守っている王族への感謝にすり替えてある。
―――待黎の想いに王族賛歌まで加えてやった。私完璧じゃない?
ライラティーヌは次第に気分が良くなってきた。
なにせ久しぶりのまともな音楽だ。ピアノを弾いていた時のような満足感はないけれど、自分の思う音をスラスラ紡げることが楽しい。さらにアレシアがかなりの名手だ。ライラティーヌの歌声の邪魔にならないように、見事に音を膨らませてくれていた。
タンカルフォンの最後の一音がポーンと余韻を残して、消えた。
後に残ったのは、静まり返った広場だった。
身動きする者もいない、水を打ったような静けさだ。
―――静かすぎて怖いんですけど! なんなの? 駄目だった?
ライラティーヌはドレスを持ち上げ、礼を取る。
「あの……お耳汚しでございました」
おどおどとライラティーヌが挨拶をした途端、堰を切ったような拍手が沸き上がった。
中には立ち上がっている人もいる。
―――スタンディングオベーションだ。
なんとか無事に乗り切ったようだと胸を撫でおろしつつ、ステージを降りた。
――――――――――
「ありがとう存じます。アレシアのおかげで何とか乗り切れました。本当に名手でいらっしゃるのね。欲しいトコロに欲しい音が来て、歌っていてとても気持ち良かったです」
アレシアは困ったように首を竦めた。少しだけ頬が上気している。
「いきなり歌いだされたので驚きました。上手く合わせられたのでしたら良かったですわ」
「完璧でした。アレシアがいなければ、わたくし赤っ恥をかいているところでした」
「そんなこと」と心から驚いたように否定した。
「あれほどのお声をお持ちでしたら、そもそも楽器など必要ありませんでしたのに」
「え? そうなのですか?」
「声も一つの楽器ですから。歌いながら別の楽器を弾くなんて、普通は致しません」
―――そうなの? じゃあ、あんなに頑張る必要なかったよ。がっくしだよ。
宴の席にもどっても、みんなに同じことを言われた。
歌いながら演奏するなど前代未聞だと。特にヘルマンは苦虫を噛み潰したような顔で
「其方、歌えたのならば先に言え」などと、訳の分からないキレ方をされた。
前世では日〇なつことか〇ジェラアキとかのピアノを奏でるアーティストは一通りカバーして愉しんでいたので、弾き語りは当たり前の感覚だったのだけれど。
「えっと、なんだかわたくし、とても非常識な事をしてしまったのですね。大失敗です」
折角上手に演奏できたと思ったのに、残念だ。
しかもめちゃくめちゃ目立ってしまった。もう嫌だ。
「いえ大成功ですよ」
「え?」
「あの拍手を聞いたでしょう。素晴らしい趣向でしたよ」
クラウディアが誇らしげに太鼓判をくれた。
「そうなのですか?」
コンラーディンにも確認をとると、深くうなずいて肯定してくれた。
「ライラティーヌには歌の才があるのだね。あの曲は初めて聞いたが、自作かい?」
「え、ええ。歌詞も即興で付けたのですが、失礼な言い回しはなかったでしょうか?」
「問題なかったよ。待黎祭に相応しい歌だった。来年から各地で流行るかもしれないね」
「えー、それは嫌です」
いないとは思うけれど、どこかに転生者がいたら一発でバレてしまう。
これからは自重しようと、深く思った。
――――――――――
若年層による演目が一通り終わったため、ライラティーヌは自室に戻ることを許された。
「流石に疲れました」
体力はまだ余っているが、とにかく精神がへにょへにょだ。深夜に行われるという剣術試合も、行く気満々だったが諦めて寝よう。
「今日はもう大人しくしておきます」
「私にまで嘘を吐かなくて良いですよ」
アンヌが夜着に着替えさせてくれながら、呆れ顔をする。
「信用無いですね。本気ですよ」
「今のところフォルクハルト様の方が信用度は上ですから。フォルクハルト様が仰ったからには、必ず脱走されます」
「貴方たち、いつの間にそんなに仲良くなったのですか……」
夜着に着替え終わり、窓辺のテーブルにお茶が用意される。
「アンヌ、今日はもう少しお喋りしませんか?」
「良いのですか? ないとるーてぃん、なのでしょう?」
「なんだか気が冴えてしまって。眠れそうにないのです。アンヌさえ良かったらだけど」
「……実は、宴に出されていた果物があるのですが」
「……太りますよ」
「甘いものは太りません」
真顔だ。
「では白い器で出して頂戴」
「畏まりました。待黎祭だからですね」
カロリーゼロだからです。
通じないボケを心の中でかましつつ、窓の外へ視線を転じた。
遠くに平民街の灯が見える。
いつもならもう暗くなっている時間だから、平民街でも祭りが行われているのだろう。裏の森がある場所は、いつも通りの漆黒だ。
「ダノ爺はどうしているかしら。ちゃんと祭りに参加できていると良いけど」
「今日は騎士寮に泊まるんじゃないですか? 所属は騎士団のようですから」
独り言にアンヌが応じた。
ほっぺが果物の形に膨らんでいる。先に食べ始めていたらしい。
いつの間に。
ライラティーヌも一粒摘んで、口の中に放り込む。
「そういえば、今日神殿で映石のお披露目がありました」
メイドは儀式に参加できないので、アンヌは外で待っていたのだ。
「ああ、私も何年か前にやりましたよ」
顔を顰める。確かにアンヌの性格上、ああいう儀式は好きじゃないだろう。
「白濁させれなかった亜貴族の子供はどうなるのですか?」
儀式中に気になっていたことを訊く。亜貴族の事は亜貴族に尋ねるのが一番だ。
「亜貴族を名乗れないだけで、貴族街から追い出されるわけじゃないですよ。大抵貴族街の食堂やパン屋などで働いたりしますね。平民街に居を移す人もたまにいます。一度平民街に出てしまうと、身分は平民に落ちますけどね」
「へー。じゃあ平民街に移った亜貴族の子供は、魔力があるのに最初から平民扱いなのね」
「平民との間の子供に魔力は発現しませんよ」
「絶対?」
「絶対です。亜貴族が平民街に移るのは、平民と結婚するためという場合がほとんどですから、まず魔力持ちが平民として生まれることはないです」
―――なるほど。平民に紛れ込むには、魔力のことは絶対隠さなきゃ駄目ってことね。
「やっぱりアンヌの話は面白いし、とっても為になるわ」
「そうですか」
「ええ、先生は教えてくれないことばかりよ」
教師は地理や歴史は流暢に教えてくれるが、実際そこに住まう人の話になると、とたんに鈍る。貴族の話しかでてこない。
「ライラティーヌ様には必要ない知識ですからね」
普通の貴族ならそうかもしれないが、ライラティーヌにはヴィートの弾き方なんかより、ずっと必要だ。
ライラティーヌにとっては、アンヌの方がよほど立派な教師だった。
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