待黎祭~コンラーディンの剣舞
陽が落ちると宴の時間だ。
季節はまだ冬なのに宴は野外だった。きっとくそ寒いだろうと覚悟していたが、ドレスの上から着込んだもこもこのコートと、至る所に焚かれた篝火のおかげでそれほど寒さを感じずに済んでいる。
更に寒さを薄めている要因は、人の多さだ。ホールに集まっていた貴族に加え、調理人やメイドなども忙しく動き回っていて、広場は人であふれていた。
領主の娘ということもあり、次々と挨拶に人が訪れる。
やんわり笑顔を返したり、当たり障りのない返事をしているだけなのだが、とても疲れる。というか、出会う人を減らしたいという密かな野望がガラガラ崩れていく。
―――ううう、早く退散したい。
「笑顔が固まっていますよ」
隣で微笑むクラウディアから、小声で叱責が飛ぶ。
「疲れました。わたくし早くお部屋に戻りたいですわ」
「もう少し我慢なさい。一通りの出し物が終われば退出を許しますから」
広場の中央は円形のステージになっており、その後ろに楽隊が並んでいる。
今はステージでは、楽隊の音楽に合わせて少女たちが舞を披露していた。
神に奉納する舞らしい。
その内ライラティーヌも舞うことになるから、よく見ておきなさいと忠告された。
少女たちは羽衣のような薄手の衣装をひらめかせながらクルクルと踊っていて、見ていてとても寒そうだ。
飛んだり跳ねたりする動きはなく、滑らかに情感たっぷりに舞う姿は妖精のようで、複雑なフォーメーションが高揚感を誘う。
「素晴らしいですね」
「あなたも学院に通うようになれば、あそこに加わわるのですよ」
「……出来る気がまったくいたしません」
「領主の娘ですからラウファレペティアの役ですよ」
「風の女神ですか。もしかしてセンターで踊っている緑の衣装の方ですか?」
地に足を滑らせるように踊っている皆の中で、一人だけジャンプを取り入れて風に遊ぶように舞っている少女だ。
―――とても綺麗。あんなの私には絶対無理だわ。
「お母様もラウファレペティアをされたのですか?」
「嫁ぐ前ですよ? わたくしは群舞でした」
「……ずるいです」
―――よく考えたら、その頃にはもう平民になってるし、関係ないか。
本当に貴族というのは、知れば知るほど義務が多い。
それゆえに得られる恩恵も大きいのだが。この美しい演舞も、溢れるほどに用意された料理の数々も、平民になれば触れることも出来なくなる。
きっと平民特有の義務や不条理が待ち構えている事だろう。平民の立場になってから、貴族に戻りたいと思う日が来るかもしれないな、と篝火に浮かぶ美しい情景を眺めながら思った。
―――それでも私は、囲碁が打ちたい。
演舞が終わり無人になったステージに、一人の少年が進み出てきた。
「コンラーディン兄様?」
コンラーディンが一人、車椅子でステージを進んでいる。
いつも使っているものとは違い、背もたれの無いシンプルな車椅子だ。
騎士風の服に着替え、膝の上には二本のサーベルが置いてあった。
「何が始まるのですか?」
「剣舞です」
「剣舞? だってお兄様は……」
前世を含め剣舞を実際に見たことはない。ロシアの剣舞を動画でみたくらいだ。それでも下半身が重要だということは分かる。
ぶわっと心配する気持ちが心を埋め尽くした。
「あのサーベルは本物ですか?」
「当然です」
見守るライラティーヌの前で、コンラーディンはステージの中央で止まると、サーベルを顔の前でクロスさせた。
ドドン!
腹の底に響くようなドラムの音から始まった。
ドン、ドドン!
ドラムの音に合わせ、コンラーディンがバトンのようにサーベルを回す。
ドドドン!
「我はサラウェトリニアを守護し奉る者なり!」
コンラーディンの掛け声とともに、ステージの両端に十人ほどの騎士が並んだ。
「我はサラウェトリニアを守護し奉る者なり!」
コンラーディンの掛け声を復唱し、高く掲げたサーベルを打ち鳴らす。
騎士達の声を皮切りに、楽隊による音楽が流れ始める。
躍動感に満ちた力強い音楽がステージに満ちる。
コンラーディンは打楽器のリズムに合わせて、二本のサーベルをクルクルを回す。
回る刀身が頭ギリギリを掠めていく。
サーベルを持ったまま、片手で器用に車椅子を操り、回転しポーズを決めるとまた動き出す。
「時のうつろいが癒せずとも、永久に我らは御身の側に。不浄を寄せ付けず、不義を切り伏せ」
コンラーディンの声が会場に響く。
ライラティーヌは自然と祈りの形に両手を組み合わせ、食い入るように刀身を振るうコンラーディンを見つめた。
生き物のように、しなやかに宙を回転するサーベルが篝火を反射させながら前へ後ろへと舞う。
とても両下肢に障害を負っているとは思えない。
見事なバランスと、威風堂々たる威厳が迸る。
観覧席から悲鳴にも似た黄色い歓声が上がっている。どうやらコンラーディンは若い女性に人気があるようだ。
「押し寄せる闇を打ち払い」
冬風によくとおる管楽器の音が、ドラムのうねりにのって剣舞を盛り上げる。
ダダダダダダダ、ドン!
「ただ只管に黎明を待つ!」
コンラーディンがサーベルを天へ突きあげた。
両端に並んでいた騎士たちが、一斉に動きコンラーディンを中央にしてフォーメーションを組んだ。
「猛れ!」
コンラーディンが叫ぶと、今度は騎士たちによる剣舞が始まった。
「はっ」という掛け声に合わせ、互いのサーベルを打ち付け合い、場所を入れ替えながら戦うように舞う。
群舞が始まると、コンラーディンはステージの後方へと移動した。
コンラーディンが持っていた二本のサーベルを宙に投げた。
サーベルはひゅんひゅんと回転しながら群舞の頭上を舞い、先頭にいた二人の騎士の手に収まった。
「はっ」
サーベルを受け取った二人の騎士が、先ほどコンラーディンがしていたように、サーベルを自分の周りで回転させる。
時折互いにサーベルを投げ合って、サーベルを交換しては剣舞を続ける。
その間に、コンラーディンはステージからそっと退場していた。どうやらコンラーディンの出番は終わったようだ。
緊張に張りつめていた身体に、一気に血が巡り始めた気がして、握り込んでいた両手を開くと手を打ち鳴らした。
「すごい! すごいですコンラーディン兄様! 世界一の兄様です!」
―――血が繋がっていなければ惚れてました!
拍手しながら絶賛していると、クラウディアが苦笑した。
「まだ続いていますよ。落ち着きなさい」
窘めつつも、クラウディアも嬉しそうだ。
ライラティーヌはステージに目を戻す。
二人の騎士が繰り広げていたジャグリングのような剣舞に、後方にいた騎士たちも加わって、いくつものサーベルが宙に弧を描き、篝火を受けて輝いている。
音楽もどんどんと激しくなっていく。佳境のようだ。
―――もっと見ていたいな。
「あ」
ライラティーヌの視線が、サーベルを振る一人の騎士を捉えた。
―――フォルクハルトだ。
フォルクハルトは生真面目な顔で、一生懸命に舞っていた。コンラーディンのような流麗さはないが、誠実さが伝わってくるような丁寧な剣舞だった。
赤い髪が舞っている。あれはフェーベだ。どこか陽気さも感じる軽やかさがある。
おなじ動きなのに、演じ手によって色が変わって見えるのがまた興味深かった。
――――――――――
「コンラーディン兄様! 素晴らしかったですわ。わたくし心臓がバクバクして抑えられませんでした」
戻ってきたコンラーディンに抱き着く勢いで駆け寄る。気分はすっかりアイドルの出待ちだ。
「ありがとう。ライラティーヌの声はステージまで届いていたよ。騎士たちが面食らう程の大きな声だった」
という事はフォルクハルトにも聞こえていたってことだ。それはちょっと恥ずかしい。
「兄離れの出来ていない子供だと思われてしまったでしょうか?」
「どうもズレているようですね。淑女らしからぬ大声を恥じるところですよ」
「あらお母様。私まだ八歳だから良いのです」
「言い訳に年齢を持ち出すことが許されるのは亜貴族までですよ」
―――なるほど。平民狙いじゃなくて亜貴族狙いでもいいかも。
「亜貴族にはどうやったらなれるのかしら?」
「恐ろしいことを言うんじゃありません」
何の気負いもなく軽口を叩けている自分に気付き、なんとなくこの一日で家族らしくなれた気がした。
もっとも沙夜の思う『家族らしさ』は、ホームドラマから学んだものでしかないのだけれど。
「お母様、お兄様。わたくし今日一日お二人と親しくお話が出来て、とても嬉しいです」
「私もだよライラティーヌ。学院が始まると暫くは会えないが、戻ってきたら色々話をしよう」
「楽しみにしていますわ」
「ふん、随分とご機嫌だな」
微笑みあっていると、頭上から冷や水を浴びせるようなヘルマンの声が降ってきた。
「あら、ヘルマン兄様。どちらに行かれていたのですか?」
営業スマイルで問いかけると、ヘルマンは思いっきり顔を顰めた。
「剣舞から戻ったに決まっておろう。仮にも領主の娘があのような大声をあげるなど、私にまで恥をかかすな」
―――あ、ヘルマンもいたんだ。全く目に入らなかったよ。失敬失敬。
ライラティーヌの無礼とヘルマンの不機嫌さに、周囲の貴族たちがオロオロとしだした。
「もちろんヘルマン兄様も素敵でしたわ。お二人とも流石領主の息子ですわね。お父様もきっと鼻高々ですわ」
取りなすようにヨイショしてみる。
「ふん。同じ領主の子でありながら、其方は何もしておらぬではないか」
―――だってまだ子供だし。うーん。年齢を理由にしちゃいけないんだった。
「お恥ずかしい限りです」
仕方なく殊勝に頭を下げてみた。
ヘルマンは見下しながら鼻を鳴らすと、
「恥に思う心があるのならば、其方も何かしてみてはどうだ? そら、丁度今は楽の奉納が行われている。其方も一曲奏でてみてはどうだ」と無茶振りしてきた。
いや、無理です。ごめんなさい。
「わたくし程度の演奏では、宴を汚してしまいますわ」
「そんなことはあるまい。領主一族は他よりも高度な教育を受けている。其方の演奏でも十分学院生と渡り合えるはずだ」
―――くっそぅ。ヴィートは弾けないんだよ! こんちくしょう!
視線でクラウディアに助けを求める。クラウディアは困った子だこと、という顔をしていた。それ見たことか、という感じも出ている。
―――ううう。こんな事もあるから弾けなきゃいけないのね。骨身に染みます……。
「ヘルマン。神聖な宴を領主一族の我が物にするのは美しくないのではないかしら?」
「あら。少しくらい良いのでは? 魔力抱負と噂されるライラティーヌの奉納演奏であれば、サラウェトリニアもお喜びになるわよ」
折角のクラウディアからの助け舟も、ヘルマン母によって沖へと押し流されてしまった。
周囲の貴族が心配そうに、一部はにやにやと事の成り行きを見守っている。
もう断ることは出来そうにない。
「ヴィートじゃなくても構わないのですか?」
「其方、他の楽器が弾けるのか」
「分かりませんが、少し時間をください。準備してまいります」
不安げなクラウディアを残し、出来るだけ優雅にその場を去る。後ろからアンヌが追ってきた。
「ライラティーヌ様。他の楽器って」
「分かりません。どこかに楽器が置かれている場所はありませんか」
「楽隊の控室でしたら」
「参りましょう」
あまり時間はない。
もうなるようになれ、というやけっぱちな気持ちで、足早に控室へと急いだ。




