待黎祭~神殿
神殿は貴族街と平民街の間にある。
神殿という役柄上、貴族も平民もどちらも利用するためこのような位置にあるらしい。
貴族街と平民街には高低差があり、貴族街の一階は平民街から見て二階に当たる。
平民が利用するのが一階、二階以上は貴族が利用するということで住み分けがされている。
神殿はルイのいた場所に似ていて、大理石造りの荘厳な雰囲気を持っていた。
回廊は広く、等間隔で並ぶ円柱形の柱が天井を高く持ち上げていた。柱には様々な神々の彫刻がなされていた。
この世界は多神教で、数えれば多分百近い神が存在しそうだ。その中でも各属性を司る五大神と創造神である命の神、併せて六柱が主神とされていた。
どの世界でも宗教と王族は繋がるもので、闇の神を封じるために力を使い果たした命の神は人間となり、初代の王となったとされる。今の王族は神の末裔というわけだ。
ライラティーヌは柱を通り過ぎる度に、彫刻に目を凝らした。ルイの特徴を持った神がいないか探したが、見つけることは出来なかった。
回廊を抜け、正面の扉を開けると、大きなホールになっていて、すでに多くの貴族が集まっていた。
ホールの一番奥、今ライラティーヌが立っている入り口から見て正面に位置する場所はステージのように一段高くなっていて、どうやら祭壇のようだ。
祭壇には真ん中に光の女神の像があり、その少し奥に命の神の像が、さらにその奥には大きな石造りの扉がある。今まで見たどの柱よりも、荘厳な彫刻が施された扉だった。
ホールの入り口を六時、光の女神のいる祭壇を十二時としたとき、二時、四時、八時、十時の場所にも小さめの祭壇があり、それぞれ風、火、土、氷の四柱の像が祭られていた。
ルイは命の神なのでは、というライラティーヌの読みは外れた。
ここにもルイの特徴を持つ神はいなかった。
―――すっかり忘れていたけど、ルイから祈りを捧げて欲しいってお願いされていたのよね。
ルイを見つける事は出来なかったが、ここで祈ればルイにも届くかもしれないと思い、手を合わせてそっと祈ってみた。
―――祈るってどうやるんだろう。前世では神社にお参りは良くしてたけど、こっちのお願いを伝えるばっかりで、祈るなんてした事なかったな。
「どうしたんだい?」
立ち止まっているとコンラーディンが気遣ってきた。
「いえ、たくさん人がいて少し足が竦んでしまいました」
「ライラティーヌが儀式に参加するのは今年が初めてだからね。黙って座っていれば終わるから力を抜いていて問題はないよ」
コンラーディンは車椅子なので、エスコートが出来ない。
代わりにクレメンスに手を引かれながら席へと歩を進める。
大勢の貴族の視線が集まっていることを感じ、自然と顔が下を向いた。早々に出奔するつもりのライラティーヌにとって、不特定多数の人々に顔を知られるのは喜ばしくないのだ。
どこかの街で平民として暮らしているときに「あら、貴方はライラティーヌ様ではありませんか?」なんて声をかけられる危険は出来るだけ減らしたい。
――――――――――
席について少し経つと、壇上に司祭と思われる老人とユアヒムが現れた。
司祭が待黎祭の由来を語りだし、皆に祈りを促す。神に向かい去年の収穫への感謝を述べ、今後の加護を願う。
―――本当に座っているだけで終わるわね。眠くなってきちゃった。
司祭の語り口調は朗々としていて、とても眠気を誘った。
ライラティーヌが睡魔と戦っている内に司祭の話は終わり、ヨアヒムが前に出てきた。
ヨアヒムは平素と違い白い大げさなガウンのようなマントを身につけ、帯剣している。
―――なんだか昔話の王様みたい。
ヨアヒムは壇上の光の女神像の前に膝まづき剣を掲げると、祝詞を述べ始めた。
「ティチェルケルンにましまして、天に地に世界を遍照給う王神が落とし子サラウェトリニアよ。一切を支配する御力にて我らを包み給え。今待黎の時を迎え、御身を傷付けし闇を打ち払い、光を護らんとする我らに、願わくば慈愛と力を賜らんことを」
剣を置き、女神像の台座にはめ込まれた魔石に手を当てる。
「ここに信心とともに我が魔力を献上いたします」
魔石から淡い薄桃色の光が広がり、立ち上った光が女神像を靄のように包み込んだ。薄暗いホールの中で、女神像だけが淡い光に包まれて発光する。
とても幻想的で美しい光景だと感じいっていると、光の靄は女神像に溶け込むように徐々に薄れ、やがてふっと消えた。代わりに女神像の額の中央にある白毫のようなふくらみが黄白色に輝きを放ちだした。
「綺麗。なんで光っているのかしら」
溜息とともに呟くと、隣に座るクラウディアが小声で応じてくれた。
「ヨアヒム様の献上した魔力を、サラウェトリニアがお受け取り下さったのよ」
「いつまで光るのでしょう?」
「待黎祭が終わるまでですね。闇に押されてサラウェトリニアの御力が弱まる日ですから、ヨアヒム様の魔力で支援するのです。待黎祭は闇の神から光の女神を護る神事ですからね」
―――祈るって、魔力を捧げることなのかもしれないな。
ヨアヒムはその後、四大属性神の像を回り、魔力を献上しては像をそれぞれの貴色で光らせた。
ホールが五色の光で照らされたところで儀式は終了した。
「あんなに魔力を使って、お父様は大丈夫なのでしょうか?」
「一人では無理ですよ。他の者の魔力を溜めておいた魔石からこっそり使っているのですよ」
「こっそりですか?」
「途中で人が変わるわけにもいきませんからね。貴女の溢れてしまった魔力は、あんな風に使われているのですよ」
「溢れた魔力を吸い取ってくれる魔術具のことですか?」
「ええ。吸い取った魔力は魔石にたまり、領地の為に有効活用させてもらってます」
「少しはお役に立てているみたいで、ほっと致しました」
クラウディアと微笑みあっていると、儀式の終わった壇上に、こんどは十二、三歳ほどの少年少女が現れた。全部で八人。中にはヘルマンの姿も見える。
発表会的な事が始まるのかな、という気持ちで眺めていると壇上のヨアヒムが演説を始めた。
「去年より貴族学院に通い始めた者たちが、学院において魔力量の測定を受けた。今から映石のお披露目を行う」
ステージの真ん中に、大きなメスシリンダーのような円筒形の魔術具が置かれた。
一メートルほどの高さのある中には透明の液体が入っている。
名前を呼ばれた少年が、魔術具の前に進み出てきた。少年は持っていた小さな魔石を魔術具の台座にある凹みに置いて、その上から掌を重ねた。
ふぁん、という音とともに、透明だった液体が白濁し発光した。
会場から拍手が上がる。
「あれは何ですの?」
「確かに魔力があるという事が証明されたのですよ。あの子は亜貴族ですね」
「魔力の有無なんて、生活していれば分かることでしょう?」
「亜貴族にたる魔力がある証明です。魔力があっても少なすぎてはもっと暗く光るのです」
魔力が少なすぎた亜貴族の子供はどうなるのだろう。平民になるのだろうかなどと考えている内に、五人が終わっていた。
六人目は少女だった。魔石を置くと液体が白濁した後に急に黒く変色した。
「黒くなりました! お母様彼女は魔力が足りなかったのですか?」
「静かに。見ていなさい、ほら色が変わってきたでしょ」
黒く染まった液体は、深い紫色になり、徐々に色が薄まり赤に変わった。変色がおさまると、メスシリンダー型の魔術具が赤く光りだした。
今までの淡く発光している程度だった白い光に比べると、明らかに強く光っている。
―――サイリウムみたい。でもさっきは一番上まで光っていたけど、今度は下三分の一くらいなのね。
上部三分の二ほどは、先ほどまでと同じ白濁した液体だった。
会場中から拍手が沸いた。どうやらとても良い結果らしい。
「あの子は准貴族の娘なのよ。准貴族は世襲しないから、本人の魔力量が高くなければ亜貴族に落ちてしまうのだけれど、無事准貴族の地位を守れたようね」
「赤だと准貴族ですか?」
「いえ。紫に変えれれば土地に捧げる魔力量はあるとされます。あの娘は赤まで変えれたのだから、魔力に恵まれていますね」
魔力が増えるにつれ、白濁、黒、紫、赤と色が変わっていくようだ。
「爵位持ちの正貴族でも紫でいいのですか?」
「もちろんですよ。ほら御覧なさい」
壇上では次の少年が魔術具を光らせていた。色は紫だった。
「あの子は男爵家の長男です。下級貴族であれば、侯爵家から准貴族になった者より魔力量は劣ります。よくあることですよ。ですから准貴族だからと言って、とりわけ身分が低いというわけではないのです」
「複雑ですね」
次の少年が終わり、最後に残ったのはヘルマンだった。
ヘルマンは何色なのだろう。赤の次は何色なんだろうと、少し緊張した気持ちで魔術具を見つめた。
ヘルマンが石を載せると、魔術具は黒から紫へ、そして赤を通り過ぎて青に変わった。
魔術具の三分の一からニ分の一の中間くらいが青色に光っている。
途端、会場が息を呑むようにどよめいた。
大きな拍手が沸き起こる。
その会場の雰囲気は、単に魔力量が多かったことを褒め称えているものとは少し違う気がした。
「何が起こったのですか?」
見上げると、クラウディアが視線を前に据えたまま、笑顔で拍手を送っていた。
「ヘルマンの魔力が、コンラーディンに匹敵することが証明されたのですよ」
クラウディアの笑顔は今まで見た中で一番深かった。




