待黎祭~ライラティーヌを呼ぶ光
しばらくお喋りして、アンヌは帰っていった。一人になった部屋で随分と遅いナイトルーティンを愉しんでいた。
今夜は窓の外の景色が、いつもと違って面白い。
夜に灯があると、人の営みを感じれて不思議と嬉しくなった。
「あれ?」
先ほどまで漆黒に埋まっていた森のところに、不思議な光が灯っているのに気が付いた。
森でも誰か宴をしているのかもしれない。ダノ爺かしら、とも思ったが、どうも違うようだ。
光は小さく、ふよふよと動いている。
一つや二つではない。薄緑色の無数の光が、弱弱しくも動き回っている。蛍の光に似ている。
「こんな遠くから蛍なんて見える訳ないわよね」
それに何故か、その光はライラティーヌを呼んでいるような気がした。
行ってみたい気持ちになる。
だが、いくらなんでも森はフォルクハルトにも止められている。夜を好むライラティーヌのことを聞きつけたヘルマンによる罠の可能性だってある。
「どうしよう」
体力は余っている。
それに光はとても、悪意のあるものには見えなかった。
「訓練所まで行ってみようかな。もう少し近くで見れば何か分かるかもしれない」
ライラティーヌは慌ただしく白の服に着替えると、部屋を出た。
「げっ」
部屋の前にアンヌがいた。毛布に包まって座り込んでいる。
―――ストーカー!
「絶対抜け出すと思って、張ってました」
ジト目で睨み上げてくる。
「えーっと、あの時は本気だったのよ。本当よ? でも状況が変わったのです」
「何でもいいですよ。行きましょう。訓練所でしょう?」
もう、主に対する態度じゃない。
「本当よ?」
「いいですよ。状況が変わったなんて、嫌な予感しかしません。護ってくれる騎士たちがいる場所へ早く行きましょう。私一人じゃ、何かあったとき護れません」
アンヌが足早に引っ張っていく。
夜の廊下は人気がなく、確かに今襲撃されると危険だ。
「でも止めないでいてくれるのですね」
「止めても無駄な目をしてますよ」
アンヌの勢いに引かれて、小走りで訓練場まで急いだ。
――――――――――
「ライラティーヌ様?!」
ライラティーヌが訓練場に現れると、騎士たちが騒めいた。
中からフェーベが躍り出てくる。
「見学にいらしたのですか? 言ってくださればお部屋まで迎えにいきましたのに」
「本当は来ないつもりだったのです。どうですか? 成果の方は」
どうやら団体戦のようだ。今はゲルルフ含めおそらく隊長クラスと思われる三人に、五人の騎士が挑みかかっている。ヤジにも似た歓声があちこちからかけられていて、スポーツ観戦のように盛り上がっている。
「負けました。でもなかなか良い稼ぎになってます」
ほくほく顔で膨らんだ革袋を持ち上げた。
そのフェーベの向こうに、森が見える。やはり光が舞っている。部屋でみたよりも大きく、沢山見えた。
そしてやっぱり、ライラティーヌを呼んでいる。
「そんなことより、素晴らしい歌声でした。私感動しました!」
「付け焼刃でしたのよ。恥ずかしいですわ。フェーベも剣舞素敵でした。赤い髪がとても映えていて美しかったです」
「声援はコンラーディン様の分しかなかったようですけど」
「うふふ。お兄様は特別カッコよかったですからね」
「フォルクハルトは少し不満そうでしたよ」
「フェーベ、余計な嘘を吐かないでくれ。私は不満顔などしてないよ」
騎士達に押し出されるように、フォルクハルトが前に出てきた。
おそらく誰かがライラティーヌの来訪を知らせに走ったのだろう。ライラティーヌの面倒はフォルクハルトと決められているみたいで、ちょっと可哀そうだ。
フォルクハルトは少し怒っていた。
「何をなさっているんです。あんなに駄目だと申し上げたのに」
「ごめんなさい。私も来るつもりはなかったのだけれど、状況が変わったのです」
「……嫌な予感しかしません」
「アンヌも同意見のようです」
名指しされたアンヌがちょこんと頭を下げた。
フォルクハルトは痛む頭を抱えるように、うーっと髪を掻きむしった。
「それで、状況が変わったとはなんですか?」
―――おお。もう切り替えた。流石だねフォルクハルト。
「あれです」
森を指さす。
「森ですか? 森がどうかされましたか」
森を眺めたフォルクハルトが不思議そうに首を傾げた。
「!? 見えないのですか?」
「何がです」
「光です。いくつも飛んでいます」
フォルクハルトはもう一度森を確かめたが、首を捻った。アンヌもフェーベも首を振った。
「……誰も見えていないのですか」
「はい。いつも通りの森です」
―――私にしか見えてない?
なんだか人に聞かせてはいけない話のような気がして、ライラティーヌは視線で三人を観覧席の端へ誘導した。
フォルクハルトとアンヌ、それに話を聞いてしまったフェーベだ。
端に移動して防音の魔術具を展開させる。
もう一度光を見る。
やはり呼ばれている。誰にかは分からない。でもなんとなく光が放つ雰囲気は、ルイが纏っていたものに似ている気がした。
「私には光が見えます。弱弱しくも神々しい光です。本当に見えませんか」
「見えません」
三人が声を揃える。
ライラティーヌは三人の目を順に見つめてから、真剣な表情で訴えた。
「呼ばれている気がするのです」
フォルクハルトが息を呑んだ。
「ッ駄目です。絶対に! 危険すぎます」
「お願いですフォルクハルト。わたくしにもよく分かりませんが、きっと行かなければならないのです」
宣言するように伝えた。まっすぐに目を見つめる。
「フォルクハルト、ついてきてくれますか?」
フォルクハルトが大きく唾をのみ込んだ。
何度か口を開きかけては閉じ、絞り出すように言った。
「夜の森には魔獣がでます。身体強化の使えない私ではお護りできません」
「無茶ですよ。ライラティーヌ様。今日は魔獣の力も上がってるんですよ」
フェーベも口添えする。ライラティーヌはドレスの裾を握り込んだ。
無茶を言っているのは分かっている。でもどうしても行かなくてはいけない。理屈はないが、呼ぶ声がとても切実なのだ。来てくれ、頼むから来てくれと、光が懇願してくる。
「でも、貴方はどうあっても行くのでしょうね」
唇を噛んで俯くライラティーヌの頭上に、フォルクハルトの静かな声が降ってきた。
はっと顔をあげる。
「行きます」
正面から見つめる。
数瞬見つめあって、フォルクハルトは瞼を下ろした。
「分かりました」
「フォルクハルト?! 本気なの?!」
フェーベが信じられないことを聞いたという表情でフォルクハルトに詰め寄る。
「フェーベ。君のライラティーヌ様への認識を改める時間だよ。私は今から団長に話を通してくる。君にも最後まで付き合ってもらうぞ」
「……マジですか」
「大真面目だ。ライラティーヌ様の願いを叶えつつ、安全を確保するには何人必要だと思う」
フォルクハルトに問われてフェーベが口元に指をあて、少し考え込む。
「四人、いや五人は欲しい。何かあったときライラティーヌ様を抱えて逃げる役が必要になる」
「分かった。団長に掛け合ってくる。それまでライラティーヌ様が余計な行動をしないように見張っていてくれ」
失礼な言葉を残して、フォルクハルトは足早に訓練場へと向かっていった。
残されたフェーベがその後姿を見送りながら
「ライラティーヌ様とフォルクハルトは、深い信頼関係を築いているのですね」と誰に聞かせるでもなく言った。
「今回も、フォルクハルトであれば何とかしてくれると思ったのでしょう?」
明るい瞳で問いかけ、というか確認された。
「そんなつもりもなかったのですが、結果そうなりましたね」
「まだ知り合って一月ほどですよね。思いの深さに時間は関係ないのですね」
「そのようです。振り回してばかりでフォルクハルトには申し訳なく思っています。ですが結局のところわたくしは、フォルクハルトやアンヌに甘えなければ、何もできないのです。不自由で無力な自分を、情けなく思う日々です」
遠くにあるフォルクハルトの背中を見つめる。真剣な顔でゲルルフと話し込んでいる。自分の為に必死になってくれているのだ。
「甘えたくても甘えられない日は必ず来ます。それまでは泣いて喚いて、甘えていてよいと思いますよ」
フェーベがお姉さんのような顔をして微笑んでいた。
「ありがとう存じます。今日はフェーベにも甘えさせていただきますね」
「お任せください」
フォルクハルトがゲルルフを連れて戻ってきた。
「防音の魔術は?」
開口一番口外法度だと宣言されたようなものだ。ライラティーヌは慌てて答える。
「展開中です」
「良いでしょう。さて、森に行きたいそうですね」
「はい」
「理由を伺っても」
「フォルクハルトは言わなかったのですか?」
ちらりとフォルクハルトを見る。
「私が口にして良い範疇を超えていると判断しました。直接ライラティーヌ様から説明なさってください」
「これの一点張りだ。結局聞くんだから同じだと言ったのですが、頑固というか何というか」
ゲルルフが肩を竦めて笑った。
ライラティーヌも自然と口元が緩む。
「森に光があるのですが、ゲルルフ団長は見えますか?」
「光?……何も見えませんぞ」
「どうやらわたくしにだけ見えているようなのです。その光がわたくしを呼ぶのです」
「声が聞こえるのですか?」
「いえ、感じるのです」
うーん、とゲルルフがうなった。
「表情を伺う限り本当のようですが、他に見えている者がいないので、その光が危険なものかどうかの判断がつきません」
光から悪意は全く感じない。それどころか感じるのは温かさや優しさ。なんだろう。ルイの雰囲気に似ているけれど、それだけじゃない。
「おそらくですが」
ライラティーヌは光を見つめたまま、言った。
「わたくしを呼んでいるのは、人知を超えた何かです。もし光がわたくしに害をなすのなら、きっとわたくしはこの世界にとって有害な存在だという事だと思います。その時は、どうかわたくしを捨て置いて逃げてください」
「そんなこと承服できません」
「大丈夫です。きっとそんなことにはなりません」
ライラティーヌは笑った。
「だってあの光、とってもソワソワ待っているのです。きっと良い子ですよ」
「良い子、ですか」
ゲルルフは少し考えて「分かりました。私もお伴しましょう」と請け負ってくれた。
「私も行きます」
アンヌが決心したような、頑固そうな顔で手をあげた。
「……気持ちは分かるが、護る対象が増えるのは困る。今回は諦めてくれ」
「嫌です。私の事は護ってくださらなくて結構です。私でも肉の盾になるくらいできます」
「しかし」
「私はライラティーヌ様の盾となると誓っています。何があっても付いていきます」
そこまで悲壮な決意をしなくても、きっと大丈夫だと思うのだけど、と根拠の薄い考えがよぎる。
―――だってこれ、私の我儘じゃなくて、神だかルイだかの我儘だもん。たぶん。
「一緒に行きましょう、アンヌ」
「ライラティーヌ様?!」
フォルクハルトが眉を吊り上げた。
「ですから、きっと大丈夫です。森は私たちを受け入れてくれますよ。というかあっちからの招待です。大勢で押しかけてあげましょう」
「まあ、いいだろう」
「団長? いいのですか?」
ゲルルフは少しアンヌを覗き込んで、快活に笑った。
「惜しいな。騎士向きのお嬢ちゃんだ。もう少し魔力があれば、うちに欲しかった」
その言葉を聞いて、アンヌの瞳が潤んだことには、気づかないふりをしてあげた。
―――騎士が夢だったんだよね。よかったね、アンヌ。




