森でのひととき
「わたくしの顔に何かついていますか?」
ライラティーヌはスコーンのような焼き菓子を頬張りながら首を傾げた。
最近はフォルクハルトとのお散歩のときは、一緒に森でトルティを取るようになっていた。騎士寮で出されるトルティは、毎日堅パンにチーズという組み合わせらしく、ライラティーヌが持参するトルティを役得だと大喜びしてくれる。
いつもはトルティに夢中なフォルクハルトが、今日はやけに見てくるのが気になったのだ。
「いえ、フェーベに『ライラティーヌ様は草花が好きなだけの普通の女の子ではないですか。勉強熱心なトコロを変わっていると勘違いしているのではないか?』と指摘を受けたので、確認していました」
「……いったい騎士団ではわたくしはどんな人物と思われているのでしょう。それで? 確認はできましたか?」
「はい。黙っていればとてもお綺麗です」
フォルクハルトはお世辞など言わない人物だと分かっているだけに、まっすぐに褒められると素直に嬉しい。というか、前世では親以外から容姿を褒められたこともなかったので、かなり面はゆい。
「照れます。ありがとう存じます」
「黙っていれば、ですよ。フェーベの前でその綺麗な化けの皮を脱がずに済んで何よりです」
「……なんだか最近遠慮がなくなってきましたね」
「私が遠慮なんかしていたら、貴方はもう三回ほどアンゲスリュートに会ってますよ」
アンゲスリュートとは死と輪廻の神だ。死んだ後はアンゲスリュートの元で次の生命に振り分けられるらしい。まあ閻魔様やアヌビスみたいなものだと理解している。闇の神の眷属なのに、珍しく祈りを捧げられる対象なのだ。
「確かに……地面に頭を打ち付けたり、崖から落ちたりせずに済んだのはフォルクハルトのおかげですが……。そんな意地悪を言うフォルクハルトには、もうあげません」
「取り消します。女の子らしいです。とても」
棒読みの早口だ。
「手のひらの返し方がえげつないです」
ライラティーヌはジト目でスコーンもどきを手渡した。
フォルクハルトはクスリと笑って、受け取ったスコーンに豪快にかぶり付いた。
「次の素材採集では、食べられる果実を探そうと思っているのです。沢山取れたらジャムを作るからトルティに持ってきますね」
「料理が出来るのですか?」
「ジャムなんて弱火で煮込んでいれば出来ますよ」
「……回復薬を用意して待っています」
「失敬ですね。でも食べてはくれるのですね」
「食べますよ。騎士ですからね」
「そんなところに騎士道を見出さないで下さい」
身体強化は順調に上達している。
フォルクハルトは相変わらず何も教えてくれないが、さり気ないフォローを入れたり、ライラティーヌが考えた訓練に付き合ってくれたりしている。
おかげで早く走る、高く飛ぶ、重たいものを持ち上げるなどの単純な動作はマスターしたのだが、方向転換など急に動きを変えるなどはさっぱりだ。
結局、脳の指令が筋肉に伝わるまでの時間は強化できなかったのだ。つまりもともとの運動神経が物をいうわけだ。
今は主に追いかけっこ訓練だ。襲われたとき逃げ切るための身体強化なので、追いかけっこでフォルクハルトから逃げ切れるようになれば、そこそこ有事にも通用できるということだと思っている。
「それにしても、急に素材採集なんて、今度は何を企んでいるのですか?」
「うふふ。もともとわたくしは植物が好きなんですよ。それにちょっと作りたいものがあるのです」
「食べ物ではなさそうですね」
「はい。口に入れるものではないですよ」
昨日一日で、シャンプーの完成に一気に近づいた気がする。実際はまだまだ遠い道のりだけれど、こうやって進めていけば、いつかは辿り着けると思えるだけで嬉しくなった。
流石にこの森ですべての材料が揃うなんて、都合のいいことはないだろう。特に美髪成分の海藻類は絶望的だ。
「海が近くにあるといいのだけど」
「ありますよ?」
「本当ですか?!」
身を乗り出して詰め寄ると、フォルクハルトは失言に気付いて身体を引いた。
「いや、そんなに近くはないです。ライラティーヌ様が気軽に行ける距離ではないです」
慌てて否定するが、時すでに遅しだ。
「大丈夫です。場所さえ分かれば行けます。教えてください」
「……どうして海に行きたいんですか」
ものすごく、胡散臭げに見降ろしてくる。
「海藻が欲しいのです」
「海藻ですか? あの水の中でにょろにょろしている」
「そうです! 出来るだけ色んな種類の海藻を求めています!」
「あんなもの何に使うんですか? ただの邪魔な草ですよ」
こちらの世界では海藻は食べないらしい。
―――まあ、前世でもワカメを食べる日本人は変わり者と思われていたしね。
でも逆に好都合だ。みんながいらないなら、全部根こそぎ貰いたい!
「ちゃんと使い道があるのよ。取りに行く計画を立てましょう!」
「ま、待ってください! また貴方は」
「騎獣で行けば大して時間もかからないでしょ。乗せていってくださいな」
騎獣が出せることはフォルクハルトにも秘密にしている。
信用していないわけではなく、そりゃ、もう大騒ぎになると思うからだ。
フォルクハルトは「うー」とうなりながら、頭を掻きむしっている。
「……海藻が手に入ればいいんですね?」
「はい」
「フェーベが海のある街の出身です。フェーベの親族を通せば送ってもらえるでしょうから、頼んでみましょう」
「まあ! ありがとう存じます。流石フォルクハルトです」
褒められても嬉しくありません、と愚痴をこぼす。フォルクハルトはどうも愚痴っぽいと思う。
でも一度了承したことは必ず守ってくれるのだ。了承するまで少しディベートが必要になるが、出来るだけライラティーヌの希望をかなえようとしてくれる。
権力をかさに着てわがまま放題、と言われればそれまでなのだけど。
―――でも私もちゃんと我慢したもんね。本当は海を見てみたいし、海の素材も調べたいんだから。
「フェーベと言えば、聞きましたよ、剣術試合の話。応援に行きますね」
「夜中ですよ? お止め下さい。どうせ私は出場しませんので」
「何でです? わたくし楽しみにしているのに」
「まだ見習いですから。待黎祭は闇の神の力が一番強くなる日です。子供は窓をしっかり閉めて、早々に眠るのが慣例なのですよ。良い子に寝ていてください」
この世界では闇の神は魔王のような扱いで、子供が悪いことをしたときは『そんなことをしていると闇の神に連れていかれるよ』というのが脅し文句になっているほどだ。
大人でも、酷く夜を厭う。
飲み屋ですら日が切り替わる前には閉まり、人々は夜の闇から逃げるように家に篭るのだ。
前世では夜型人間で、月光を浴びながら散歩をするのが楽しみの一つだったようなライラティーヌには、少し馴染みにくい風習だ。
だがそんなこの世界において、待黎祭は唯一夜通し行われる祭りだ。夜通し明々と灯をともして大騒ぎすることで、今が夜であることを闇の神に気づかせないようにする、という趣旨らしい。
―――これはもう、夏祭りだよね! 冬だけど。今日だけは少し遅くなってもいいよと言われて子供だけで夜に出かけることが許される、あれだよね。
「フォルクハルト、どうせ出場しないなら、その日は一緒に夜のお散歩に出かけませんか?」
「!」
「どうせ皆大騒ぎしているし、絶対にバレませんよ。夜にだけ採れる素材もあるでしょう?」
フォルクハルトががっくりと項垂れて、両膝の間に顔をうずめた。
「もう嫌だ、もう嫌だ……」という呟きが、呪詛のように漏れ聞こえてくる。
いいアイデアだと思ったのに、賛同は得られそうにない。実に残念だ。




