素材探しと新しい趣味
翌日、ほてほてと訓練所の脇を抜け、奥の扉へ向かっていると
「ライラティーヌ様? 今日はフォルクハルトは勤務に出ていますが」と静止の声がかかった。
声の主は、赤い髪をポニーテールに結い上げた、快活な雰囲気の女騎士だった。
―――あ、あの脳筋っぽい女騎士だ。
先日、身体強化がしたいと言い出したライラティーヌを、応援するようにニコニコ見守っていた女性だった。
「いいのです。今日は本当にただの散歩なので」
「本当に、ただの、ですか」
―――しまった、口が滑った。
女騎士は手の甲を口元にあて、くくくと笑った。
子供の悪戯を見て見ないふりをするときの殺し笑いだ。
「いえ、あの。今日はお花を見たいと思ったのです。フォルクハルトは一緒にいても花や自然を愛でるようなことしないでしょ?」
「なるほど、では良ければ今日は私がお伴致しましょうか?」
「よろしいのですか?」
「はい。私も森に用事があったので丁度良いです。―――団長から許可を取ってきますね」
踵を返し颯爽と駆け出していく。
なんだかさっぱりした人だなと揺れるポニーテールを見送る。
女騎士はフェーベと名乗った。年は十八らしい。
いつもと違い、森の中でもちゃんと踏み固められ、道らしくなっている場所を歩く。
身体強化の練習をするときは、人目につかないように茂る草をかき分けながらの道行なので、まったく別の森に来ている気分になった。
「冬なので、あまり花は咲いていないですね」
フェーベが残念そうに慰めてくれる。
確かに残念だけど、今日のライラティーヌの目的は主に素材調査だ。
シャンプーの原材料を調べた時に、こちらの素材の事を何も知らないと思い知った。
コルシエとかタイリューガとか言われても、どんなものなのか、どのような地域に生えているのかさえ想像も付かない。
素材辞典を作ろうとしている者として、これでは駄目だ。
なので色々な植物を調べて、辞典に掲載する内容を作っていこうと思ったのだ。そうやって、少しづつこの世界を知っていくのも面白い。
森中の素材を調べていけば、ノート何冊分にもなると思う。行く先々で調べていき、その過程でコルシエやタイリューガにも出会えたら儲けものだ。
「フェーベは何をする予定だったのですか?」
「素材採集です。その素材はもう少し奥にあるのですが」
くしくもライラティーヌと目的が同じだった。
「何の素材を探しているのですか?」
「コルシシュです」
「行きます! 今すぐ! コングラッチレーション!」
シャンプーの原料だ。まさかまさかだ! 万歳しながら叫ぶ。
―――いきなり会えるなんて! こんな僥倖あっていいの?! ありがとう神様!
急に上機嫌になったライラティーヌに首を傾げるフェーベを急かしながら奥へと進む。
しばらく行くと開けた場所に出た。小さな山小屋があり、少し離れた場所に大き目の倉庫が二つ並んでいた。
「ここは?」
「樹守の家です。おーいダノ爺ー!」
いきなりの大声に思わずびくっとなった。
アンヌもだけど、フェーベも大概貴族らしくないな、と思う。騎士だから普通の貴族令嬢とは違うのかもしれない。
少し待っていると山小屋から初老の男性がのっそりと出てきた。
「樹守ってなんですの?」
「この森の樹々の手入れをする仕事です。コルシシュもそうですが素材として大切な樹々が枯れたりしないように森を見まわったりします」
「じじいの単なる余暇じゃよ。よく来たな。そちらの方はライラティーヌ様かな?」
足を引きずっている割には動きは遅くない。ダノ爺が歩き寄って来て両手を胸の前で組んで礼を取る。
「ライラティーヌです。突然お邪魔してしまってご迷惑ではなかったかしら?」
「とんでもありません。いつでも歓迎いたしますぞ。今日はどのようなご用向きで」
「素材採集です。コルシシュがあると聞いたのですが」
「ありますぞ。あちらの小道から入ったところに群生地があります」
ダノ爺が指し示した小道は森の北側へと向かってる。
木漏れ日が差し込み、キラキラ輝いている。
―――コルシシュがおいでおいでしてる!
「行ってきてもよろしくて?」
両手をワキワキさせながら問うと、「ご一緒しましょう」と目じりを下げた。
――――――――――
「ほら、見えてきましたよ」
小道を入ってすぐ、ダノ爺が一本の木を指さした。
細めの幹で背の高い木だ。見上げれば、高い場所にドリアンのような歪な形をした実がいくつも付いていた。
「高いですね、どうやって採りましょう?」
「勿論登って採ります」
フェーベが腕まくりしながらコルシエに近づいた。
枝も少なく、それほど上りやすそうにも見えないが、小さな節を見つけては、スイスイと登っていく。
「わあ。すごいですね、あんなにするすると」
見惚れている内にフェーベは実のある場所まで登り切って、ナイフで実をもぎ出している。
「ダノ爺、落とすよー」
陽気な声とともに、白い実が落ちてきた。
ダノ爺がキャッチしてライラティーヌに渡す。
結構大きい。ラグビーボールくらいの大きさだ。
「意外と重たいのですね」
「中にコルシシュが入っていますからな。どれ、お貸しください」
ダノ爺が鉈のような道具を腰から外し、コルシエの実の頭を切り落とす。
中には透明の液体がひたひたに入っていた。
―――ココナッツミルクみたい。
「これがコルシシュ。主に回復薬の調合に使われますな」
「飲めますか?」
「うまくはないですぞ。あくまで薬の材料じゃからの」
「ダル爺ー。どんどん行くよー」
フェーベは掛け声をあげながら、どんどんコルシエの実を落としてくる。
五個落としたところで満足したようで、飛び降りてきた。
一つはライラティーヌ用で、フェーベ用が四つだった。
「随分とたくさん採ったの。もうそんな時期か」
「ふふ。今年は負けませんよ」
ダノ爺とフェーベが談笑しながらコルシエの実を鞄に詰めている。
ライラティーヌも満足感に浸っていると、足元にドングリが転がっているのに気付いた。
「あ、木の実発見です」
くぬぎより一回り大きいどんぐりもどきを、いそいそと拾う。
コルシシュはゲットできたけど、当初の目的である素材の調査も忘れてはいけない。これは何の実だろうと眺めていると、フェーベが覗き込んで注釈を入れてくれた。
「ポンペの実ですね。良く弾むので打ち合って遊んだりするんですよ」
「打ち合って? バットかなにかで打つのですか?」
「バットというものを知りませんが、木の板ですね。このくらいの大きさの」
手でB5くらいの四角をつくる。
―――卓球だ!
「でも真ん丸じゃないから、弾む方向が読めませんね」
「そこが楽しいのですよ。より丸に近いものを見つける競争をしたり」
「面白そうですね」
インドア派だったライラティーヌだが、子供の頃近所の友達と一緒に市民体育館で遊んだ程度の経験はある。久しぶりに前世を思い出して、ポンペの実をそっと握り込んだ。
「……楽しいですよ。今度やってみますか?」
「まあ! 楽しみです」
「ライラティーヌ様だからと言って、手加減はしませんよ」
「望むところです」
ふふふと笑いあって、二人でいくつか拾い集めて鞄に入れた。
「この実はどこから落ちてきたのでしょう」
「えっと……あれじゃの。あれがポンペですじゃ」
ダノ爺が近くにある一本の木を指さした。
「ちょっと待ってください」と断りを入れてから、ライラティーヌは鞄からノートとペンを取り出す。ササっとスケッチして、名前や特徴を書き込んだ。フェーベに教えてもらった内容に加え、鑑定で得た情報も書き足していく。ポンペの木は良い建築資材になるらしい。
「驚いたの。ライラティーヌ様は絵画の才能もお持ちのようじゃ」
「……子供の落書きに対して褒め過ぎですわ」
ただの素描だ。慣れない羽ペンなので、自分で見ても大した出来ではないように思える。
でも褒められて満更でもない。
―――ササっと描いたのが良かったのかな。意外と才能あったりして!
「いや八歳とは思えませぬ」
―――うう。ですよね。十九です。ごめんなさい。
――――――――――
ダノ爺は流石樹守だけあって、知識の量は素晴らしかった。フェーベも森の中を遊びまわる子供時代を過ごしたらしく、ダノ爺と気が合っているようだった。
ライラティーヌが何かを拾ったり、スケッチしたりしだすと二人で横からアレコレと教えてくれた。ポンペの実の遊び方のように鑑定では出てこない情報も多く、とても助かる。
大半はなんてことない雑草なのだが、中には前世の常識ではびっくりするような効能を持つ植物もいて、なかなか楽しい。
これを使えばあんなものが出来るかも、こんなことにも使えるかも、などど想像するだけでウキウキしてくる。
時間を忘れて夢中になって、手あたり次第に素材を調べてはスケッチをしまくる。
―――やばい、めっちゃ楽しい!
「ライラティーヌ様は本当に植物がお好きなのですな」
山小屋に戻り、お茶を飲みながら書き留めたスケッチを見直していると、ダノ爺が眉尻を下げながら覗き込んできた。
「とても楽しいです。二人のおかげですわ。ありがとう存じます」
「私も楽しいです。私は男兄弟の中で育ったので、森ではいつも身体を動かしてばかりでしたから。このような遊びも楽しいものですね」
「ええ。わたくしこれをライフワークにしようと思います」
「ライフワークとは?」
「ええっと、趣味みたいなものです」
―――囲碁に素材調査。生涯かけて追求できるものが二つもあるなんて、逃亡後はなかなか楽しい人生になりそう。
ノートをパタンと閉じると、鞄に入れた。
たくさんの素材が入って、鞄はパンパンになっていた。
―――アイテムボックス、欲しいなぁ。
返す返すもルイに強請らなかった事が悔やまれる。
―――でもフェーベの方が大変そう。
フェーベの鞄はサンタの袋みたいに大きく膨らんでいる。なにせコルシエの実が五個入っているのだから。
「フェーベは何故こんなにたくさんコルシシュが必要なのですか?」
フェーベがよくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに嬉しそうに身を乗り出した。
「もうすぐ待黎祭なので、回復薬で荒稼ぎするつもりなのです」
「待黎祭ですか? 夜通し行われるお祭りですよね。回復薬とどんな関係があるのですか?」
記憶を検索する。ライラティーヌの記憶には、お祭りの宴会に出席したこと。飲み騒ぐ大人たちを残して先に部屋に戻ったことくらいしかなかった。
「待黎祭の日は魔力の使用が禁止になるでしょう」
「そうなのですか?」
「待黎祭の日は一年で一番夜が長く、闇の神の力が最も強くなる日じゃ。じゃから闇の神に力を与えぬよう、魔力の使用は禁止されるのじゃよ」
「身体強化の使えなくなるこの日に、剣術試合を行うのが騎士団の恒例行事なのですよ。非公式ですけどね。普段は絶対勝てない上官にも一泡吹かせる事が出来るかもしれないので、みんな大盛り上がりです」
それは楽しそうだ。
もしかしたらフォルクハルトがゲルルフに勝てるかもしれない。
「ぜひ見てみたいです」
「試合は深夜行われますから、クラウディア様の許可を取ってくださいね」
「分かりましたわ。全力でお願いしてみます」
ふふっと微笑みあう。
「フェーベも頑張ってくださいね。応援しています」
「ありがとう存じます。一勝目指して頑張ります」
「一勝ですか?」
「私程度ではそんなものです。いいのですよ。私は回復薬で稼ぎますから」
話が戻った。
「そんなに怪我人がでるのですか」
「一年で一番盛り上がりますからね。さらに魔力が使えないので癒しの魔術が使えません」
「なるほど、回復薬頼みなのですね。私も売ろうかしら?」
―――全回復ポーションは出せないけれど、普通のやつなら売れるかも。逃走資金集めにいいかもね。
「領主のご令嬢がお金稼ぎなんて、それこそクラウディア様がお許しになりませんよ」
「そんなことを言って、おぬしは売り上げの心配をしておるのじゃろう?」
ダノ爺がふぉっふぉっふぉとフェーベを茶化した。
コルシシュをゲットできたうえに、卓球に剣術大会、それに新しい趣味と楽しみも増えた。
とても実りの多い一日だったと、満たされた気持ちで帰路についた。




