美容とシャンプーとおしゃべりと
フォルクハルトと三日に一度くらいのペースで『お散歩』をするようになって二週間ほどが過ぎた。
フォルクハルトが勤務で相手してもらえない日は、魔術具の資料収集をして過ごした。
と言っても、出来る事は身近にある魔術具の術式を書き写して回るくらいなのだが、これが探せば意外とあった。
調理場のコンロや冷蔵庫のような食品保管庫などは魔術具で、魔石が埋め込まれていた。コンロは都度魔力を注げば誰でも使えるし、食品保管庫は魔力をため込んだ魔石が一緒に埋め込まれ、そこから常に魔力を供給しているのだそうだ。
食品保管庫は冷やすだけでなく、時間遅延の魔術もかかっていて、冷蔵庫よりも優れモノだ。
ちなみに、ルイから貰った魔術具も一応術式を確認してみた。騎獣作成の術式は、それはもう目がチカチカするほどの複雑さだった。どんな術式でも必ず大樹の紋章が描かれているのだが、その紋章の図柄が他とは少し違うのが特徴的だった。
鑑定と液体創出は残念ながら術式が見れなかった。複製防止のためには必要な処置だろうと納得した。
「少し日に焼けましたね」
アンヌがクーシュリングをかけながら気遣ってきた。
今ライラティーヌは湯あみ中だ。
湯あみと言ってもお湯につかるわけではなく、どちらかと言うとエステみたいだ。
マッサージ店にあるような、幅が狭く顔の部分が凹んでいるベッドに素っ裸でうつ伏せになっている。そこにメイドがクーシュリングをかけ、その後香油を塗ってくれるのだ。
石鹸でゴシゴシなどしない。実に簡単だ。
「嫌だ。目立つかしら?」
―――ただでさえクーシュリングは、必要な油分や常在菌まで根こそぎ持ってかれてる感じで乾燥するのに、さらに日焼けなんて。せっかく美少女に生まれ変わったのに。
「健康的でよいと思います。はい。終わりましたよ。上を向いてください」
―――目立つんだ。日焼けした貴族令嬢ってなくない?
おおう、と嘆いているうちに香油が終わり、身体にタオルを巻いて今度は上向きに寝そべった。
今日は髪を洗ってくれる日で、とても楽しみにしていたのだ!
湯あみは毎朝行われるのだが、身体も髪もクーシュリングに香油で終わる。
身体はまだいいが、クーシュリングで洗われた髪はすごくキシキシゴワゴワして、シャンプーとコンディショナーが恋しくて堪らなくなる。
髪のゴワゴワは異世界の人々も気になるようで、週に一度くらいの割合でちゃんと洗髪料で洗っている。
「ねえアンヌ。私の鞄の中に、小瓶が入っているから持ってきてくれないかしら?」
「今ですか?」
「ええ、今必要なのです」
不思議そうな顔をして出ていくアンヌを見送る。
前回こちらのシャンプーで洗ってもらって、ものすごくガッカリしたのだ。
クーシュリングに比べれば全然マシではあったが、キシキシ感は否めない。鑑定でみてみると、洗濯に使う石鹸と原材料がほとんど同じだった。多少オイルや香料を混ぜて使用感をあげてはあるが、いわゆる粗悪な石鹸シャンプーだったのだ。
どうやらこちらの世界には、石鹸は一種類しか存在しないらしい。
「ぷぷぷ。こんな時のための神様ギフトよん」
小瓶を片手に戻ってきたアンヌに上機嫌でお願いする。
「今日はこちらを使って髪を洗って欲しいのです」
前世で使っていた「TSU〇KI」の異世界バージョンである!『この世界の原料で再現したTSU〇KI』を準備しておいたのだ。
ライラティーヌは、前世のものをこちらの世界に垂れ流す気はもとよりなかった。
こちらにある素材で再現できないものを使う気はない。それはこの世界への最低限のマナーというか敬意だと考えていた。
「なんですか? これは」
「洗髪料です。とても髪がサラサラになるのですよ」
「……どこで手に入れたのですか?」
「あ」
―――しまった。当然そうなるよね。考えてなかった。
「誰かに頂いたのですか?」
アンヌがじと~っとねめつけてくる。
返事を返せないでいると、アンヌは心底情けなさそうに長い溜息をついた。
「私達はライラティーヌ様のお身体に触れるものに細心の注意を払っているのですよ。先日倒れられた事をもう忘れたのですか?」
「……ごめんなさい」
「今回は深く追求しませんが、今後軽々に物を貰うようなことはなさらないで下さい。いいですね」
「ううう。分かりましたわ」
大失敗である。
―――ううう。こんなところに貴族である弊害がでてくるなんて。
ただ髪を洗いたいだけなのに。
大体の異世界ものでは、すんなり受け入れられて、主人公の貴重な収入源となるはずなのだが。一歩目から躓くとは、現実は儘らならないものである。
――― ――― ―――
湯あみが終わり、髪を整えてもらいながら、ライラティーヌはメモとにらめっこした。
異世界版『TSU〇KI』の原材料を書き留めたものだ。
十五~六種類の原材料名が書かれている。異世界の素材なので当然どれも聞いたこともない素材だったが、『〇〇抽出液』『〇〇発酵液』などは何となく製法を想像がすることが出来た。
「何を読んでるのですか?」
「他人から貰った物は皆に心配をかけてしまうでしょう? だから自分で作れないかと思ったのです」
「……また、随分と飛躍しましたね」
「そうかしら。わたくし研究家肌なのですよ。物事を突き詰めて考えるのは得意なのです」
「変わっていますね。私は苦手です。感覚で理解不能なものは見ないようにします」
「……そんな感じですね」
ちなみに『全回復ポーション』も原材料を書き出してはあるのだけれど……。
使われている素材の種類が膨大で、ざっと見ただけでも百種類近く、さらにその中には『神龍の心血』なるものまで含まれていた。
流通なんてもっての他だし、他人の前でおいそれと使えるものではない。ここぞという時の切り札として考えておこうと決めた。
―――龍いるんだ。会いたくない。
ところで、とアンヌが一枚の紙を差し出してきた。
「以前言っていた、店頭で売られている魔術具の一覧です」
「まあ、ありがとう存じます。ふむふむ。……意外と種類が少ないのですね」
書かれているのはクーシュリングにアリュステルなどお馴染みの魔術を含む十種類程度だった。
「単純で、よく使われるものばかりですから」
「そうなのですね……。少し拍子抜けです」
「それ以外のものは受注生産ですね。希望を言ってオーダーメイドで作らせることになりますが、街の魔術具屋程度では複雑なものは無理でしょう。城の文官に作らせた方がよほど質も高いし、安上がりです」
「そうですか……。一度話を聞いてみたいところですが」
アンヌが眉尻をあげた。
―――分かってますよ。ほいほい出歩いちゃ駄目ってことでしょ。でも変装という手もあると思うの。
「クーシュリングが欲しいです」
「手配いたします」
アンヌが二つ返事で請け負ってくれた。
―――――――――
午後、ライラティーヌは様々なTSU〇KI以外の異世界版シャンプーとコンディショナーを作り出した。
作りやすそうなものを探すためだ。
いくつか書き出してみて分かったことだが、それぞれ基盤となる材料は共通していることが分かった。
シャンプーは『水、ラウフィンスルミン、〇〇〇、〇〇〇……』
コンディショナーは『水、オレコグリーブ、〇〇〇、〇〇〇……』
「このシャンプーに使われている、ラウフィンスルミン出ておいで!」
今度は出てきたラウフィンスルミンを鑑定する。
「ふむふむ。コルシシュにポイを加えたもの、か。コルシシュとポイって何よ」
同じように『コルシシュ』と『ポイ』を出して鑑定する。
『コルシシュ』は『コルシエの種子の内部に生成される液体』
『ポイ』は『カルモン果汁にタイリューガの樹液を加え、加熱撹拌したのち、自然冷却して得られる粘状の沈殿物』と出た。
粘状はギリギリ液体判定らしい。助かった。
ラウフィンスルミン以下の原材料名は「〇〇オイル」や「〇〇藻エキス」のようないかにも美髪成分っぽいものが多い。
その中の一つ、ツァラクリアオイルには聞き覚えがあった。確かお庭の花壇に咲いていた花だ。美髪成分は意外と身近なところで手に入るかもしれない。
「カルモンは、あのレモンっぽい果実だから良いとして、あとは『コルシエ』と『タイリューガ』ね。いつか出会うかもしれないから覚えておこう」
―――時間もあるし、折角だから花壇でも見に行こうかな。
アンヌを連れ立って、庭に降りる。
ツァラクリアの咲いていた場所に向かったが、そこにはなにも植っていなかった。ツァラクリアはガーベラに似た一年草なので、冬の今咲いていないのは仕方のない事だった。
「ツァラクリアはいつ植えるのかしら」
「春の花ですから、もうすぐですよ」
アンヌがさらっと教えてくれた。花になんて全く興味がなさそうなのに、と少し意外に感じる。
「アンヌは花が好きなんですか?」
尋ねると、アンヌは少しジト目で愚痴った。
「あんなに付き合わされては、嫌でも覚えます」
―――そんなに付き合わせてたんだ。アンヌにとってはつまらない時間だっただろうな。ごめんごめん。
心の中で『ライラティーヌ』に代わって謝っていると、アンヌがふっと表情を緩め、
「……草花への興味は変わらないのですね」
と、意外な事を口にした。
「最近は魔術のことばかりだったので」
―――ライラティーヌは植物が好きだったの?
記憶を探ると、確かによく花壇で過ごしていた。庭師の後をついて回り、アレコレと質問していた。
「いつか素材辞典を作ることが夢なのでしょう? 頑張って続きを埋めてください」
アンヌが一冊のノートを手渡してきた。
ノートには沢山の草花の絵が描かれていた。
子供特有の伸びやかなタッチの絵に、八歳らしいたどたどしい文字で花の名前が添えてある。
『ツァラクリア。春ごろにお庭にさく。いいにおい。コウリョウになる。いろんな色があるけど、お母さまが好きなのは赤い花。お兄様は青い花』
―――なんて幼く、なんて眩しいんだろう。
煌めくような子供の夢が、そこにあった。
世界中の素材を調べて、いつか素材辞典を作る。実に子供らしくて可愛らしい夢だ。
辛いばかりだった『ライラティーヌ』の人生の中で、このノートからは希望の匂いがした。
―――あった。
イキイキとした絵を指でそっとなぞる。
―――私があなたにしてあげれることがあった。
いつも、誰にも知られずに消えていった『ライラティーヌ』の事を考えると、胸が詰まるものがあった。
人生を乗っ取っているようで心苦しささえあった。
でも、素材辞典を完済させる事。それは『ライラティーヌ』が確かにこの世に存在した証を残せる事のように思えた。
―――あなたの夢、私が叶えてあげるからね。
素材調べは、現ライラティーヌの趣向とも合致する。
普通に友達として出会えていたら、きっとすごく仲良しになれただろうと思った。
――――――――――
「中途半端な時間になっちゃったな」
部屋に戻ると、夕食までまだ二時間くらいありそうだった。
「お茶でも入れましょうか」
「ありがとう存じます。良かったらアンヌも一緒にどうかしら? 少し時間を持て余しているのです。話し相手になってくれると嬉しいのだけれど」
「……実は焼き菓子があるのですが」
アンヌが真顔で提案してきた。
「一緒に頂きましょう」
「かしこまりました」
アンヌがいそいそと用意してくれたお茶とお菓子を二人でつまむ。心なしかいつもよりお菓子の量が多めだ。アンヌのちゃっかりさんめ。
「ライラティーヌ様が時間を持て余すなんて珍しいですね」
「時間が中途半端なのですよ」
「昔から思い込んだら止まらないところがございましたが、目覚めてからは人が変わったようです」
―――実際変わっているからね。
「……死の淵に立つと人は変わると言いますから」
「そういうものですかね」
少し微妙な沈黙が流れた。
「それより今日はアンヌの話が聞きたいわ。アンヌは何故メイドになろうと思ったのですか?」
多少強引に話題を変える。
「他に出来ることがなかったのです」
どやぁっと胸を張る。
「本当は騎士になりたかったのですが、魔力にも体格にも恵まれませんでしたから。器用さもないので料理人にもなれませんし、信仰心もないので神官も無理です。残った道がメイドだったのです」
「確かにアンヌの性格は、騎士に向いていそうですね」
「そうですか」
無表情でハムハムと焼き菓子を食べているが、どことなく嬉しそうだ。よほど騎士に憧れがあったのだろう。
「私なんかが領主様のお屋敷で働けるなんて、あり得ないと思うのですが、クレメンス様が推してくれたのです」
「クレメンスがですか?」
「はい。恩人です。……意外そうですね」
「そんなことはないですが、クレメンスは何というか、その……実力主義なトコロがあると思っていたので」
―――出来損ないのメイドを推すなんて意外。いやいい子だけどさ、アンヌ。大好きだけれども!
「そうなのです! 何故私だったんでしょう。不思議です」
アンヌは気を悪くするそぶりもなく、真剣に不思議がっていた。
「……わたくしもアンヌじゃなきゃ嫌ですよ? 他のメイドなんて考えられません」
本心を告げると、アンヌは目をパチクリさせて、口の端からポロっと食べかけのお菓子を落とした。
「あ、すみません。落としました。後で片付けます」
「後でですか! ふふっ、そういうトコロがわたくし大好きです」
思わず吹き出してしまう。
「こういうトコロと言われても、よく分かりません」
「うーん。アンヌといると寛ぐのですよ。こんな気持ちにさせてくれるのはアンヌとフォルクハルトくらいです」
「フォルクハルト……あの騎士ですか」
お散歩が終わると、フォルクハルトは必ず部屋まで送ってくれるので、アンヌとは顔見知りだ。
「そこにクレメンス様は入らないのですか?」
「え? 入りませんよ」
ライラティーヌはびっくりして即答した。
「側近ですし、一番頼りにすべき相手だと思うのですが」
「クレメンスはコンラーディン兄様にべったりじゃないですか。今は味方ですが、時風が変わり私とコンラーディン兄様が対立することになれば、間違いなく敵に回りますよ」
「対立するつもりですか?」
「いいえ。ただそう見えるように周りを固められることはあるかもしれません」
「それに騙されるような方ではないと思いますが」
「だと良いですけど」
アンヌには言えないが、ライラティーヌはクレメンスの生末を知っている。
ライラティーヌの晩年にクレメンスはもういない。
親族殺しの罪で処刑されているのだ。
片腕であるクレメンスを失ったことで、コンラーディンは表舞台から完全に姿を消す。
罪の詳細は覚えていないが、カロリング領が大きく傾く最初のゴングはクレメンスが鳴らすのだ。
「一応聞きますが、ライラティーヌ様は領主を望まれますか?」
「全力で答えますが、絶対に嫌です」
「ですよね」
アンヌが相好を崩した。
「わあ、かわいいです! アンヌの笑顔はたまにしか見れない分、破壊力抜群ですわね!」
「なんですか、それ」
―――もう真顔だ。
「領主を望まないと公言して大丈夫だったのでしょうか?」
「本当の事だもの」
「でも以前クレメンス様に止められましたよね」
「あ――――(記憶を探る)、そんなこともあったわね」
少なくともあと五年は、口にしてはいけないと言われたことがあった。
「どうして駄目なのかしら? 理由を話してくれないと従えないわ」
そこでふと、ライラティーヌはどうしても言っておかなければいけないことを思いついた。
「アンヌ。わたくしは領主にはなりませんし、早々にこの領地を出るつもりです。いくら尽くしてくれても、返せるものは何もないのです。それでも今のわたくしにはアンヌが必要です。本当に心苦しく思うのですが、もう少し付き合ってくれますか?」
「私誓いを立てましたよ。何を今更、です」
「ですから、アンヌの生涯にこたえられないのです。わたくしは領を出ますから」
「連れて行ってくれないのですか?」
アンヌとの二人旅はとても楽しそうだ。きっと絶対楽しい。
だが貴族の身分を捨てていくライラティーヌに、アンヌを連れていく権利はないだろう。
「難しいでしょうね」
「そうですか。残念です」
「わたくしもです」
「でもまだ七、八年は先の事ですし、未来はどうなるか分かりませんからね。ライラティーヌ様から不要と言われるまでは、お仕えさせていただきます」
そこそこ大事な告白をしたつもりだったが、アンヌはケロッと受け止めた。
小さい子が将来の夢を語っている程度に受け止められたのかもしれない。
―――ごめんね。二年後なんだ。




