角
指先の向こうで、光と温度は、同じ場所に立ったままだった。
指先と花弁の縁のあいだの二本分の幅は、同じ位置にある。光の点は、薄い膜の中ほどに、薄く残っている。別の温度の濃い場所も、二本分の幅の中ほどからずれない。二つは、視線の角度の中で、ほぼ同じ高さに、置かれている。
指先は震えない。肘の角度も変わらない。肩の高さも同じ位置のまま。腕の縦のラインは、太腿の脇から、わずかに離れたところで止まっている。胸の中ほどに下りた息の位置も、動かない。足の裏の重さは、左右でほとんど同じ。右足の親指の付け根に、床の硬さが、同じ強さで乗っている。踵の下の板の冷たさも、踏み台の影の中で、薄く続いている。靴底の下の埃の重みは、前より濃くも薄くもならない。
エルナの肩のラインは変わらない。背中の縦の線も、袖の手首の縁も、花弁を挟んだ指の角度も、同じ位置にある。花弁は、てのひらの中で、同じ向きのまま、置かれている。袖の白の端に乗った薄い明かりも、手首の影の濃さも、動かない。
薄い膜の中ほどにあった視線の焦点が、花弁の縁の外側へ、ゆっくり流れていく。
角度の差は、明かりの粒の歩幅の半分にも届かない。薄い膜の上の光の点は、焦点の縁から少し外れても、薄い膜の中ほどに残っている。点の中ほどの濃さも、両端へ薄くなる幅も、さっきと同じ。焦点だけが、花弁の縁の外側の、薄い影の縁へ近づいていく。
一拍。
二拍。
三拍。
薄い影の縁は、視線の角度の中で、ほぼ同じ位置にある。てのひらの影の縁から続く細い暗さも、花弁の縁の外側の細い線も、同じ幅のまま。けれど、影の中ほどの一か所だけ、明かりの粒の歩幅と同じ向きの、ごく細い揺れがある。下から上へ戻る揺れではない。上から下へ、粒の歩幅に沿う、細い揺れ。
影は、揺れていた。
揺れの大きさは、明かりの粒の歩幅の四分の一ほど。縁の線の全部ではなく、中ほどの短い幅だけが、薄く揺れている。揺れの上端は、花弁の縁の色には届かない。下端も、てのひらの影の奥までは沈まない。拍の間隔で見ても、胸の中ほどの呼吸より、ほんの少し速い。三拍目の手前で、揺れは同じ幅の中に残り、四拍目の手前でも、まだ同じ幅の中にあった。
その揺れは、指先からではない。
爪の縁と影の揺れのあいだには、二本分の幅が残っている。爪の薄い白は、明かりの中で同じ濃さのまま。指先の影も、花弁の縁へ伸びていない。指先の側の薄い熱は、爪の縁の近くに細く残り、影の揺れの幅までは届かない。
指先の白い爪の縁は、花弁の前で止まったまま。指の腹の向きも変わらない。肘の角度にも、肩の高さにも、細いずれはない。もう一段先へ行く長さは、指先にも、肘にも、肩にもない。
棚の脇の通路の明かりの粒は、いつもの歩幅で下へ降りている。書架の奥の冷たい空気の向きも同じ。隙間の縁の側へ寄る粒の角度も、前と変わらない。花弁の外側の影だけが、粒の歩幅よりも短い幅で、薄く揺れている。
胸の中ほどに置かれた息も、揺れの幅には届かない。喉の下の冷たさも、舌の位置も、歯の裏の冷たさも、同じ場所にある。呼吸の拍は、影の揺れよりも、少し遅い。
指先でもない。書架の空気でもない。胸の中の息でもない。
視線の焦点が、影の縁から、エルナの右手の方角へ、薄く流れていく。
エルナの肩のラインは変わらない。背中の縦の線も動かない。袖の手首の縁は、棚の脇の通路の薄い明かりの中で、同じ濃さのまま。花弁を挟んでいる指の角度も、ほとんど同じ場所にある。
その中で、右手の指のあいだの薄い空気の角度だけが、視線の端に残った。
小指の縁の位置が、さっき見た位置と、少し違う場所にある、ように見えた。違いの幅は、明かりの粒の歩幅の半分にも届かない。てのひらの内側ではない。外側の方角へ、薄く、開いた角度に見える。花弁の位置は変わらない。親指の縁も、人差し指の縁も、中指の縁も、薬指の縁も、同じ位置に残っている。
小指の爪の薄い白は、袖の影の端から、ほんの少し外側へ出ている。爪の縁にかかる明かりは、他の指の縁にかかる明かりより、細い。外側の空気とのあいだに、明かりの粒ひとつ分にも届かない薄い幅がある。
その薄い幅は、てのひらの内側にはない。小指の外側だけにある。袖の手首の縁と小指の縁とのあいだに、細い角度が置かれている。角度の先は、花弁ではなく、棚の脇の通路の薄い明かりの方角へ向いている。
二本分の幅の中ほどでは、光と温度が、同じ高さに置かれている。花弁の縁の外側には、細い揺れが残っている。エルナの右手の端では、小指の縁のところだけ、外側の方角へ、薄く違う角度がある。
指先は、まだ花弁の前にある。肘の角度も、肩の高さも変わらない。エルナは振り返らない。花弁も、てのひらの中で、同じ向きのまま。
指の、ひとつが、いつもの位置と、違う角度に、置かれていた。




