消えない
夜の部屋。目を閉じてターミナルを開いた。フィアの記録を呼び出す。
昨日書き足した三箇所の着弾指定。中心、右上、左下。全部まだある。だが文字がさらに薄い。昨日の夜より輪郭がぼやけている。一昨日書いた方向指定はもっと薄い。明日には読めなくなるかもしれない。
ノートを開いた。昨日書いた「修正は永続しない」の下に、今日の分を並べてみる。方向指定は二日で薄くなった。着弾点指定はまだ読める。三箇所分を同時に書き込んだ昨日の修正は、一箇所だけ書いた一昨日の修正より、残っている。
深く書いた方が、長く持つ。
ペンが止まった。指が太腿を叩き始める。もっと深く書いたら、消えなくなるか。
ターミナルを閉じる前にfireを打った。豆鉄砲。もう一度。三発目で火の中に花びらのような破片が混じった。入学してすぐの夜にも見た。あの時は十発に一度だった。五発目。透明な粒が弾けた。七発目。花びらと粒が同時に混じって、一瞬だけ形を持ちかけて崩れた。
三発に一度、何かが混じっている。頻度が上がっている。ノートに書き足した。「花びら、水滴。頻度上昇。なぜ」
◇
翌日の放課後。訓練場にフィアがいた。壁に寄りかかって手首を出している。もう何も言わない。
「今日は少し深く書く」
「は? 深くって何」
「今まで触らなかった場所に手を伸ばす。空白の奥にもう一段ある。そこまで書き込めば、明日まで持つかもしれない」
フィアの金色の目が一瞬揺れた。何かを考えている。
「......好きにすれば」
手首を掴んだ。脈が指の腹に当たる。目を閉じる。
昨日書いた着弾指定が薄く残っている。方向指定はほとんど消えかけていた。やはり消える。書き直す。方向を前方に、着弾点を中心に指定した。ここまではいつもと同じだ。
空白の奥に目を向けた。今まで怖くて触らなかった場所。空白のさらに下に、何かがうっすらと見える。文字の影のようなものが、暗い中で浮かんでいる。
そこに手を伸ばした。方向と着弾点を、今までより一段深い場所に書き込む。指先に熱が溜まっていく。フィアの脈が跳ねた。速くなっている。今までより、明らかに速い。
「......っ、」
声が漏れた。今までは噛み殺していた。唇を引き結んで、歯を食いしばって、堪えていた。今日は堪えきれなかった。フィアの肩が上がっている。首が横を向いた。空いている方の手が制服の裾を掴んで、指が白くなるほど力が入っている。
手首の脈がさっきの倍の速さで打っている。俺の指先にまで熱が伝わってくる。
「撃て」
「フレア!」
的の中心を貫いた。煙が上がる。いつも通り——いや、違う。焦げ跡が深い。昨日の三連射より、一発の威力が上がっている。
「もう一発」
「......待って」
フィアの声がかすれていた。壁に手をついている。息が浅い。
数秒待った。フィアが息を整えた。唇を舐めて、前を向く。
「フレア!」
右上。着弾点は指定していない。なのに的の右上を焼いた。昨日の精度と同じだ。方向と着弾点を深く書いただけなのに、指定していない場所にまで精度が出ている。
手を離した。フィアが壁に背中を預けたまま、膝を折りかけて踏みとどまった。顔が赤い。耳まで赤い。こちらを見ていない。
「......何、今の」
「深く書いた。それだけだ」
「それだけって。全然違ったんだけど」
何が違ったのか、フィアは言わなかった。
◇
帰り道。フィアが少し離れて歩いている。さっきまでの距離より遠い。
「来週、合同実技があるらしい」
「聞いた」
「今日の深い修正が明日の朝まで残ってたら、接続なしでも撃てるかもしれない」
フィアが足を止めた。
「......明日の朝にわかるってこと?」
「ああ。明日の通常訓練で確認する」
フィアが何か言いかけて、飲み込んだ。袖を引き下ろして手首を隠す。小さく頷いて、寮の方に歩いていった。
◇
部屋に戻ってfireを打った。五発目で花びらが混じった。六発目は普通。七発目で水滴。頻度は昨夜と変わらない。
フィアの修正は書いた通りに動く。深く書けば精度も上がる。だが俺のfireは同じコマンドで毎回違うものが出る。
ノートに書き足した。「深い修正 → 反応が強い。精度も上がった。持続時間は明日確認」
ペンが止まらない。次の行にもう書いている。「明日の朝、修正が残っていたら。合同実技に間に合う」




