的
通常訓練。グレイが的撃ちを指示した。フィアの番が来る。
俺は列の後ろにいる。五メートル離れている。接続はしていない。
「フレア!」
熱塊が的を通り越して壁に穴を開けた。いつも通りの暴発。石の破片が散って、グレイが片手で防御を張った。判定は不合格。
昨日の放課後は的の中心を貫いた。右上にも当てた。同じ女の同じ魔法なのに、俺が触っていないと元に戻る。昨日書き足した修正は残っているはずだ。だが接続していないと、修正が効いていない。
フィアが肩をすくめて列に戻った。いつもの仕草だ。慣れたものだと言わんばかりの歩き方。だが列に戻る途中で、一瞬だけこちらを見た。金色の目が何かを訴えているように見えて、すぐに前を向いた。
◇
放課後の訓練場。フィアが壁に寄りかかっている。今日は何も言わずに手首を差し出した。袖はもうめくってある。
掴む。脈が指の腹に当たった。目を閉じる。ワークフローが広がる。昨日書いた方向と着弾点がまだ残っている。
「今日は三連射する」
「は? 三発?」
「的の中心、右上、左下。三箇所に当てる」
「一発でも精一杯なのに、三発とか無理に決まってるでしょ」
「俺が書き込む。お前は撃つだけでいい」
フィアが口を開きかけて、閉じた。手首を握られたまま、黙ってうなずいた。
目を閉じる。ワークフローの中に入った。今までは一箇所だけだった着弾指定を、三箇所分に広げる。中心と右上と左下に三行追記する。指先に熱が溜まっていく。今までで一番深い書き込みだ。フィアの脈が速くなっていくのが手のひらに伝わる。
「いくよ」
「フレア!」
的の中心に火球が吸い込まれた。一発目が当たった。
「フレア!」
二発目は右上に飛んで、的の角を焦がす。
「フレア!」
三発目が左下に落ちる。三つの焦げ跡ができた。煙が三筋、まっすぐ上に昇っている。三発とも指定した場所に落ちた。
フィアの膝が折れた。
手首を掴んだまま、体重がかかってきた。肩がぶつかる。石鹸の匂いと、焦げた匂いが混じった。フィアの体が震えている。立てないのだ。
手首だけでなく肩が触れている。髪が頬に当たった。息が荒い。こめかみに汗が光っている。目が潤んでいて、唇が開いたまま、声にならない何かが漏れた。三発分の修正が一度に体を通り抜けたのだ。
数秒。長かった。焦げた煙の匂いの中に、石鹸の匂いが混じっている。
フィアが自力で立ち直った。俺から離れる。手首を引き抜いて、一歩下がった。顔が赤い。耳まで赤い。
「......触んな」
さっきまで自分から手を出していた女のセリフだ。
「お前が倒れたから支えただけだ」
フィアが黙った。俺を見ていない。的を見ている。三つの焦げ跡が煙を上げている。自分が撃った痕だ。壁に穴を開けるしかなかった火が、今日は的の上に三つの印を残していた。全部、指定した場所に当たっている。
フィアの唇が動いた。何か言いかけて、飲み込んだ。目が潤んだまま、的から視線を外さなかった。
◇
帰り道。今日も横に並んで歩いた。フィアの歩幅が少し小さくなっている。まだ膝に来ているのかもしれない。
「ねえ」
「何だ」
「あんたがいない時、また戻るの。あたしの魔法」
今日の通常訓練の暴発。フィアも気づいている。接続なしだと、元に戻る。
「......たぶん」
嘘はつかなかった。つけない。
フィアが足を止めた。並木の影が二人の上に落ちている。風が吹いて、フィアの前髪が揺れた。何か言いかけて、口を閉じる。拳を握って、もう一度開いた。
「明日も来て」
命令形じゃなかった。昨日までの「来なさいよ」とは違う声だった。




