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再現


 フィアが訓練場にいた。昨日と同じ壁に寄りかかっている。だが腕を組んでいない。袖が少しめくれていて、手首が見えている。


「遅い」


「今日も課題があった」


「知らないわよ、そんなの。さっさとやんなさい」


 口は昨日と変わらない。だが手首がもう出ている。


「今日は先に言う。お前の魔法の中に入って、昨日と同じ場所を触る。再現できるか確認したい」


 フィアが一瞬こちらを見た。金色の目が何かを探すように動いて、すぐに視線を外した。


「......わかった。やって」


 昨日の「気持ち悪い」はもう出てこなかった。



「フレア!」


 手首を掴んだ。脈が指の腹に当たる。目を閉じる。


 ターミナルにワークフローが広がった。昨日と同じ構造。上から下に処理が流れている。段の数も配置も昨日のまま。昨日書き足した「方向:前方」の一行がまだ残っていた。消えていない。


 だが周辺が少し変わっている。昨日なかった文字がいくつか増えていた。位置は同じなのに、中身が微妙に違う。まるで寝ている間に誰かが少しだけ書き足したような。


 考えるのは後だ。まず再現する。


 昨日の修正がそのまま残っているなら、そのまま撃てば昨日と同じ結果になるはず。


 的を見る。目を開けたまま、フィアの手首は掴んだまま。


「撃て」


「フレア!」


 掌サイズの高温球が一直線に飛んで、的の中心を貫いた。煙が上がる。焦げた匂いが鼻を突いた。昨日と同じ場所に、昨日と同じ大きさの焦げ跡ができている。再現した。


 フィアの手首の脈が跳ねた。指の腹に、昨日よりはっきりと拍動が伝わってくる。


 今度は覚悟していたはずだった。昨日と同じことが起きるとわかっていたはずだ。だがフィアの唇が一瞬引き結ばれた。何かを噛み殺すような動き。肩が小さく上下している。空いている方の手が太腿の制服を掴んでいた。


「......っ」


 漏れた声は、ほとんど息だった。昨日より短かった。堪えていた。



「もう一発撃てるか」


「は? まだやんの」


「今度は的の右上を狙え」


 フィアが眉を上げた。


「狙えるわけないでしょ。今まで一度も当たったことないって言ったじゃん。真ん中ならまだしも、右上とか」


「いいから。俺が調整する」


 目を閉じる。ワークフローの中で、方向の横に一行追記した。着弾点。右上。方向だけでなく、落ちる場所まで指定する。昨日より深い書き込みだ。書いている間、指先に熱が溜まっていく感覚がある。フィアの脈が速くなった。書き込むだけで何かが伝わっている。


「フレア!」


 火球が弧を描いて飛び、的の右上を焼いた。中心ではない。右上だ。指定した場所に落ちた。


 フィアの膝が笑った。壁に手をついて体を支えている。目が見開かれたまま、自分の手のひらと的を交互に見ている。


「なんで。なんであんたが触ると当たるのよ」


 声が震えていた。怒っているのではない。体が追いついていないのだ。二発目の方が深く触った分、体に来ているのが手首の脈でわかった。さっきより速い。手のひらに汗が滲んでいる。フィアのものか俺のものかわからない。


 手を離した。フィアがまだ壁に手をついている。呼吸が整うまで数秒かかった。その間、訓練場には的の焦げ跡から立ち上る煙だけがあった。右上にもう一つ、新しい焦げ跡ができている。フィアが狙った場所に。



 帰り道。寮までの並木道を並んで歩いた。昨日は前後だった。今日は横にいる。


 風が吹いて、訓練場の焦げた匂いが薄まっていく。並木の葉が揺れた。フィアの石鹸の匂いがした。一メートルも離れていない。昨日まではもっと遠かった。


「ねえ」


「何だ」


「あれ、あんたがいないと当たらないの」


「たぶん」


「......じゃあ、毎回やるの」


「嫌か」


 フィアが黙った。数歩分の足音だけが聞こえた。並木の影が長く伸びている。


「別に」


 声が小さかった。前を向いたまま、こちらを見ない。袖を引き下ろして手首を隠した。さっきまで出していたのに。


 部屋に戻って、目を閉じた。ターミナルを開く。フィアの手首を掴んでいた時の記録が残っている。


 昨日書いた方向指定はそのままだった。今日追記した着弾点もある。だが周辺の文字が変わっていた。同じ構造のはずなのに、昨日と今日で中身が違う場所がある。俺が触っていない部分だ。


 コードは同じ。なのに中身が動いている。前の人生で触ったどのプログラムとも違う。プログラムは勝手に変わらない。


 ノートを開いて書き足した。「構造は固定。中身は流動。なぜ」


 ペンを置いた。フィアの手首の温度がまだ指に残っている。二発目を撃たせた後、フィアの膝が笑っていた。壁に手をついていた。あれは何だ。


 俺が書き換えた影響か。それとも別の何かか。


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