再現
フィアが訓練場にいた。昨日と同じ壁に寄りかかっている。だが腕を組んでいない。袖が少しめくれていて、手首が見えている。
「遅い」
「今日も課題があった」
「知らないわよ、そんなの。さっさとやんなさい」
口は昨日と変わらない。だが手首がもう出ている。
「今日は先に言う。お前の魔法の中に入って、昨日と同じ場所を触る。再現できるか確認したい」
フィアが一瞬こちらを見た。金色の目が何かを探すように動いて、すぐに視線を外した。
「......わかった。やって」
昨日の「気持ち悪い」はもう出てこなかった。
◇
「フレア!」
手首を掴んだ。脈が指の腹に当たる。目を閉じる。
ターミナルにワークフローが広がった。昨日と同じ構造。上から下に処理が流れている。段の数も配置も昨日のまま。昨日書き足した「方向:前方」の一行がまだ残っていた。消えていない。
だが周辺が少し変わっている。昨日なかった文字がいくつか増えていた。位置は同じなのに、中身が微妙に違う。まるで寝ている間に誰かが少しだけ書き足したような。
考えるのは後だ。まず再現する。
昨日の修正がそのまま残っているなら、そのまま撃てば昨日と同じ結果になるはず。
的を見る。目を開けたまま、フィアの手首は掴んだまま。
「撃て」
「フレア!」
掌サイズの高温球が一直線に飛んで、的の中心を貫いた。煙が上がる。焦げた匂いが鼻を突いた。昨日と同じ場所に、昨日と同じ大きさの焦げ跡ができている。再現した。
フィアの手首の脈が跳ねた。指の腹に、昨日よりはっきりと拍動が伝わってくる。
今度は覚悟していたはずだった。昨日と同じことが起きるとわかっていたはずだ。だがフィアの唇が一瞬引き結ばれた。何かを噛み殺すような動き。肩が小さく上下している。空いている方の手が太腿の制服を掴んでいた。
「......っ」
漏れた声は、ほとんど息だった。昨日より短かった。堪えていた。
◇
「もう一発撃てるか」
「は? まだやんの」
「今度は的の右上を狙え」
フィアが眉を上げた。
「狙えるわけないでしょ。今まで一度も当たったことないって言ったじゃん。真ん中ならまだしも、右上とか」
「いいから。俺が調整する」
目を閉じる。ワークフローの中で、方向の横に一行追記した。着弾点。右上。方向だけでなく、落ちる場所まで指定する。昨日より深い書き込みだ。書いている間、指先に熱が溜まっていく感覚がある。フィアの脈が速くなった。書き込むだけで何かが伝わっている。
「フレア!」
火球が弧を描いて飛び、的の右上を焼いた。中心ではない。右上だ。指定した場所に落ちた。
フィアの膝が笑った。壁に手をついて体を支えている。目が見開かれたまま、自分の手のひらと的を交互に見ている。
「なんで。なんであんたが触ると当たるのよ」
声が震えていた。怒っているのではない。体が追いついていないのだ。二発目の方が深く触った分、体に来ているのが手首の脈でわかった。さっきより速い。手のひらに汗が滲んでいる。フィアのものか俺のものかわからない。
手を離した。フィアがまだ壁に手をついている。呼吸が整うまで数秒かかった。その間、訓練場には的の焦げ跡から立ち上る煙だけがあった。右上にもう一つ、新しい焦げ跡ができている。フィアが狙った場所に。
◇
帰り道。寮までの並木道を並んで歩いた。昨日は前後だった。今日は横にいる。
風が吹いて、訓練場の焦げた匂いが薄まっていく。並木の葉が揺れた。フィアの石鹸の匂いがした。一メートルも離れていない。昨日まではもっと遠かった。
「ねえ」
「何だ」
「あれ、あんたがいないと当たらないの」
「たぶん」
「......じゃあ、毎回やるの」
「嫌か」
フィアが黙った。数歩分の足音だけが聞こえた。並木の影が長く伸びている。
「別に」
声が小さかった。前を向いたまま、こちらを見ない。袖を引き下ろして手首を隠した。さっきまで出していたのに。
部屋に戻って、目を閉じた。ターミナルを開く。フィアの手首を掴んでいた時の記録が残っている。
昨日書いた方向指定はそのままだった。今日追記した着弾点もある。だが周辺の文字が変わっていた。同じ構造のはずなのに、昨日と今日で中身が違う場所がある。俺が触っていない部分だ。
コードは同じ。なのに中身が動いている。前の人生で触ったどのプログラムとも違う。プログラムは勝手に変わらない。
ノートを開いて書き足した。「構造は固定。中身は流動。なぜ」
ペンを置いた。フィアの手首の温度がまだ指に残っている。二発目を撃たせた後、フィアの膝が笑っていた。壁に手をついていた。あれは何だ。
俺が書き換えた影響か。それとも別の何かか。




