訪問
寮の窓の外で、朝の光が、昨夜とは別の角度に変わっていた。
机の中央の白い紙は、夜のうちに動いていなかった、ように見えた。
俺は寝台から立つ。床の上の鞄の口は、最後に一度、閉じられたまま、立っている。書いた一行とノートが、鞄の中で、いつもの位置に並んだまま、動かない。
俺は、机の方を、まだ見ている。
朝の光が、机の中央の白い紙の上で、昨夜とは別の角度で止まる。
白い紙の四隅の角度が、昨夜見ていた時とは、わずかに違って見えた気がした。
動いたのか、光の角度のせいなのか、俺の位置からは判らない。
俺は、机に、まだ近づかない。
鞄を、肩にかけた。書いた一行とノートが、鞄の中で、肩の上の高さで、止まる。
自室の扉の方へ、足が動いた。
寮の階段を下りる。階段の各段の薄い光が、肩の角度を変える。
寮の入り口を抜けて、学園の通路へ。
通路の幅は、昨夜と同じ。だが、朝の光の中では、通路の壁の輪郭がはっきり見える。
F組校舎の方の廊下を、半歩ほどの歩幅で動く。
廊下の中ほどで、F組の制服の生徒が一人、こちらへ歩いてくる。F組二〜六番のうちの誰か。名前は、耳に音として残らない。
俺は視線を前に置く。足は止めない。
すれ違う瞬間、相手の視線が、一度、こちらを向いた、ように見えた。すぐに、前に戻る。
俺の視線も、前のまま。
足音が、すれ違ったあとで、廊下の向こう側で続く。
廊下の声の高さが、いつもの朝より、半音、低い、気がした。
別のF組生徒の立ち話の声が、廊下の壁の向こうから、薄く届く。話の中身は、廊下の薄い光の中で、輪郭が組み立たない。
足は、食堂の方向へ動く。
食堂の扉を抜ける。F組の机の位置は、いつもと同じ。
ガドが先に来ている。F組二〜六番のうち二人が、ガドの隣に座っている。もう一人は、別の席、誰の隣でもない位置。
フィアの席は、空のままだった。
俺はガドの斜め向かいの位置に、半歩ずれた角度で座る。
ガドの目線が、俺の方へ、一度、上がった気がした。すぐに、皿の方へ戻る。
F組二〜六番の二人の目線も、皿の方へ向いたまま、動かない。
誰も、何も言わない。
俺の前の皿は、いつもの形のまま、置かれている。
スプーンを取る動作。書いた一行とノートが、鞄の中で、椅子の脇の高さで、まだ動かない。
ガドの隣の二人のうちの一人が、皿の縁に、スプーンを当てる音を、立てる。短い、低い音。
食堂の別の机の方から、A組の制服の声が、薄く届く。話の中身は、食堂の薄い光の中で、輪郭が組み立たない。
食堂を出る。学園の通路の方向へ、足が動く。
通路の薄い光は、廊下の薄い光と、また別の角度。
通路の中ほどで、視野の端に、外部の人間が、立っていた。
学園の制服ではない。外套を肩に掛けている。年配の男の影。
家のもの——昨夜、廊下の入り口の手前で動かなかった、エルナの家のものだった。
外套の色は、薄い灰色。背の高さは、エルナよりも、頭一つ分、高い。
家のものの視線は、別の方向を向いている、ように見えた。俺の方を、観てはいない。
エルナの姿は、家のものの隣には、ない。
家のものは、学園の通路の隅で、足の位置を変えずに、立っていた。
俺は、視線を前に置く。足は、止めない。家のものの脇を、半歩、離れて、通る。
家のものの背の高い影が、学園の通路の薄い光の中で、動かないまま、後ろへ流れる。
なぜ、学園に滞在しているのか、俺の位置からは、まだ判らない。
足は、教室の方向へ、まだ動いている。
学園の通路を抜けて、F組教室の方の廊下へ。
廊下の角を曲がる手前で、足が止まった。
角の向こう側で、A組の制服の声が、二つ、低く重なっていた。
「昨日の」「F組の」「あの時の」——話の中身の輪郭は、まだ組み立たない。
声のうちの一つが、続きを言いかけて、止まった、ように聞こえた。
俺は廊下の角の手前で、半歩、内側に動いた。視線は前のまま。
角の向こうの声が、もう一度、半音、低く、続く。
別の声が、続きを引き取った、ように聞こえた。話の中身は、まだ組み立たない。
A組の制服の生徒のうちの一人が、廊下の角の向こうから、視線を、こちらへ動かした、ように見えた。すぐに、別方向へ、戻る。
俺の足は、教室の方向へ、まだ動いていない。
廊下の薄い光の中で、別の声が、別の場所で、まだ立ち止まっていた。




