接続
円の中央の北側に、俺たちは立った。
標的二つが、十歩先に新しく並ぶ。観客席の正面からの距離は、午前の個別試験よりも近い。
中央評価者が用紙を顔の高さに上げた。
「課題:二人組で標的二つを完遂する。射手と修正者の役割は、組内で決めてよい。完遂時間は、用紙の合図から、二発撃ち終わるまで」
「合図を出す」
中央評価者が用紙を下ろす。
俺はフィアを見ない。フィアも俺を見ない。視線は標的の方を向いている。
肩のすぐ近くで、フィアの肘から先の腕の輪郭が、視野の隅で動いた。
肩の動きと足の位置だけで決まった。俺が修正者、フィアが射手。
◇
フィアが半歩前に出る。
俺はフィアの一歩後ろの位置に立った。距離は、握り拳二つ分から、半歩へ縮んでいる。
フィアが片手構えを取る。右手を腰の高さよりも少し上に上げる。指先は前を向く。ベスト型の制服の輪郭が、わずかに動いた。
俺は鞄を肩から下ろさない。鞄の中の感覚は、もう判らない。
観客席のざわめきが、円の中央の北側にまで届く。半分の人が席に戻り、半分の人がまだ立っているらしい音の質。歓声は戻らない。
俺の右手が、フィアの右の肘の少し上に向かった。
指先が、フィアのベスト型の制服の上に触れる。布越しの体温が、指先に薄く乗る。
書かない。ここでは、触れているだけで足りるはずだった。
◇
中央評価者の用紙が、上から下へ動いた。
「フレア」
フィアの詠唱が、円の中央の北側に短く落ちる。
俺の指先がフィアの肘の少し上に乗ったまま、何かが流れた。指先からフィアの腕の方へ、それともフィアの腕から俺の指先の方へ、判らない。
書かない。頭の中でも、紙の上でも、修正の文字は置かない。
ただ、揺らぎを残す——内心の動詞だけが、指先の温度のすぐ脇を通り抜けた。
第一の標的へ、輪郭の細い棒のような赤が一発、まっすぐ飛んだ。中央にこぶし大の焦げ跡が残る。
第二の標的へ、もう一発、同じように飛ぶ。同じ大きさ、同じ熱、中央に同じ焦げ跡。
二発で完遂し、フィアが片手構えのまま、息を一つ落とす。
——だが。
空気の中に、花弁の輪郭が立ち上がった。
一発目の通り過ぎた軌道の上、二発目の通り過ぎた軌道の上、二つの輪郭が並んで残る。
赤い線の上に、花弁の縁の薄い影が、染み込まずに残った。
輪郭は細い。だが、肩の上まで届く高さで、長く残った。
俺は指先をフィアの肘から離さない。離せば、輪郭が早く消えるかもしれない、気がした。
◇
観客席が、どよめいた。
低い席から、声の塊が一つ。高い席からも、別の声の塊が起きる。一つの声ではなかった。
F組の整列の方向から、声は出ない。視線が、こちらの方を向いた、ように見えた。
A組の整列の方向からも、声は出ない。動かないはずの肩が、視野の隅で、わずかに動く。
評価席で、椅子が動く音がした。
外部評価者の一人が、立ち上がった。
そして、A組七番目の位置で、もう一つの椅子の音がした。エルナの灰色の目の高さが座っていた時よりも上にある。
グレイの独立記録席で、記録盤を持つ手が動いた。ペンを動かす速さが、これまでよりも、もう一段、速く見える。
教師席の教師たちは、動かない。
中央評価者は何も呼ばない。両側のペンも、止まっていない。
俺の指先は、まだフィアの肘の少し上に乗っている。
◇
赤い線の上の花弁の輪郭は、まだ消えない。
いま空気の中にあるのは、もう一段、長く残るものだった。
俺は指先を、フィアの肘の少し上から、ゆっくり離した。
布の繊維の縁が、指先から薄くずれていく。
フィアが片手構えを下ろす。視線は前のまま、標的の方を向いたままだった、ように見えた。
花弁の輪郭は、まだ消えない。
中央評価者は何も呼ばない。両側のペンも止まらない。グレイの記録盤を持つ手も止まらない。エルナの灰色の目の高さも、まだ戻らない。
俺は鞄を肩にかけたまま、何も言わない。
フィアも何も言わない。
午後の試験場の空気の中に、花弁の輪郭が、まだ残っていた。




