接続前
中央評価者が用紙を顔の高さに上げた。両側の二人もそれぞれ用紙を持つ。
「連携試験の規定を読み上げる」
声が場内に届く。
「二人組で一つの課題に挑む。片方が修正者、片方が射手。配点は、連携点と、完遂時間」
「個別試験の組み合わせの順番にしたがって、最初の組から順に呼ぶ」
「連携試験までの幕間は、十分」
中央評価者が用紙を下ろした。
整列が崩れる。A組とF組が、それぞれ控えの幕の方へ流れていく。観客席で、半分の人が腰を浮かす。半分は、座ったままだった。
俺は鞄を肩にかけ、控えの幕の北側へ歩いた。鞄の重さが、いつもの位置で肩にかかる。
控えの幕は、下から地面まで届いていた。上は、高い梁までは届かない。北側は、観客席の正面からは死角になる位置だ。
F組の他のメンバーは、反対側の幕の方へ歩いていく。俺の足の運びの先には、誰もいない場所が広がっていた。
◇
控えの幕の北側に立つ。鞄を足元に置く。鞄の縁が、靴の左の角に触れた。いつもの位置だ。
観客の声が、ここでは遠かった。控えの幕の布の質感が、肩のすぐ脇に近い。
布の繊維の細い影が、午前の光の角度で並んでいた。
肩の上で、時間の長さを止まる動作で確かめる。あの朝の整列以来、口を利いていない。視線も交わしていない。四日。
鞄の中には、書いた一行が、いつもの位置で閉じられている。ノートが、そのすぐ隣で閉じられていた。
鞄の口は閉じたまま。指先は鞄の縁の上に置いた。フィアは、まだ来ていない。
控えの幕の布が、空気の流れで小さく揺れた、気がした。
足音が一つ、近くで止まる。
◇
俺は視線を上げなかった。
足音の主が、一歩横の位置に立つ。肘から先の腕の輪郭が、視野の隅に入った。ベスト型の制服の輪郭。視線は前のままだった。
距離は、肩と肩のあいだに、握り拳が二つ入るほど。触れない。
フィアの呼吸の音が、遠くからの観客席のざわめきの上に、薄く重なる。同じ速さで、何度か。
俺は視線を前に置いた。フィアの方は見ない。
控えの幕の布が、もう一度小さく揺れた。
俺は鞄の口を開いた。指先が鞄の縁の内側に入る。書いた一行が、いつもの位置で閉じられている。ノートが、その隣で閉じられている。
ノートの縁に、指先が触れた。
フィアの視線は、まだ前を向いたままだったように見えた。
フィアの呼吸の音が、一拍だけ遅れた、気がした。
◇
ノートの縁に触れた指先が、鞄の中で動く。
紙の縁が、鞄の口の方へ、わずかに上がった、気がした。
フィアの肘から先の腕が、俺の方へ、ほんの少しだけ向く。ほんの少しだけ向いた、ように思えた。
フィアの指先が、ベスト型の制服の脇のあたりで、わずかに開いた、気がした。
紙の縁が、鞄の口を越えたか、越えなかったか、俺の位置からは判らなかった。
控えの幕の布が、また小さく揺れる。
フィアの呼吸の音は、もう一度同じ速さに戻ったように聞こえた。
俺は鞄の口の縁を、指先で押さえる。
紙の縁が、鞄の中の元の位置に戻ったか、フィアの方の手の中に渡ったか、俺の位置からは判らなかった。
指先の感覚が、紙の縁ではなく、鞄の中の空気を押さえているのか、それとも紙の角を押さえているのか、判らなかった。
フィアは何も言わない。
俺も何も言わない。
控えの幕の布が、最後に一度、小さく揺れて、止まった。
◇
中央評価者の声が、控えの幕の北側にまで届いた。
「F組、レンとフィア、円の中央の北側へ」
連携試験の最初の組として呼ばれた。
俺は鞄の口を閉じた。鞄の中の感覚が、指先から離れる。閉じられた口の中で、書いた一行と、ノートが、いつもの位置に並んでいた、ように思えた。何が動いて、何が動かなかったか、まだ判らない。
フィアが歩き出した。視線は前のまま。肘から先の腕の輪郭が、控えの幕の布の影の中で動く。
俺は鞄を肩にかけた。フィアの少し後ろから、控えの幕を出る。
幕の縁が、肩のすぐ横を通り過ぎた。観客席の声が、もう一度近くなる。
円の中央の北側へ向かう。フィアと並んで、距離は変わらない。
歓声は、戻ってこなかった。
午後の試験場が、肩の前で広がっていた。




