静かな番
A組の二番が、円の中央へ進んだ。
アレクの隣の位置から出てきた男だった。歩幅はアレクと同じくらい、足の運びは整然としていた。
中央評価者が「ヴィクト」と呼んだ。ヴィクトが頷いた。本人確認の合図だ。
ヴィクトが構える。両手を前に出し、指先を前に向けた。
「ストーン」
地面の方から、握り拳ほどの石塊が三つ立ち上がり、第一・第二・第三の標的へ続けて飛んだ。標的が割れる音が三度、短い間で響いた。標的は倒れたが、粉砕には届かなかった。
観客席から拍手が起きた。低い席から声が戻ってくる。高い席からも、短い歓声が立った。
だが、フィアの番のあとに会場に残った息の音の名残は、完全には消えない気がした。歓声は戻ったが、戻り方が浅かった。
ヴィクトが整列に戻る。足音はガドの時よりも軽く、フィアの時よりは重かった。
中央評価者が手元の用紙に短く書き、顔を上げた。
「次、F組」
◇
俺は、整列を出た。
鞄は足元の位置のまま置いた。中の一行は、まだ閉じられたままだ。
円の中央へ歩く。靴底の下に、アレクの破壊した木屑、ガドの煤と煙の名残、フィアの第一の標的のこぶし大の焦げ跡、第二の標的のこぶし大の焦げ跡が並んで見えた。第三の標的は、無傷のまま残っている。
円の中央に立った。靴底の下にも、累積した痕跡があった。
中央評価者が「レン」と呼んだ。俺は頷いた。
俺の脇には誰も立たない。教師立ち会いはなかった。フィアの脇に立っていた教師は、評価席の手前で何かを書いている動作のままだった。
構えは、特殊な型を取らない。両足を肩幅に開く。右手を腰の高さに上げる。指先は前を向いた。フィアの片手構えよりも低く、アレクの腰の片手構えと同じくらいの高さだった。
息を吸う動作が、肩の上下で見えた。自分の呼吸は、フィアの時より、わずかに浅い気がした。
標的までの距離は十歩。豆鉄砲の射程は二歩。届かないことは、自分が一番よく知っていた。
◇
「fire」
頭の中で唱えた。口は動かさなかった。
指先の少し先に、豆鉄砲の炎が灯った。蝋燭ほどの炎。三年前から変わらない出力だった。
その炎が、第一の標的へ向けて飛んだ。
二歩で空気に消えた。標的は、揺れもしなかった。
観客席のあちこちから、息を短く吐く音が聞こえた。低い席から、軽い笑い声が一つ起きて、すぐ止まった。F組の整列の方からは、音が出ない。A組の整列の方からも、声は短かった。
俺は構えを解かなかった。指先を前に向けたまま、息を止めた。
消そうとしなかった。
空気の中に、薄い芯が残った。輪郭は細い。指先の少し先で、染み込まずに、短い間だけ、残った。
目を凝らさなければ見えない芯だった。指先の熱の名残ほどの存在。だが、確かに、空気の中で残っていた。
中央の外部評価者がペンを走らせた。両側の二人もペンを動かす。教師席の手の動きは、フィアの時より速い気がした。書く量が少ないのか、判定が早く出たからなのか、俺の位置からは判らない。
評価席を見る前に、芯が、空気から消えた。
◇
二発目の動作に入った。同じ位置、同じ角度のまま、第二の標的へ右手の角度を変える。
「fire」
二度目。
同じ豆鉄砲の炎が、指先の少し先に灯った。同じ大きさ、同じ熱、同じように二歩で空気に消える。
第二の標的は、無傷のまま残った。
俺は、また消そうとしなかった。
空気の中に、二つ目の薄い芯が、最初の芯のすぐ隣に残った。芯は二つ並んで、短い間だけ、空気の中で残った。
観客席は、もう声を出さない。笑い声の余韻も止まっていた。歓声も戻ってこない。
中央評価者は何も呼ばない。両側のペンは止まっていない。
視野の隅で、A組の整列の中、七番目の位置から、視線が動いた気がした。エルナの灰色の目が、こちらの指先の少し先を見ていた、ように見えた。
そして、F組の整列の中。隣の列の一列前の位置から、もう一つの視線が動いた気がした。フィアの目が、空気の中で並んだ二つの芯の方を向いていた、ように見えた。
グレイの記録盤を持つ手が、ペンを動かした、気がした。
二つの芯が、空気から消えた。
◇
中央評価者が、手元の用紙に何か短く書いた。それから顔を上げた。
「個別試験を終える。連携試験の組み合わせを発表する」
組み合わせがいくつか読み上げられた。A組から二人ずつ、F組から二人ずつ。順番にペアの名前が呼ばれていく。
「F組、レンとフィア」
観客席のあちこちから、短い声が起きた。一般観客の方からも、A組の整列の方からも、声の質はばらばらだった。F組の整列の方からは、声は出なかった。
俺は整列に戻った。F組の左から四番目、前から二列目の位置だ。鞄は足元のまま、書いた一行はまだ閉じられたままだった。
視線を前に置いた。フィアの方は見なかった。
歓声は、まだ完全には戻ってこなかった。




