条件付き
フィアが円の中央に立った。
円の中央には、アレクの木屑と、ガドの煤の名残が混じっていた。フィアの靴底の下にも、その重なりがあった。
フィアの装備は、整列の時から変わらない。F組のベスト型の制服、袖のない上着。肘から先の腕の輪郭が、上着の境目から見えた。
フィアの脇に、教師が一人立った。フィアの右斜め後ろ。手は両側に下ろされていたが、指は軽く開いていた。条件付き出場の教師立ち会いだった。
中央評価者が「フィア」と呼んだ。フィアが頷いた。本人確認の合図だ。
フィアが構える。両足の幅は肩より少し狭い。右手を前に伸ばす。指先は前を向いていた。アレクの腰の位置よりも高く、ガドの両手構えよりも片手寄り。
肘から先の腕の輪郭が、構えの中で動く線として見えた。
息を吸う動作が、肩の上下で見える。フィアの呼吸は、ガドの時より浅い気がした。
◇
「フレア」
フィアが詠唱した。
赤が、フィアの右手の前で立った。アレクのウインドのような塊ではない。ガドのブレイズのような膨らみでもない。輪郭の細い、棒のような赤だった。
その赤が、第一の標的へ向けて飛んだ。
軌道はぶれない。床を擦らず、煙を立てず、空気の中を一直線に飛ぶ。
第一の標的の中央に、当たった。
爆ぜず、粉砕しない。標的が割れる音は、しなかった。代わりに、こぶし大の焦げ跡が、標的の中央に残った。標的は、揺れもしない。
俺の呼吸が、一度止まった。
豆鉄砲の射程と比べる前に、別のことが頭に浮かんだ。
フレアは、当てる魔法ではなかった。少なくとも、これまでのフィアのフレアは、まっすぐ飛んで当てるものではなかった。今、当たった。
観客席の三方は、声を出さない。
だが、出さない理由が、ガドの時とは違う気がした。歓声を待っていた声が、別の場所で止まっている。
中央の外部評価者がペンを走らせた。両側の二人もペンを動かす。教師席の手の動きの速さは、これまでより遅いように思えた。書く量が多いのか、慎重に書いているのか、俺の位置からは判らない。
グレイの記録盤を持つ手が、ペンを動かした。
◇
フィアが構えを変えなかった。同じ位置、同じ角度のまま、第二の標的へ向けて右手を回した。
「フレア」
二度目の詠唱。
同じ赤の棒が、フィアの右手の前で立った。
その赤が第二の標的へ飛ぶ。軌道はぶれない。
第二の標的の中央に、当たった。
第一と同じ大きさの焦げ跡が残る。位置も同じ、中央。標的は揺れもしない。
二発、二命中。
フィアが、第三の標的へ向けて構えを再開しようとした。右手の角度が、わずかに変わる。
だが、フィアの脇の教師の手が、上がった。
肘の位置で水平に止まる。掌が下、指は前を向く。動作の大きさは小さい。だが、止めの合図だった。
フィアが構えを解いた。右手を下ろす。
第三の標的は、無傷のまま残った。
赤の棒が、空気から消える。フィアは、教師の方を一度も見ない。前を向いたまま、息を一つだけ吐いた。
二発で止まる条件が、ここで形になった。最初から決まっていたのか、その場の判断だったのか、俺の位置からは判らなかった。
観客席は、まだ動かない。
◇
歓声は、来なかった。
沈黙も、ガドの時のような沈黙ではなかった。
息を呑む音が、観客席のあちこちで聞こえた。
低い席から、高い席から、保護者らしい影の側からも。会場が、息の音だけになったようだった。
俺の位置から、自分の呼吸の音が、急に大きく聞こえた。耳の中で、息の音と心臓の音が、別々の高さで残る。
評価席を見た。
中央の外部評価者はまだペンを走らせている。両側の二人は書く動作を止めていた。一人は用紙を見て、もう一人はフィアの方を見ていた。
教師席の手の動きの速さは、もう読めない。
グレイの記録盤を持つ手が、ペンを止めた。書き終えたのか、途中で止めたのかは判らない。だが、開始前と同じ角度には、戻っていなかった。
視野の隅で、A組七番目の位置から、視線が動いた気がした。エルナの灰色の目が、フィアの方を向いていた、ように見えた。
◇
フィアが整列に戻った。
足音は、ガドの時より軽い。アレクの時より、まだ重い。だが、行きの音より、戻りの音の方が、わずかに軽くなっていた気がした。
整列の隣の列の、一列前の位置に戻る。教師は、評価席の方へ別の動きで戻っていく。
フィアが視線を前に置いた。袖のない上着の境目で、肘から先の腕の輪郭が、構えの時と同じ角度のまま静止した。
俺は、フィアの方を見なかった。視線を前に置いたままにした。書いた一行は、鞄の中で、まだ閉じられていた。
中央評価者が、手元の用紙に何か短く書いた。それから顔を上げた。
「次、A組の二番」
歓声は、まだ戻ってこなかった。
A組の整列の中で、一人が動いた。アレクの隣の位置から、整列を出る動きが見えた。
A組の二番は、まだ円の中央へ進み出ていない。




