表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
44/53

条件付き

 フィアが円の中央に立った。


 円の中央には、アレクの木屑と、ガドの煤の名残が混じっていた。フィアの靴底の下にも、その重なりがあった。


 フィアの装備は、整列の時から変わらない。F組のベスト型の制服、袖のない上着。肘から先の腕の輪郭が、上着の境目から見えた。


 フィアの脇に、教師が一人立った。フィアの右斜め後ろ。手は両側に下ろされていたが、指は軽く開いていた。条件付き出場の教師立ち会いだった。


 中央評価者が「フィア」と呼んだ。フィアが頷いた。本人確認の合図だ。


 フィアが構える。両足の幅は肩より少し狭い。右手を前に伸ばす。指先は前を向いていた。アレクの腰の位置よりも高く、ガドの両手構えよりも片手寄り。


 肘から先の腕の輪郭が、構えの中で動く線として見えた。


 息を吸う動作が、肩の上下で見える。フィアの呼吸は、ガドの時より浅い気がした。





「フレア」


 フィアが詠唱した。


 赤が、フィアの右手の前で立った。アレクのウインドのような塊ではない。ガドのブレイズのような膨らみでもない。輪郭の細い、棒のような赤だった。


 その赤が、第一の標的へ向けて飛んだ。


 軌道はぶれない。床を擦らず、煙を立てず、空気の中を一直線に飛ぶ。


 第一の標的の中央に、当たった。


 爆ぜず、粉砕しない。標的が割れる音は、しなかった。代わりに、こぶし大の焦げ跡が、標的の中央に残った。標的は、揺れもしない。


 俺の呼吸が、一度止まった。


 豆鉄砲の射程と比べる前に、別のことが頭に浮かんだ。


 フレアは、当てる魔法ではなかった。少なくとも、これまでのフィアのフレアは、まっすぐ飛んで当てるものではなかった。今、当たった。


 観客席の三方は、声を出さない。


 だが、出さない理由が、ガドの時とは違う気がした。歓声を待っていた声が、別の場所で止まっている。


 中央の外部評価者がペンを走らせた。両側の二人もペンを動かす。教師席の手の動きの速さは、これまでより遅いように思えた。書く量が多いのか、慎重に書いているのか、俺の位置からは判らない。


 グレイの記録盤を持つ手が、ペンを動かした。





 フィアが構えを変えなかった。同じ位置、同じ角度のまま、第二の標的へ向けて右手を回した。


「フレア」


 二度目の詠唱。


 同じ赤の棒が、フィアの右手の前で立った。


 その赤が第二の標的へ飛ぶ。軌道はぶれない。


 第二の標的の中央に、当たった。


 第一と同じ大きさの焦げ跡が残る。位置も同じ、中央。標的は揺れもしない。


 二発、二命中。


 フィアが、第三の標的へ向けて構えを再開しようとした。右手の角度が、わずかに変わる。


 だが、フィアの脇の教師の手が、上がった。


 肘の位置で水平に止まる。掌が下、指は前を向く。動作の大きさは小さい。だが、止めの合図だった。


 フィアが構えを解いた。右手を下ろす。


 第三の標的は、無傷のまま残った。


 赤の棒が、空気から消える。フィアは、教師の方を一度も見ない。前を向いたまま、息を一つだけ吐いた。


 二発で止まる条件が、ここで形になった。最初から決まっていたのか、その場の判断だったのか、俺の位置からは判らなかった。


 観客席は、まだ動かない。





 歓声は、来なかった。


 沈黙も、ガドの時のような沈黙ではなかった。


 息を呑む音が、観客席のあちこちで聞こえた。


 低い席から、高い席から、保護者らしい影の側からも。会場が、息の音だけになったようだった。


 俺の位置から、自分の呼吸の音が、急に大きく聞こえた。耳の中で、息の音と心臓の音が、別々の高さで残る。


 評価席を見た。


 中央の外部評価者はまだペンを走らせている。両側の二人は書く動作を止めていた。一人は用紙を見て、もう一人はフィアの方を見ていた。


 教師席の手の動きの速さは、もう読めない。


 グレイの記録盤を持つ手が、ペンを止めた。書き終えたのか、途中で止めたのかは判らない。だが、開始前と同じ角度には、戻っていなかった。


 視野の隅で、A組七番目の位置から、視線が動いた気がした。エルナの灰色の目が、フィアの方を向いていた、ように見えた。





 フィアが整列に戻った。


 足音は、ガドの時より軽い。アレクの時より、まだ重い。だが、行きの音より、戻りの音の方が、わずかに軽くなっていた気がした。


 整列の隣の列の、一列前の位置に戻る。教師は、評価席の方へ別の動きで戻っていく。


 フィアが視線を前に置いた。袖のない上着の境目で、肘から先の腕の輪郭が、構えの時と同じ角度のまま静止した。


 俺は、フィアの方を見なかった。視線を前に置いたままにした。書いた一行は、鞄の中で、まだ閉じられていた。


 中央評価者が、手元の用紙に何か短く書いた。それから顔を上げた。


「次、A組の二番」


 歓声は、まだ戻ってこなかった。


 A組の整列の中で、一人が動いた。アレクの隣の位置から、整列を出る動きが見えた。


 A組の二番は、まだ円の中央へ進み出ていない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ