F組の番
ガドが円の中央に立った。
アレクが破壊した木屑が、ガドの靴底の下にあった。木屑は中央寄りに集まっていて、ガドが立った位置の周りには細かい木片が散っていた。
ガドの背丈は、アレクより少し低かった。肩幅が広い分、構えると重心が下に来た。
中央評価者が「ガド」と呼んだ。
ガドが頷く。本人確認の合図だった。
ガドが構える。両手は腰の前で組まれた。指先は前を向いている。アレクの片手構えとは違う、両手構えだった。
息を吸う動作が、肩の上下で見えた。アレクは胸が動いていなかった気がする。だが、それが何の差なのかまでは、俺の位置からは判らなかった。
◇
「ブレイズ」
ガドが詠唱した。
火が起きた。両手の前で、赤い塊が一度膨らむ。次の瞬間、その塊が前へ放たれた。
だが、放たれた瞬間に、足元で別の火が立った。
ガドの靴底の周りに散っていた木屑が、放出時の余熱を拾ったらしい。小さな炎が床で起き、煙が一筋、ガドの足元から立ち上った。
その煙の中を抜けて、最初の火球が標的へ向かう。
だが軌道が下にぶれていた。標的の足元に届く前に、火球は床を擦って減衰する。第一の標的の腰のあたりに当たった。木が焦げる音が一つ、低く鳴った。標的は揺れたが、倒れなかった。
ガドが二発目を放つ。今度は両手の構えを少しだけ高く取り直した。火球が真ん中の標的の縁を掠めた。標的の右側面が黒く焦げ、煙が上がる。命中はしたが、的の中央には届かなかった。
三発目。両端の右の標的へ向けて。火球が出た瞬間、出力が落ちた。光の塊というより、揺れる火の影に近い形。標的の前で、その影は煙に変わって消えた。
三本のうち、倒れた標的は一つもなかった。
◇
観客席の三方は、声を出さなかった。
歓声が来ない。だが、はっきりした失笑も来ない。声と声のあいだの隙間が、今度は隙間ではなく面になって広がった。観客全員が、声を出すか出さないかの境目で、出さないほうを選んだようだった。
中央の外部評価者が手元の用紙にペンを走らせた。両側の二人もペンを動かす。教師席の手の動きの速さは、アレクの時より速いように思えた。
グレイの記録盤は、まだ動かない。
ガドが構えを解いた。両手を下ろす。煤の匂いが、ガドの足元から立ち昇る。煙は薄かったが、確かにそこにあった。
ガドが整列に戻った。歩く音は、行きより重かった。木屑の上を踏み戻る形になっていた。
◇
「次、F組の二番」
中央評価者が呼ぶ。俺の隣の列から一人が出た。整列の左から二番目の、ガドより細身の生徒。名は呼ばれたが、俺の耳の中で具体的な音にならなかった。
その生徒も円の中央に立った。木屑は、まだ掃かれない。
詠唱はあったが、出る火は小さかった。標的のどれにも、形のあるものは届かなかった。煙だけが、円の中央から細く上がった。
観客の沈黙が、一段重くなった。
整列に戻る。次が呼ばれた。F組の三番。一番手前の列の生徒だった。
その生徒は、詠唱の前に一度だけ口を結んだ。それから「ヴォルト」と詠唱した。微弱な火花が指先の先で散った。標的までの距離は、火花の届く範囲ではない。
中央評価者がペンを走らせる。両側もペンを動かす。グレイの記録盤は、まだ動かない。
その生徒が整列に戻ると、F組の四番、五番、六番が順に呼ばれた。それぞれが円の中央に立ち、それぞれの結果を残した。観客の沈黙は、一回ごとに重なっていった。
俺の位置から、評価席の手の動きの差は段々と読めなくなっていた。書く量が減っているのか、判定が同じになっているのか、判らない。
◇
「次、フィア」
中央評価者の声が落ちた。
ふっ、と空気の質が変わった気がした。歓声が止まった時とは違う、別の止まり方だった。
視野の隅で、フィアの肩が一度だけ動いた。整列の線から外れる前の、最初の一歩を踏み出すための重心の移動だった。
俺は、フィアの方を見なかった。視線を前に置いたままにした。
奥の評価席で、グレイの記録盤を持つ手の角度が、初めてわずかに変わったかもしれない。だが、それを確かめる前に、フィアが整列を出る音が床に響いた。
ガドの時より、軽い音だった。アレクの時より、まだ重かった。




