一番
A組の右から二番目の生徒が、整列を出た。演武場の中央へ進み出ていく。歩く音が、床に響いた。
中央の白い線で囲まれた円。その中央に、その生徒は立った。
標的は十歩ほど先に並んでいた。三つ。木製、人の上半身ほどの大きさだった。
その生徒が振り向き、評価席を一瞥した。中央の外部評価者が短く頷く。
「アレク」
中央評価者が呼ぶ。アレクが頷いた。本人確認の合図だった。試験の正規手順だ。
アレクが構える。両足の幅は肩より少し広い。右手を腰のあたりで止めた。指は軽く開いていた。詠唱の前に、息を一つだけ整える。
俺は整列の中で、視線を前に置いたまま、その動作を観た。
◇
「ウインド」
アレクが短く詠唱した。
風が起きる。指先の前で、空気が一度刈られる音がした。次の瞬間、刈られた空気の塊が、十歩先の標的へ飛んだ。
刃の輪郭は見えない。だが、木が割れる音が三つ、ほぼ同時に鳴った。
標的の上半分が落ちる。木屑が床に散った。中央の標的は二つに割れて、左右に倒れた。両端の標的は、上半分が前へ飛んで床にぶつかる。
風刃の射出から命中までの時間は、息一つ分もなかった。
俺は指先の感覚を止めて、その距離だけを頭の中で数えた。十歩。
アレクは構えを解いた。一度息を吐いて、構えていた右手を下ろす。動作の終わりは、構えの始まりと同じ角度の腕に戻る。
中央評価者が短く頷く。
両側の評価者の一人が、手元の用紙にペンを走らせた。もう一人が、視線を木屑の方へ動かす。
教師席の何人かも、手元の用紙にペンを走らせている。
グレイの記録盤は動かなかった。記録盤を持つ手の角度は、開始前と同じだった。
◇
観客席の三方から、声が上がった。
「おおっ」
「やっぱアレクは違うな」
「一発か」
声は重ならず、別の場所から別の高さで来た。三方の観客席のそれぞれの場所から、別々のタイミングで上がった。
歓声の中に、保護者らしい影の方からの声も混じった。低い声、年配の声、それから少し離れた場所で女性の声。
A組の整列は声を出さなかった。顔は前を向いたまま、動かない。エルナも視線を動かさない。
F組の整列も声を出さなかった。隣の生徒の肩が、わずかに後ろに引いた。前列の生徒の足が、整列の線から半歩外れて、すぐに戻った。
俺は視線を前に置いたままにした。歓声は、耳の上を通って頭の後ろへ抜ける。
耳の中で、声と声のあいだの隙間が、声そのものよりはっきり聞こえた。
◇
評価席は静かだった。
中央の外部評価者は前を向いたまま、姿勢を変えない。両側の二人のうち、一人がペンを置いた。もう一人がまだ書いている。
教師席の何人かが、ペンを走らせ続けている。手の動きの速さに差があった。早い手と、遅い手と、止まっている手があった。
グレイの記録盤は、まだ動かない。
歓声と沈黙が、同じ瞬間に同じ場所で鳴っている。俺の耳の中で、両方が別の高さで残った。
歓声の方が大きい。沈黙の方が、長い。
アレクが演武場の中央から、自分の整列の位置へ戻った。歩く音は来た時と同じ。整列の右から二番目の位置に戻ると、姿勢を整えて視線を前に置いた。
A組の整列は、アレクが戻っても声を出さなかった。
◇
中央の外部評価者が、手元の用紙に何か短く書いた。それから顔を上げて、整列の方へ声をかける。
「次、F組の一番。ガド」
歓声がふっと止んだ。
F組の整列の中で、俺の斜め後ろのあたりから、足の動きが起きた。視野の隅で、ガドの背中が整列の線から外れる動きが見える。
俺は、ガドの方を直接見なかった。視線を前に置いたままにした。
ガドが整列を出る。中央への歩みが始まった。
A組のアレクが立っていた円の中央には、まだ木屑が散っている。係の人間がそれを掃く動作はなかった。
ガドはその木屑の上を歩いて、円の中央へ進み出ようとしている。
歩く音が、アレクの時と違う重さで床に響き始めた。




