当日
朝の薄い光が、まだ机の上の紙の縁を照らさない時間だった。寮の中庭の灯はもう消えていた。寮監の足音が、廊下の遠くで一度だけ鳴った。
俺は机の前に座っていた。鞄の口は閉まっていない。中身を一度ずつ確かめるためだった。
告知の紙。印章の朱は今朝も赤い色を保っていた。次にノート。昨夜書いた三行は、ページを開いた位置にそのまま並んでいた。紙の角を一度だけ撫でて、ページを閉じた。最後にペン。インク壺の蓋は閉まっていた。
鞄の口を留めた。
袖を整えた。F組の制服。袖は、手首まで下りていた。フィアと同じ降ろし方になっていることに、気づいてから直さなかった。
戸を開けた。寮の廊下では、F組の足音が階下から上がってくる。
外は薄い色の朝だった。
◇
通学路とは違う道を歩いた。中央演武場は学園の南端にあった。F組の校舎からも、A組の校舎からも、同じだけ離れている。
普段見ない人の流れがあった。教員の列。外部の制服を着た人の列。後ろに、保護者らしい影が並んでいた。
俺の前を、F組の他の生徒が歩いていた。背中だけが見えた。誰の背中も、いつもより少し角ばっている。
中央演武場の入口は、二つに分かれていた。右がF組の門。左がA組の門。間には舗装された広場があって、両側からの列はそこで合流する形になっていた。
合流地点で、視野の左にA組の制服が増えた。同じ学園の白い襟だが、肩のラインが違う。
俺は目を伏せて歩いた。まだ、誰かを探す動作は取らなかった。
入口を抜けると、演武場の奥行きが視野に広がった。観客席が三方を囲っている。中央が演武の場。奥に評価席。手前に整列の場所がある。
整列の場所には、すでに何人かが立っていた。
◇
F組とA組は、向かい合う形で並んだ。中央の演武場を挟んで、距離はおよそ三十歩。
俺はF組の、左から四番目。前から二列目。袖は、手首まで下ろしたままにした。
向かいのA組の中に、エルナの姿があった。七番目。整列の左から数えて七人目だから、俺の右斜め前にあたる。視線は前を向いていて、こちらに向いていなかった。
F組の隣の列に、フィアがいた。一列前。俺から見て、右斜め前。
俺は、フィアの位置を視野の隅でだけ捉えた。装備が、いつもの制服と違っていた。F組のベスト型の制服。袖のない上着だった。
四日ぶり。
距離は、訓練場の時より近かった。だが、整列の中の距離は、訓練場の中の距離とは別の種類のものだった。試験場の整列は、二人の距離を、視線が触れない種類の距離に変えていた。
奥の評価席に、教師と外部評価者の姿が並んだ。F組の担任、グレイは、教師席の右端ではなかった。独立した記録席に立っていた。記録盤は、もう手に持たれていた。
外部評価者は三人。中央の一人が、外套の襟元に銀色の徽章を留めていた。
◇
外部評価者の中央の一人が、前に出た。
「公開試験を始める。今日の試験は、F組とA組の合同で行う。順序は、個別試験を先に、連携試験を後に。個別試験はA組の一番から始め、F組の一番が次。以後、A組とF組を交互に呼ぶ」
声は乾いていた。説明の内容は、昨日まで何度か読んだ告知の紙そのままだ。
俺は鞄を、整列の足元に置いた。中の一行は、まだ閉じられたまま、鞄の中にある。指先の中の残せた芯は、まだ動かない。
外部評価者は続けた。
「採点は、個人点、連携点、教師評価、外部所見の合計で出す。最後に総合順位を発表する」
最後の言葉のあと、短い間があった。
「では、A組の一番」
呼ばれた名前は、俺の知らない名前だった。
その生徒が整列を出る。演武場の中央へ進み出た。歩く音が、演武場の床に響いた。
整列の中で、フィアが一度だけ、手首の袖の位置を確かめる動作をした。視線は、前のまま。
俺は、フィアの方を見なかった。視線を前に戻した。書いた一行は、鞄の中で、まだ閉じられていた。




