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異世界転生したらハズレスキル【ターミナル】だったが、俺だけ使い方を知っていたので最強になった  作者: どみさん


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暴発

 並木道の風がもう一度吹いた。葉がさっきと同じ場所で揺れた。


 俺の足は訓練場の方へ動いていた。エルナの問いには答えていない。だが、訓練場へ向かうこの足が、答えの代わりになる。


 訓練場の扉が見える距離に入っていた。エルナの視線は、たぶんまだ俺の背中にある。並木道に立ったままだろう。振り返りはしなかった。


 扉を押した。木が今日も重い。中の空気がいつもより薄い気がした。気のせいかもしれなかった。


 フィアは中央寄りに立っていた。昨日と同じ位置だった。袖は今日も肘まで上がっている。


 目が違った。


 昨日までの目ではなかった。何かを引き受けたまま、待っている目だった。咎める目でもない。怯える目でもない。ただ、もう引かないと決めたあとの目だった。


 近づいた。


「来た」


 フィアが言う。


「うん」


 それだけだった。エルナのことは言わなかった。フィアも何も訊かない。だが、何かが一つ増えたことだけは、フィアの方も受け取っていた。それが目で判った。





 肘の内側に触れる。


 温度。脈。今日もいつもと変わらない、はずだった。


 だが、指先の触れた先で、空白の縁が、いつもより内側まで広がっている。昨日「線の周りに別の層がある」と思った、その層が、今日は層ではなかった。線の側がむしろ細い。その外側が、広すぎた。


 書く。


 文字の形は組める。だが、書いているそばから、書いていない方の流れが、書く線を上から覆っていく。書く線が川なら、今日は、その外側の水の方が広い。書いた線の輪郭が、書いた直後にぼやけていく。


「今日のさ」


 フィアが小さく言った。並木道で言いかけたのと、ほとんど同じ書き出しだ。だが続きは口に出さなかった。続きは身体の方で出すと、決めているような言い方だった。


「うん」


 俺はそれだけ返した。


 書き終える。指を離した。撃たないという選択は、フィアが今日選んだものを上から塗り直すことになる。


「撃って」


 フィアが構えた。袖はそのまま。指先は丸めない。胸の前で、息を一度、深く吸った。


 その息が、いつもよりずっと深かった。





 炎が走った。


 中心に当たった。ここまでは、これまでと同じだった。


 問題はその後だった。


 撃った瞬間、的の前の空気が赤くなった。輪郭ではなく、面で広がっていた。


 横に流れた。


 昨日より速かった。的の脇まで届くのが一拍。壁まで届くのが二拍。だが、そこで止まらなかった。壁に当たって跳ね返り、隣の的の方へ流れた。


 訓練場には的が六つ並んでいる。誰も使っていない端の的の前まで、薄い赤が届いた。


 そこでも止まらなかった。


 赤は低い位置で壁を一周した。


 それから、上がり始めた。


 腿の高さから上がってきて、腰を超えた。胸に来て、肩を越えた。そのまま天井まで届いて、止まった。


「うわっ」


 ガドの声がした。


 ガドだけではなかった。今日の放課後、F組の訓練場には十人近い生徒が居残っていた。全員が一斉にこちらを見る。声は出なかった。動きだけが揃っていた。


 天井の高さで、訓練場全体が薄い赤の膜の中に入っていた。


 俺の呼吸が止まった。胸の前で、息の入る場所を見失った。


 そして、フィアが膝を折った。


 倒れたのではなかった。膝に重みが落ちた、という折れ方だった。袖を肘まで上げたままの腕が、俺の手の中で、急に軽くなる。力が抜けたのではなかった。引き出していたものが一度に外へ流れ出して、もう出ない、という軽さだった。


 その軽さが、俺の手の中で、何かの底を打った。


 その瞬間と、訓練場の扉が音を立てたのが、同時だった。





 扉が開いた。


 並木道の方ではなかった。教師棟側の入口からだった。


 グレイが立っていた。


 手に記録盤があった。


 訓練場全体に張った薄い赤の膜は、グレイが現れた瞬間に、急に薄くなり始めていた。空気に染み込む消え方ではなかった。天井から、ゆっくり下へ落ちてくる消え方だった。


 赤が下に落ちきる前に、俺はフィアを支えていた。フィアの腕は、まだ俺の手の中で軽かった。袖は肘まで上がったまま。


 ガドと他の生徒は、声を発さなかった。誰も動かなかった。グレイの記録盤と、フィアの折れた膝と、足元に降りていく赤の境を、順番に見ていた。


 グレイの目が、ゆっくり動いた。


 最初に、訓練場全体に残った赤の方を見た。それから、膝を折ったフィアを見た。そして、最後に、俺の右手で止まる。フィアの肘の内側に触れたままの、俺の右手だった。


 グレイの視線は、そこで動かなくなった。


 確認したまま、しばらく何も言わなかった。


 ようやく口を開いた。


「来い」


 フィアではなく、俺に、だった。


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