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残像

 訓練場に入ると、フィアがもういた。


 昨日触れた位置で立っている。袖は肘の上まで上がったままだった。待つために上げたというより、そのままにしてきた感じだった。


 フィアは俺を見た。何も言わない。


 頭の中では、朝の声がまだ動いていた。


 止めたら?


 一秒だけ、指が遅れた。


 でも止めなかった。今日止めたら、あの言葉に従ったことになる。それより、言葉の意味を確かめたかった。


 近づいた。肘の内側に触れた。昨日より熱い気がした。脈が近い。近すぎて、どちらの脈なのか判らない。


 フィアは引かない。


 俺も、手を離さない。





 修正を書いた。昨日と同じ文字列、同じ位置、同じ深さ。


「撃って」


 フィアが離れた。袖は上がったままだ。


 一発目。


 炎が走った。中心に当たった。五つ目の焦げ跡が重なる。そこまでは想定内だった。


 その後だった。


 的の手前、炎が通った空間に、花びらの色だけが残った。


 一拍遅れて見えた。熱の残像じゃない。花びらの形で、そこにある。薄い。でも、確かに居る。


 一枚、二枚、三枚。散り方が不規則だ。真ん中から均等に開いていない。どこか偏っている。


 それから消えた。


 フィアは的を見ていなかった。的の手前の空中を見ていた。


 二人の声が、ほとんど同時に出る。


「今の」


「残った」


 同じ場所を見て、同じ一拍を数えていた。


 その一致の方が、焦げ跡より先に残った。





 フィアが壁から離れて、俺の前に来た。距離が近い。袖はまだ上がっている。


「あの、ね」


 俺は黙って待った。


「前からたまに、あった」


 頭の中でノートのページがめくれた。花びらは修正の後に出る現象として記録してきた。修正が原因だと思っていた。


「いつから?」


「判らない。もっと前。たぶん、九歳くらいから」


「誰かに言ったことは?」


「ない。あたしだけが見えてるのかと思ってた」


 沈黙があった。


 フィアの目が少し落ちる。袖の縁に触れる指が、かすかに動く。戻そうとしたのか、そのままにしようとしたのか、分からない。


 仮説の順番が入れ替わる。


 花びらは修正で発生したのではない。フィアの中に元からあった。修正で濃くなったり、残ったりするだけだ。


 そうなると、俺がやっていたことの意味も変わる。書き込んで直したのではなく、元からあった何かが通るようにしただけかもしれない。


「俺のノートには、副産物として書いてあった」


「違うと思う」


 フィアは即答ではなく、確かめるように言った。


「あたしが覚えてる限りでは、前から」


 前から。


 その三文字で、これまでの記録の並びが崩れる。





 寮に戻ってノートを開いた。


 昨日の仮説の下に、今日のページを開く。


「花びらは修正の副産物ではない」


「花びらはフィアに元からある」


「修正は書き込みではなく、通り道の拡張かもしれない」


 書いている間、背中が冷えた。細部の訂正ではなかった。これまでの理解の根を、直している。


 最後に一行書いた。


「エルナ——見えるのか」


 花びらの記述の下に置いた。同じページに置いた理由は、言葉にできない。でも、今日はそこに並べるしかなかった。


 ノートを閉じる。


 朝の「止めたら?」は、まだ消えていない。


 あの言葉は警告だったのか、確認だったのか、まだ判らない。


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