もう少し
炎が走った。四発目だ。
的の中心に当たって、散った。昨日までの焦げ跡の上に、また一つ重なる。三つあった跡が四つになった。中心から二センチも外れていない。
フィアが腕を下ろした。的を見ている。沈黙が一つ落ちる。
それから振り返った。
的を見ないで、俺を見る。
「当たった?」
「当たってる」
フィアが小さくうなずいた。確認の順番が昨日と同じだ。自分の目で焦げ跡を見る前に、俺の口で確かめる。
俺は的を見たまま、ターミナルの文字列を思い出す。修正は今日も残っている。前に書いたものは五日で消えた。それと比べて、明らかに残り方が違う。あの時はもっと、じわじわ薄れていた。今は違う。文字の輪郭がそのまま居座っている。
ノートを開きかけて、閉じた。
今日は記録より先に、試したいことがある。
◇
「フィア」
声をかけると、フィアが顔を上げた。
「袖、もう少し上まで上げられるか」
フィアの指が止まる。袖口を摘んでいた指だ。
「……どこまで?」
「肘の上。一度だけでいい」
フィアはすぐには動かなかった。俺を見ている。断るでも、頷くでもない。
風が訓練場の端を通り抜けて、乾いた砂を少し動かした。
それから、フィアが袖を上げた。一度目で前腕の半分。二度目で肘まで届く。三度目で、その上まで。
上腕の下半分が露出する。白い腕だ。血管が薄青く透けている。
俺は一歩近づいた。指を近づける。肘の内側。皮膚の薄い場所。
触れた。
温度が違った。
手首は表面だった。肘の内側は違う。もっと奥から来る。脈が近い。速い。速いのはフィアの方か、俺の方か、区別がつかない。
ターミナルが開く。
術式の空白が、これまでよりずっと近い。縁がはっきりしている。今までは「何もない場所」としてにじんで見えていた。今日は違う。そこに確かな輪郭がある。空白そのものに形があるみたいだった。
縁に沿って、花びらの模様が並んでいる。
濃さが違う。深く触れた側が、濃い。
いつもの文字列を書く。内容は変えない。変えたのは接続の深さだけだ。
修正が、昨日までとは違う通り方でフィアの中へ入っていく。
指を離しても、温度だけが少し遅れて残った。
◇
「撃ってみて」
フィアが離れた。的の前に立つ。袖は肘の上まで上がったままだ。
腕が上がる。肘が固まる。魔力が集まる。動き自体はいつも通りだった。
一発目。
炎が走って、中心に当たった。焦げ跡が五つ目になった。そこまでは想定内だ。
違ったのは、撃った瞬間の見え方だった。
炎の芯の周りに、花びらの模様が乗っている。
いつもは見間違いかもしれない程度の色だ。今日は違う。形として見える。一瞬だけ、芯の周りに花が開いたみたいに見えた。それから炎が走り、的に焦げ跡を刻む。
フィアが先に言った。
「今の、はっきり見えた」
俺の声がわずかに遅れる。
「……花びら?」
「うん。濃かった。前よりずっと」
フィアは俺を見ている。袖はまだ上がったままだ。下ろさない。
「袖、このままでいいのか?」
フィアが自分の腕を見下ろした。白い肌、薄青い血管。さっき触れた場所。
それから顔を上げる。
「……いい」
「明日も、この位置で試す」
「いい」
二発目が走る。また濃い。
命中の方ではなく、その周りに出るものの方が、今日は強く残る。
◇
寮に戻ってノートを開いた。
今日は書くことがある。
ペンを持った。
「持続中」
「接続位置を肘へ変更」
「結果、命中は維持。花びらの模様は濃化」
そこまで書いて、止まる。
数字だけでは足りない。今日起きたことは、命中率の話では終わらない。
「仮説:接続の深さと、花びらの濃さは連動する」
もう一行、迷ってから書いた。
「仮説:深く触れるほど、書いていない方が濃く出る」
書いた文字を見る。「書いていない方」。曖昧だ。記録の言葉としては弱い。でも今日起きたことに一番近い。
最後に、短く書いた。
「フィアが袖を下ろさなかった」
仮説と出来事が、同じページに並んでいる。どちらも明日の実験条件だった。
窓の外は暗い。並木道の銀色は見えない。
今日は、見ていないと思う。
思うだけで、確かめたわけではない。
ノートを閉じた。




