表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
26/47

もう少し

 炎が走った。四発目だ。


 的の中心に当たって、散った。昨日までの焦げ跡の上に、また一つ重なる。三つあった跡が四つになった。中心から二センチも外れていない。


 フィアが腕を下ろした。的を見ている。沈黙が一つ落ちる。


 それから振り返った。


 的を見ないで、俺を見る。


「当たった?」


「当たってる」


 フィアが小さくうなずいた。確認の順番が昨日と同じだ。自分の目で焦げ跡を見る前に、俺の口で確かめる。


 俺は的を見たまま、ターミナルの文字列を思い出す。修正は今日も残っている。前に書いたものは五日で消えた。それと比べて、明らかに残り方が違う。あの時はもっと、じわじわ薄れていた。今は違う。文字の輪郭がそのまま居座っている。


 ノートを開きかけて、閉じた。


 今日は記録より先に、試したいことがある。





「フィア」


 声をかけると、フィアが顔を上げた。


「袖、もう少し上まで上げられるか」


 フィアの指が止まる。袖口を摘んでいた指だ。


「……どこまで?」


「肘の上。一度だけでいい」


 フィアはすぐには動かなかった。俺を見ている。断るでも、頷くでもない。


 風が訓練場の端を通り抜けて、乾いた砂を少し動かした。


 それから、フィアが袖を上げた。一度目で前腕の半分。二度目で肘まで届く。三度目で、その上まで。


 上腕の下半分が露出する。白い腕だ。血管が薄青く透けている。


 俺は一歩近づいた。指を近づける。肘の内側。皮膚の薄い場所。


 触れた。


 温度が違った。


 手首は表面だった。肘の内側は違う。もっと奥から来る。脈が近い。速い。速いのはフィアの方か、俺の方か、区別がつかない。


 ターミナルが開く。


 術式の空白が、これまでよりずっと近い。縁がはっきりしている。今までは「何もない場所」としてにじんで見えていた。今日は違う。そこに確かな輪郭がある。空白そのものに形があるみたいだった。


 縁に沿って、花びらの模様が並んでいる。


 濃さが違う。深く触れた側が、濃い。


 いつもの文字列を書く。内容は変えない。変えたのは接続の深さだけだ。


 修正が、昨日までとは違う通り方でフィアの中へ入っていく。


 指を離しても、温度だけが少し遅れて残った。





「撃ってみて」


 フィアが離れた。的の前に立つ。袖は肘の上まで上がったままだ。


 腕が上がる。肘が固まる。魔力が集まる。動き自体はいつも通りだった。


 一発目。


 炎が走って、中心に当たった。焦げ跡が五つ目になった。そこまでは想定内だ。


 違ったのは、撃った瞬間の見え方だった。


 炎の芯の周りに、花びらの模様が乗っている。


 いつもは見間違いかもしれない程度の色だ。今日は違う。形として見える。一瞬だけ、芯の周りに花が開いたみたいに見えた。それから炎が走り、的に焦げ跡を刻む。


 フィアが先に言った。


「今の、はっきり見えた」


 俺の声がわずかに遅れる。


「……花びら?」


「うん。濃かった。前よりずっと」


 フィアは俺を見ている。袖はまだ上がったままだ。下ろさない。


「袖、このままでいいのか?」


 フィアが自分の腕を見下ろした。白い肌、薄青い血管。さっき触れた場所。


 それから顔を上げる。


「……いい」


「明日も、この位置で試す」


「いい」


 二発目が走る。また濃い。


 命中の方ではなく、その周りに出るものの方が、今日は強く残る。





 寮に戻ってノートを開いた。


 今日は書くことがある。


 ペンを持った。


「持続中」


「接続位置を肘へ変更」


「結果、命中は維持。花びらの模様は濃化」


 そこまで書いて、止まる。


 数字だけでは足りない。今日起きたことは、命中率の話では終わらない。


「仮説:接続の深さと、花びらの濃さは連動する」


 もう一行、迷ってから書いた。


「仮説:深く触れるほど、書いていない方が濃く出る」


 書いた文字を見る。「書いていない方」。曖昧だ。記録の言葉としては弱い。でも今日起きたことに一番近い。


 最後に、短く書いた。


「フィアが袖を下ろさなかった」


 仮説と出来事が、同じページに並んでいる。どちらも明日の実験条件だった。


 窓の外は暗い。並木道の銀色は見えない。


 今日は、見ていないと思う。


 思うだけで、確かめたわけではない。


 ノートを閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ