書く
音が来る前に光が来た。
火球が走って、的の中心に当たって、散った。焦げ跡が重なった。昨日の跡の上に、今日の跡が乗っている。ほぼ同じ場所だ。中心から二センチも外れていない。
フィアは腕を下ろした。振り返らずに次の構えに入った。
二発目が走った。中心、やや上。昨日と同じくらいの位置だ。三発目が来て、また中心。三発とも、昨日の焦げ跡の上に重なっている。
修正が持続している。
俺はそれだけを見た。ただ壁を見て、焦げ跡を見た。昨日と今日が同じ場所に重なっている。
フィアは一言も言わなかった。構えを解いて、的を見て、もう一度構える。四発目が走った。中心の少し右。五発目が走る。中心に戻った。六発目。また中心だ。
俺は壁から目を離さなかった。焦げ跡が増えるたびに、同じ場所が深くなっていく。積み重なっていく。昨日の俺が書いたものが、今日も効いている。
◇
フィアが一度訓練場を出た隙に、ノートを開いた。
日付を書こうとして、止まった。
この数日間、何度もフィアの名前を書いてきた。着弾座標、修正前後の偏差、接続時間、ターミナル上の術式の状態。並べると表になる。どのページも同じ構造だ。日付と、数字と、条件。どのページも、同じように見える。
ペンを持ったまま、ノートの白いページを見た。
書いた。
「三日前。お前の顔、と言った。耳が赤かった」
数字ではなかった。でも手が止まらなかった。
「一昨日。壁の話を聞いた」
書いていると、あの日のことが順番に浮かんでくる。フィアが訓練場の壁に寄りかかって、三年前のことを話した。俺は聞いていた。横顔しか見えなかった。
「昨日。手を出した。温度が先に来た」
ペンが紙の上を動く。書いている間に温度が戻ってくる。皮膚じゃなくて指先の感覚が先に来て、熱があって、それからターミナルが開いた。その順番を書いた。測れない。でも確かにその順番で来た。もう一行追う。
「今日。修正が持続した。焦げ跡が重なっている」
書いてから、その一行だけが他と違うと気づいた。数字に近い。でも「重なっている」は数字に換えられない。
ページを見た。
四行ある。どれにも顔がある。
これまで何十ページも書いてきた。着弾位置、偏差、接続時間。フィアの名前は何度も出てくる。あのどのページにも、顔がなかった。今は、このページがある。
ペンをノートの上に置いた。
◇
「何書いてるの」
声がして、俺は顔を上げた。
フィアがすぐ横に立っていた。二メートル半が消えている。いつの間に近づいたのか分からなかった。ノートを覗きこんでいる。少し前かがみで、視線が俺の手元に来ている。
ノートを閉じた。
「記録」
「嘘」
フィアは即座に言った。上体を戻して、俺を見た。
「あんたの記録はもっと数字が多い」
俺は答えなかった。
フィアはしばらく俺を見ていた。何かを読もうとしているような目だった。俺も何も言わなかった。
沈黙が数秒あった。
それから視線が外れた。正面を向いた。的に向いた。
そこで気づいた。
フィアの横顔を見ていた。口の端が、ほんのわずかに上がっている。
数字には換えられない。ターミナルにも書き方がない。でも俺には見えていた。四行より先に。
何と名づけるつもりもなかった。ただそこにあった。
書かなくても、見えている。




