隣
三日目だ。
フィアはいつもの場所にいた。壁に背中をつけて、腕を組んで、袖を引き下ろして。的も俺も見ていない。視線は床と壁のあいだのどこか、特に何もないところに向いている。
荷物を下ろすあいだ、ターミナルに指が向かいかけた。止めた。昨日も止めた。一昨日も。三日目でも、止めた。
◇
二人とも、撃たなかった。
俺は右手を膝の上に置いたまま、石の床に座っている。フィアは壁に立ったまま。距離は二メートル半ほどある。
風が訓練場の隙間から入ってくる。砂が床を転がる音がした。的は今日も触られていない。
何か言わなければとは思わない。ノートを開こうとも思わない。ただいる。フィアもただいる。
それでよかった。何かをしていなければならない理由は、今日はない。
◇
「入学前から、だった」
フィアが口を開いた。壁を見たままだ。俺を向いていない。
声が静かなので聞き逃しそうになった。聞こえた。俺はノートに手を伸ばさなかった。
「魔法の訓練を始めたのは九歳。最初から暴発してた。呪文の構文は合ってる、術式のパラメータも正確、なのに弾道が毎回ずれる。師匠が四人いて、四人全員に同じことを言われた。『お前の術式には揺らぎがある』って」
フィアは続けた。ひとつひとつ事実を並べるような声だった。
「揺らぎは欠陥だって。補正してやる、って毎回言われた。でも直らなかった。三年かけて直らなかった。師匠たちは全員途中で諦めた。最後の師匠が言った。『こういうやつもいる、仕方ない』って」
俺は何も言わない。
「入学してからも同じ。担当の教師が二人変わった。二人とも最初は熱心だった。測定して、記録して、修正案を出してくれた。でも結局、記録が増えるだけで弾道は変わらない。二人目の教師は、去年から記録をとるのをやめた」
壁の焦げ跡が見える。等間隔ではない。微妙にずれながら並んでいる。三年分の暴発の跡だ。
「誰も直そうとしなかったわけじゃない」
フィアが言った。言い訳ではなく、事実として言った。
「直そうとはした。でも全員、途中で記録だけになった。記録して、測定して、『そういう傾向がある』で終わる。あたしの暴発はデータになった。直す対象じゃなくて」
俺はまだ何も言っていない。ノートは鞄の中にある。開いていない。
◇
しばらくして、フィアが言った。
「なんで聞いてるの」
俺を見た。壁から目を離して、初めてこちらに視線が来た。
「書かないから」
短く答える。
フィアが黙った。目が逸れない。逸らそうとしている気配もない。ただ見ている。
少しして、またフィアが壁の焦げ跡に目を戻した。
「……まっすぐ飛ぶって、ああいうことだったんだ」
小さな声だった。独り言に近い。
俺はその意味をすぐには掴めなかった。「まっすぐ」という言葉だけが残った。
壁の焦げ跡が並んでいる。等間隔ではない。でも全部、前に進んでいる。どれも後ろには飛んでいない。外れながらも、全部、壁に向かっている。
俺はその並びを見たまま、何も言わなかった。
風が通る。砂の音がする。フィアは動かない。俺も動かない。




