ノイズ
ガドという大柄な男が叫ぶたびに目を閉じた。
「ブレイズ!」
炎が爆ぜる音がする。ターミナルにノイズが走った。五メートル離れていると、ほとんど読めない。文字列の影のようなものが一瞬ちらついて消えた。昨日と同じだ。
三メートルまで近づいた。自然にやったつもりだが、隣にいた生徒が怪訝な顔をした。ガドの二発目。目を閉じる。ノイズが少し減った。だが断片は断片のままだった。切れ端が散らばっているだけで、何一つ繋がらない。
次は小柄な女のヒールだった。二メートルまで寄って目を閉じたが、出力が小さすぎてターミナルにはほとんど何も映らない。ぼんやりとした光の残像が一瞬浮かんで消えた。ガドの炎とも違う。スキルごとに流れてくるものが違うのか、それとも出力の問題か。
もう一度ガドの番を待つ。今度は二メートルまで寄った。さっきの三メートルよりノイズは少ない。文字列の切れ端が三つ四つ見える。だが並びに意味がない。バラバラのまま流れて消える。
距離を詰めるほどノイズは減って、断片の数は増える。だが一つも繋がらない。壁に耳を当てているようなものだ。中で何かが動いている気配はする。何が動いているかは、壁の向こう側からではわからない。
◇
フィアの番が来た。
一メートルまで近づいた。不自然な距離だとわかっている。フィアの髪から石鹸の匂いがした。
「フレア!」
目を閉じる。ターミナルに文字が殺到した。昨日の比ではない。出力が桁違いだから、断片の量も桁違いだった。画面を埋め尽くすほどの文字列が一瞬で流れて、一瞬で消えた。
だが断片は断片のままだった。量は増えた。質は変わらない。一メートルでもこれだ。
目を開けた。訓練場の煙が風に流れている。的の後ろの壁に、昨日と同じ場所に新しい穴が開いていた。
フィアが横目でこちらを見ている。
「さっきからうろうろしてんの、目障りなんだけど」
「すまん」
「何、あたしが撃つたびに目つぶってんの。気持ち悪い」
見られていた。訓練中にうろうろ近づいて、人が撃つたびに目を閉じている男。確かに気持ち悪い。返す言葉がない。
フィアが鼻を鳴らして列に戻った。つり目の金色が一瞬こちらを睨んで、それきり前を向いた。
だが一つだけ確かなことがある。一メートルでも壁の外だ。量の問題ではない。中に入る方法が要る。
◇
廊下でフィアが壁に背中を預けていた。ランプの灯りが遠く、顔の半分が影になっている。
「あんた、今日あたしが撃った時、目つぶって何してたわけ」
訓練場では追い払ったくせに、寮の廊下で待ち構えている。腕を組んで、つま先が小さく床を叩いていた。
「お前の魔法を外から読もうとしてた。読めなかった」
隠す意味がない。
「読む? あたしの魔法を?」
声が低くなった。フィアが壁から背中を少し起こす。
「俺のスキルで、お前の魔法の断片みたいなものが流れてくる。中に何かがあるのはわかった。だが外からだと壁越しだ」
「だから訓練中にあたしの周りうろうろしてたわけ」
フィアの声に刺が立った。
「一言ぐらい先に言いなさいよ。普通に気味悪いでしょ」
「ああ。悪かった」
間が空いた。廊下の奥で誰かの足音が聞こえて、通り過ぎていった。フィアが足元を見ている。壁に背中を戻して、少し間があった。
「......で? 外から読めなかったら、どうすんの」
「触ったら読めるかもしれない。明日、撃つ瞬間に手首を触っていいか」
フィアが壁から完全に背中を起こした。腕を組む。
「は? 触る?」
声が上がった。腕を組み直す。
「触らないと中が読めない」
「触ったぐらいで何かわかるわけ」
「わからない。だから触る」
フィアの金色の目がこちらを見ている。暗くて表情の細部は読めないが、目だけが光っている。廊下の奥からまた足音が聞こえて、二人の間を通り過ぎていった。フィアは足音が消えるまで黙っていた。
「勝手にすれば。ただし変なことしたら燃やすから」
それだけ言って、フィアは踵を返した。足音が遠ざかっていく。廊下の角を曲がる直前、振り向かずに小さく付け足した。
「明日の訓練の後。待ってるから」
足音が消えた。廊下にランプの灯りだけが残っている。
待ってる、と言った。頼んだのは俺の方なのに。




