fire
神官が俺の額に手を当てた。冷たい指だった。
周りの十五歳が順番を待っている。さっきの男には【フレイム】が出た。炎が掌の上で踊って、親が涙を拭いていた。その前の女には【ウィンド】。風が渦を巻いて髪を持ち上げた瞬間、教会の中が拍手で埋まった。
額に圧がかかる。神官の目が動いた。眉が寄る。手を離して、もう一度当てた。二度当てた人間は俺が初めてだった。
「【ターミナル】」
拍手は起きなかった。教会の中がしん、と静まって、後ろの列から声がした。
「......何だそれ」
神官も首を傾げている。記録盤に書き込む手が一瞬止まって、そのまま書いた。俺の後ろの列はまだ長い。次の子が呼ばれた。
目を閉じると黒い画面が浮かんだ。カーソルが点滅している。前の人生で毎日見ていた画面と同じだった。前世の俺はプログラマーだった。死因は覚えていない。この画面だけ覚えている。
三年かけて、いくつかのコマンドを覚えた。fire、water、heal。全部出る。全部弱い。それ以上のことは何も起きなかった。
◇
十八歳。入学実測試験。
出力安定指数の測定台に立たされた。fire。小さな火球が測定器に当たって、針がわずかに振れた。試験官が数値を見て、二度見した。
「......F組」
最低ランクだった。
◇
F組の訓練場は本棟から離れた別館の裏にある。的が並んでいるが半分は焦げたり割れたりしていて、まともに残っている方が少ない。
的に向かって三発撃て、と担任のグレイが言った。一発でも触れれば合格。F組の基準はそんなものらしい。
大柄な男が真っ先に出た。
「ブレイズ!」
炎が手元で爆ぜて、男の前髪が焦げた。的には届きもしない。二発目も手前で弾ける。頭を叩いて火の粉を払っている。何人かが笑った。
俺の番が来た。目を閉じる。黒い画面にカーソルが点滅している。fire。
小さな火球が的の中心に当たった。
「豆鉄砲かよ」
後ろで声がした。的の真ん中に焦げ跡だけが残っている。虫が止まったような跡だ。発現の儀でも同じ顔をされた。三年経っても変わらない。グレイが記録盤に何か書いて、次、と言った。
次に出てきた女を見て、周りの空気が変わった。
赤みがかった茶髪のショートに、つり目の金色の目。制服の首元を開けたまま、構えもせずに片手を前に向けた。
「フレア!」
空気が歪んだ。顔に熱波が来る。五メートル離れていても風圧が肌を叩いた。熱塊が的を通り越して後方の壁に穴を開け、石の破片が散った。グレイが片手で防御を張る。慣れた手つきだった。
判定は不合格。的に当たっていない。
女は肩をすくめて列に戻った。誰も声をかけない。毎回こうなのだろう。焦げた壁の穴から外の光が差し込んでいて、煙の筋が一本、まっすぐ上に昇っていた。
あの出力で不合格。真ん中に虫が止まった程度の俺が合格。おかしな話だ。
女が撃った瞬間、目を閉じていた。
ターミナルに文字列が走った。ノイズだらけで何一つ読めない。だが奥の方で、何かが一瞬だけ形を持ちかけて、崩れた。
指が太腿を叩き始めた。
◇
夜の寮の部屋。枕元のランプだけが灯っている。
三年間、何も起きなかったターミナルで、今日初めて他人の魔法の断片が見えた。
目を閉じてfireと打つ。蝋燭ほどの炎が灯る。三年間変わらない豆鉄砲だ。だが今日の訓練場では、あの女が撃った瞬間にターミナルが反応した。他人のスキルが発動した時に何かが流れてくる。今まで三年間、一人で打っていただけだから気づかなかった。
fireを繰り返しながら考える。あの断片は何だ。なぜ読めない。距離か。出力の差か。
五発目で、火の中に薄い色の破片が混じった。花びらのような何かが、焦げもせずに一瞬だけ揺れて消えた。同じコマンドを打つ。六発目は普通の火だった。七発目も同じ。八発目でまた何か混じる。今度は色が違う。
ノートに走り書きした。「同じ入力。違う出力」
自分の魔法でもこれだ。あの女の断片はもっと複雑なはずだ。
指先が乾いてくる。唇も渇く。水を飲んでからまた打つ。
窓の外が白みかけていた。ノートが三ページ埋まっている。腹が鳴った。いつから食べていないのか思い出せない。
◇
翌日の訓練場。
あの女が撃つ瞬間に目を閉じた。昨日と同じ場所に立って、同じように。
ターミナルに断片が走る。昨日よりは多い。文字列の切れ端がいくつか流れて、消えた。意味はわからない。だがノイズの向こう側に何かがある。形を持ちかけて、また崩れる。昨夜の花びらと同じだ。見えかけて、消える。
指が止まらない。太腿を叩いている。制服の布が擦れる音だけが聞こえる。
あの中身が見たい。




