再現
放課後。F組訓練場にフィアがいた。
壁に寄りかかっている。だが腕を組んでいない。袖が少しめくれていて、手首が見えている。ここ数日ずっと隠していた場所だ。今日は出ている。
何も言わずに掴んだ。昨日と同じように。
フィアは目を見開かなかった。一瞬だけ視線がこちらに来て、すぐに前を向いた。手首を引かない。脈が指の腹に当たる。昨日より落ち着いている。
目を閉じた。ターミナルにフィアのコードが広がる。昨日書いた修正がまだ残っていた。方向も着弾点も、輪郭がはっきりしている。まだ一日しか経っていない。消えるのは四日後だ。
今日は書き直す必要がない。確認したいのは別のことだ。
「撃て」
「フレア!」
的の中心を貫いた。煙が上がる。
火の中を見た。
花びらが混じっていた。昨日と同じだ。薄い色の破片が、焦げもせずに一瞬だけ揺れて消えた。
再現した。偶然ではない。
「もう一発」
「フレア!」
二発目。花びらは出なかった。的の右に少しずれた。
「もう一発」
「......ちょっと待って」
フィアの声がかすれている。息が浅い。壁に手をついた。三発続けて撃つとまだ来る。
数秒待った。フィアが息を整えて、前を向く。
「フレア!」
三発目。的の中心に当たった。火の中に、今度は透明な粒が混じった。水滴だ。花びらではない。毎回違うものが混じる。俺のfireと同じだ。
手を離した。フィアが壁に背中を預けて、目を閉じている。三発分の疲労が来ているのだろう。肩が上下している。
三発中二発に何かが混じった。同じ修正で、同じ場所に書いて、的に当たった。結果は正しい。だが書いていないものが混じっている。花びらと水滴。俺のfireに混じるものと同じだ。
これは修正の問題ではない。修正は正しく動いている。方向は合っている。着弾点も合っている。その上に、書いた覚えのない何かが乗っている。
ノートに書きたい。だがフィアがまだ呼吸を整えている。待った。
◇
足音がした。訓練場の入口から。
銀髪。エルナだ。二度目の来訪。今日は壁際ではなく、的の近くまで歩いてきた。フィアの的の焦げ跡をしゃがんで見ている。指で焦げの深さを確認していた。
立ち上がって、俺の方を見た。
「あなた、何をしているの」
初めて直接聞かれた。声は平坦だ。冷たい目が動かない。
「見てるだけだ」
「見てるだけで、F組の火がまっすぐ飛ぶようになるの?」
答えなかった。沈黙が訓練場に落ちた。焦げた匂いがまだ残っている。
エルナの目が俺の手に移った。右手だ。さっきフィアの手首を掴んでいた。フィアの体温がまだ指に残っている。エルナは俺の手を三秒ほど見て、視線を戻した。
何も言わなかった。的の焦げ跡をもう一度見て、霜の跡と比べるように首を傾げて、訓練場を出ていった。足音が遠ざかる。制服に皺がない背中が、出口の光に消えた。
フィアが壁から背中を起こした。エルナが消えた出口を睨んでいる。
「......何あいつ。また来たの」
◇
帰り道。フィアが隣を歩いている。並木の影が二人の上に落ちている。
「ねえ」
「何だ」
「あの銀髪、あんたに何か聞いてたでしょ」
「何をしているか聞かれた。見てるだけだと答えた」
フィアが足を止めた。袖を直す仕草をしたが、手首は隠さなかった。金色の目がこちらを見ている。
「......あんた、あたしの魔法のこと、あの女に言わないでよ」
声が低かった。だが昨日までの硬さはない。命令形なのに、頼んでいるように聞こえた。
「言わない」
フィアが前を向いた。歩き出す。手首が袖から出たまま、並木の下を歩いていく。
エルナの冷たい目が頭に残っている。あの女は俺の右手を三秒見ていた。フィアの手首を掴んでいた手を。何を測っていたのかはわからない。
だが今はそれより、隣を歩いている女の手首が気になっている。袖から出たままだ。隠さなくなっている。いつからだ。昨日からだ。昨日、俺が何も言わずに掴んでから。
フィアの足音が並木道に響いている。静かだ。さっきまでの三発の疲労が嘘のように、歩き方が柔らかい。




