花びら
放課後。F組訓練場にフィアがいた。
壁に寄りかかっている。腕を組んでいる。手首は見えない。昨日と同じ姿勢だ。顔がまだ白い。
昨夜、ノートに書いた。「触ったから壊れたのか?」。答えは出ていない。だがフィアの顔を見れば、詰まりが消えていないのはわかる。体が硬い。唇に色がない。昨日の「触る前の方がマシだった」という声がまだ耳にある。
壊したなら、直す。
フィアの前まで歩いた。何も言わずに手首を掴んだ。
フィアの目が見開かれた。
「は? 何して——」
「書き直す」
「頼んでないんだけど」
「お前が頼まなくても、詰まってるのは見ればわかる」
フィアの金色の目がこちらを睨んでいる。唇が開きかけて、閉じた。手首を引かなかった。掴んだ手のひらに脈が当たっている。速い。何日ぶりの接触だ。五日か六日か。指の腹にフィアの体温が戻ってくる。
目を閉じた。ターミナルにフィアのコードが広がった。空白が剥き出しだ。修正の跡が何もない。方向がない。着弾点がない。俺が書いたものが全部消えた後の、裸の空白。
方向を書いた。前方。着弾点を書いた。中心。深い場所に。空白の奥の、文字の影がうっすら浮かんでいる場所まで手を伸ばして、書き込んだ。
フィアの脈が跳ねた。肩が上がる。息が浅くなる。
「......っ」
声が漏れた。昨日の苦しい方の声ではなかった。久しぶりに通った側の声だった。フィアの体から力が抜けていくのが、手首の脈でわかった。速かった拍動がゆっくり落ち着いていく。
手を離した。フィアが壁に背中を預けたまま、目を閉じている。息が深くなっている。詰まりが、通った。
「撃て」
フィアが目を開けた。こちらを見た。何か言いかけて、やめた。前を向いた。
「フレア!」
掌サイズの高温球が的の中心を焼き抜いた。煙が上がる。焦げた匂いが広がった。
だが——火の中に何かが見えた。
薄い色の破片。焦げもせずに一瞬だけ揺れて消えた。花びらのようなもの。
俺のfireに混じるのと同じものだ。
手が止まった。
今まで自分の豆鉄砲にだけ混じっていたものだ。夜の部屋でfireを繰り返して、三発に一度、花びらや水滴が混じっていた。自分の魔法の中だけのものだと思っていた。
それがフィアの火に出た。方向を書いた。着弾点を書いた。深い場所に書いた。書いた通りに当たった。だが書いた覚えのない花びらが、火の中に混じっていた。
フィアは気づいていない。的の焦げ跡を見ている。当たったことだけを見ている。
「......当たった」
小さな声だった。昨日まで詰まっていた女が、今日は的の中心を見ている。顔に色が戻り始めている。肩が下がった。呼吸が深くなっている。
「ああ、当たった」
声が出ていたかどうかわからない。フィアの詰まりは通った。修正は効いた。的に当たった。だが俺の頭の中では花びらが回っている。書いていないものが、なぜ出た。
◇
帰り道。本棟の前を通る時、A組の訓練場が窓越しに見えた。
エルナが撃っている。アイスランス。的を貫く。音がしない。霜が広がる。
目を閉じた。ターミナルに断片が走る。ノイズだらけだ。中身は読めない。
目を開けた。エルナの的を見る。同じ場所に同じ穴が開いている。霜の広がり方まで同じに見える。結果だけなら、毎回完全に同じだ。
フィアの修正済みフレアには花びらが混じった。俺のfireにも混じる。エルナの氷には何も混じらない。
毎回違うものが出るのは、俺たちだけだ。フィアと俺。エルナの結果は毎回同じに見える。中身を確かめるには触るしかないが、結果だけ見ても差は歴然としている。
◇
部屋でノートを開いた。
「フィアの修正中に花びら混入。書いた覚えはない。俺のfireと同じもの」
その下に書いた。「エルナの結果は毎回同じ。的の穴、霜の広がり方、全部同じ。中身は触らないとわからない」
二つの事実を並べた。毎回結果が違うもの——俺のfire、フィアの修正済みフレア。毎回結果が同じもの——エルナの氷。
同じ修正を書いた。同じ場所に、同じ文字を。的に当たった。結果は正しかった。だが書いていないものが混じっていた。
俺のfireには前から混じっていた。それが今日、フィアの火にも出た。俺が書いた修正を通して、俺の揺らぎがフィアに移ったのか。それとも、もともとあったものなのか。
ペンが止まった。




