白百合に祈る
かつてこの花にたとえられた人に助力を乞うように、甘い香りを抱きしめながらそっと祈る。
「あら、ニナ。元気にしているかしら?」
「奥様?」
両手いっぱいに白百合を抱えた貴婦人にニナは目を瞬いた。
数年前、ノクトに跡目を譲った先代と共に別邸へと引き上げたはずの彼女がどうしてこんなところに、しかもこの屋敷のものであろう百合の花を抱えて歩いているのだろうか。
「ふふ、ノクトがお姫様を囲っているって聞いたから見に来ちゃった!」
ウフフと可愛らしく笑う彼女にげっそりしているノクトとジオの顔が見えた気がした。
ボス、先輩、お疲れ様です。
心の中でそっと労いながらニナはニコニコと微笑む彼女に口元をゆるめる。
剣術にのめり込んでジオに出会い、ノクトに紹介されて、飛び出すように家をでてきたニナにとって彼女は第二の母親と慕う存在でもある。
「もう姫様にはお会いになられたのですか?」
「それがまだなのよ。ノクトったらはぐらかしてばっかりで……」
あ、嫌な予感……。
「ねぇニナ、お願い」
ニッコリとハートマーク付きで微笑まれてしまえばニナに抗う術はない。
彼女の突然の訪問に焦ったノクトとジオはおそらく自室へとルナを押し込んだはず。
けれどあのルナが大人しくしているはずもなく、きっと今頃談話室へと自分を探しに来ている頃だ。談話室で偶然会ってしまった分には仕方がない。
そう割り切ってニナは彼女と共に談話室へと足を進めた。
「ニナ!!」
扉を開けるなり、弾けるような笑顔で迎えられてニナは遠い目になる。
やっぱりか。想像通りと言えばそうだけれど、ボスも先輩も詰めが甘いよなぁと思いながら後ろから早く会わせろという圧力をかけてくる彼女を紹介することにした。
「姫様、こちらはボスのお母様のアリア様です」
「はじめまして、可愛らしいお嬢さん」
「ノクトのお母様……?
は、はじめまして!ルナと申します。お会いできて光栄です」
「ふふ、そう堅くならないでちょうだいな」
ちょこんと可愛らしくお辞儀したルナにアリアはゆったりと微笑む。
その間にニナはお茶の用意をした。
「あら、ありがとう。ニナもお座りなさいな」
「……失礼します」
ソファーに腰を下ろしたニナとルナを見てアリアは優しく目を細めた。
「貴女たちには感謝しているのよ?
今日久しぶりに会ったあの子たちは随分優しい顔をするようになっていて驚いたくらいだもの」
「確かに姫様が来られてからボスは別人かと思うほどですが」
そこに自分も含まれていることに首をかしげるニナにアリアは可笑しそうにコロコロ笑った。
「まぁ!そうなの。ふふふ、そうね。あの子は見かけによらずヘタレだものね」
ひとりで納得したかのように頷くアリアにニナとルナは首をかしげるばかり。
「奥様?」
「可愛いお嬢さんたちにとっておきのお話を聞かせてあげようかしら」
「とっておきのお話?」
「いつか、ニナにはディアナ様が白百合にたとえられていると話したわね?」
「はい。だからこのお屋敷には白百合が植えられているのだと」
「そうね。
あぁ、ルナ嬢はディアナ様をご存知かしら?」
「はい。ノクト……様、から初代様の奥方様だと聞いています」
「ふふ、いつもどおりでいいわよ。
……いいこと?これは侯爵家の女に伝わるとっても大事なお話よ。
心して聞きなさい」
突然真顔になったアリアにニナとルナは目を瞬いて真剣な顔を作る。
それに満足したアリアはゆっくりと自分がこの家に嫁いできたときに義母から伝え聞いた話を話し始めた。
侯爵家初代夫婦の恋物語を―――――――……。
「だから侯爵家―――夜の闇に生きる女という方がいいかしらね、にとってこの白百合は特別なお守りなのよ。
ディアナ様のように強く、真っすぐ、情熱をもって生きられるように。
後悔せずに胸をはって生きていけるように」
そこまで語るとアリアは懐かしむように遠くを見ていた瞳をニナとルナに向けた。
「まだ若い貴女たちにはきっと沢山の困難が待っているわ。
だけど負けないで。辛くなったらこの花を思い出しなさい。
夜の闇には―――貴女たちにはディアナ様の加護があるのだから」
少女たちがどんなときも前を向いてしっかり生きられるように。
このあどけない少女が息子の希望であれるように。
この素直ではない少女が息子の右腕の少年の支えであれるように。
夜の闇を照らす優しい月のような光であれるように。
そんな願いを白百合に込めて少女たち一輪ずつ手渡す。
わからなくていい。理解できなくてもいい。知っていてくれるだけでいい。
けれどしっかりと白百合を受け取ったニナとルナの瞳は話をする前とはどこか違って見えた。
白百合に祈る
(彼女たちにディアナ様のご加護がありますように……)




