ロマンチック・ラブ・イデオロギー
「おかえりなさい!」
飼い主の帰宅を察知した子犬のように満面の笑みを浮かべて駆けてきたルナにジオが呆れたように息を吐く。
じゃじゃ馬姫め、普段のマナーのレッスンが全く活かされてない。
というかこないだ成人したんだからもう少しそれらしくしろ。
心の中で愚痴りながらジオは主の反応を見てゆるゆると首を振った。
咎める立場にあるはずの主はさっきまでの不機嫌が嘘のように口元をゆるめてマナーもへったくれもない少女を受け入れている。
ゆったりとした足取りでルナを追いかけてきた後輩もまた微笑ましそうにその光景を見守っているのに気が付いて、自分だけが目くじらを立てるのが馬鹿らしくなったジオはルナが来てからメキメキ上がっているスルースキルを発動した。
どうせいつも通りこのまま仲良く並んで執務室まで戻り、お茶を淹れさせられるんだ。
ここはもう放っておいてさっさと準備をしよう。
そう決めてその場を離れようとしたとき、珍しくルナの不機嫌な声がホールに響いた。
「ノクトのバカーーーー!!!もう知らないっ!!!」
回れ右してひとり駆け出したルナと意味が分からず立ち尽くす主。
パチリと目を瞬いた後慌ててルナのあとを追いかけた後輩。
ジオはまた面倒なことになった頬を引き攣らせた。
「……姫は一体どうしたんだ?」
とりあえず眉間に皺を寄せて最悪の機嫌に戻った主に声をかける。
「知るか。いきなり眉を寄せたと思ったらあれだ」
「まぁ、そのうちニナが報告に来るだろ」
「……」
あぁ、胃が痛い。
ジオはズキズキする頭と胃を抱えて主の不機嫌の原因である少女を追いかけた後輩が1秒でも早く報告に来ることを祈った。
+++
その頃、ルナは瞳に涙をいっぱいためてクッションを抱きしめていた。
ルナを追いかけてきたニナはその様子にどうしたものかと頭を悩ませる。
なにせこんなこと初めてだ。
ノクトの言うことにルナは素直に従っていたし、今日のように急にルナが怒りだしたことなんてない。
というか、こういうのは先輩の担当なんじゃないだろうか。
半分本気でそんなことを考えながらニナはとりあえずルナの話を聞いてみることにした。
「姫様、一体どうなさったんですか?」
「……女の人の香水の匂いがした」
そ の せ い か ! !
ニナは盛大に顔をひきつらせた。
これは本気でどうしたものか。
ノクトから女ものの香水の匂いがするのは仕方がない。
今日の外出はノクトの見合いだったのだから。
「ニナだってイヤでしょう!?」
「えぇっと、それは、」
うるうる。
答えを引き延ばすだけうるんでいくルナの瞳。
ニナはあっさりと白旗をあげた。
「ソウデスネ」
ルナが来る前は普通にノクトが数々の美女と大人のお付き合いをしていたことを知っているニナとしては香水くらい別にどうってことはない。
というか最近何故か女除けとしてパーティーに連れていかれるニナはノクトとジオに向けられる熱い視線の数々を知っているので今更特になにも思わない。
けれどルナは違うのだろう。屋敷の中のノクトしか知らない。
ルナに甘く優しいノクトしか知らない。
先日、社交界デビューしたといってもノクトはルナに付きっ切りだったし、ルナもノクトしか見ていなかった。周りの視線に気づく暇なんてなかっただろう。
ノクトがどれだけ女性にモテるのかなんてルナは知らない。
「……本当はあんなこと言うつもりなかったの。
でも、でもなんだかムカムカして、すごく嫌な気持ちになって」
とうとうグスグスと泣き出したルナをニナは優しく抱きしめた。
ニナだってジオが他の女性に囲まれていたらいい気分はしない。
けれど、ニナはジオが彼女たちに興味がないことをなんとなく知っている。
それに、ジオに群がるどんな綺麗な女性たちよりも、どんなに高貴な女性たちよりも自分のほうが優遇されていることに気が付いている。それが例えただの妹分、後輩としての扱いだとしても。
だけど、ルナは知らない。気づかない。
だから今ルナの胸を掻き乱している感情もわからないでいるのだろう。
数年前の自分のように。
ニナは自分の腕の中で泣きじゃくる無垢な少女を抱きしめながら祈るように目を閉じた。
ロマンチック・ラブ・イデオロギー
(どうか貴女がその答えを見つけますように)
お題提供『確かに恋だった(http://have-a.chew.jp/on_me/)』様




