第9話 ある朝の話
「いやぁホントすんません。泊めていただいただけでなく、食事まで」
「いいんですよ。困った時はお互い様ですから」
もりもりとパンを齧るぷぅちゃんを横目に、深々と頭を下げる。
相手はテーブルの向かい、村長の娘さんだ。どこか楽しそうに笑う彼女に感謝しつつ、俺もまた出来たてのパンへと手を伸ばした。なおぷぅちゃんは椅子に座っていると見せかけて、実はほんの少しだけ魔法で浮いている。いわゆるホバー状態だ。そうでもなければ、こんな木製の椅子など一瞬でお釈迦にしてしまうであろうから。
森を抜けた後、俺とぷぅちゃんはあるトラブルに直面した。
端的に、道を間違えていたのだ。俺が臨時パーティーと共に森へ入ったのは東から。しかし脱出の際にどうやら方角を間違えていたらしく、正反対の西側から出てしまったのだ。つまりは森を横断した形となる。トラブルなどと言いはしたが、なんということはない。シンプルに俺のミスだ。やっとの思いで森を抜けたと思えば、目の前に広がるのは初めての景色。それはもう頭を抱えたものである。
それからぷぅちゃんとタヌキを連れ、荒れた道に沿ってひたすら歩いた。
繰り返すようだが、古代遺跡シャレムはとにかく僻地。それは東だろうと西だろうと同じことだ。うっすらと道があるために迷いこそしないが、人里までの距離はなかなかのもの。平坦なばかりでないその道のりは、俺のようなオッサンにはひどく堪えた。なお道中、ぷぅちゃんが『空間魔法』なる如何にもレアそうな魔法を習得していることが発覚したのだが————それはさておき。
結局俺達がこの村にたどり着いたのは、森を抜けてから三日後のことだった。食料や道具の大半は馬車に残していたし、僅かに持っていた携帯食料も、いざというときの為にぷうちゃんへ譲っていた。正直なところ、かなりギリギリだったと言えるだろう。そもそもの話、馬車は恐らく臨時パーティーの彼らが乗って帰っている——無事脱出に成功していればの話ではあるが——であろう。持ち主の居なくなった馬車を放置するメリットなど何も無いので、そうしてもらわないとむしろ困る。
俺にとってはそれなりの額で買った馬車だが、特に愛着があるわけでもないボロ馬車だ。回収は既に諦めているし、こうして命があっただけでマシというもの。有効活用してもらえれば幸いである。
さてそんなわけで辿り着いたこの『レーテ村』だが、村と呼ぶには少し規模が大きかった。
異世界で『村』と聞けば、古い開拓村のような場所を思い浮かべる人が多いだろう。狭い敷地に簡素な家屋、少ない住人が身を寄せ合い、といった具合にだ。しかしこの村はそうではなかった。水車や橋、綺麗に均された道。なだらかな草原を闊歩する家畜、少し遠くには岩肌から落ちる滝。小さめの湖と川、それらの周囲に点在するのはしっかりとした家屋。造りこそ木造やレンガではあるものの、掘っ立て小屋などとは似ても似つかない。そうした抜群の景観は、地球ならば観光地として大きな人気を博していたことだろう。ほとんど街の一歩手前である。
とはいえ住人は三百人程しか居ないらしく、あくまでも村。
そんな村をまとめ上げている家の娘さんが、目の前の彼女であった。
「見ての通りの田舎でして、この村を訪れる人はそう多くないんです。お客さんは大歓迎ですよ」
事情を説明——もちろん詳細はぼかして——した際、頂戴した言葉がこれだった。
こうした辺境の村では、余所者は避けられるものだと思っていた。勝手なイメージではあるが、排他的であるのが普通だと。しかし蓋を開けてみればこの通り、何処の馬の骨とも知れないオッサンが転がり込んできたというのに、こうして無償で一宿一飯を提供してくれた。排他的だなんだと勝手なイメージを抱いていたこと、伏してお詫び申し上げます。
「それでニャーさん達は、これからどうされるおつもりなんですか?」
「ん……とりあえず、大きな街を目指すつもりです。この村からだと、一番近い街はどこになりますかね?」
「それならスィーリアの街ですね。ここから南に、馬車で三日です」
そう言って地図を見せてくれる娘さん。
地図と言っても当然、現代にあるような精密なものではない。近隣のざっくりとした位置関係を掴むだけであれば、といった程度の地図だ。もちろん俺も行商の真似事をするにあたり、周辺地理は頭に入れていた。だが脱出の際に道を間違え、現在は森と山を挟んだ正反対の村に来てしまっている。仕入れていた地理情報は、もはやまるで役に立たなくなっていた。なお余談だが、この近辺には俺がぷぅちゃんと出会った『古代遺跡シャレム』の他に、『イルの地下遺跡』と『古代神殿アーシェ』というダンジョンが存在する。遺跡多すぎだろ。
「私たち村人もよく、スィーリアには行くんです。といっても月に数回ですが…………とっても綺麗な街ですよ、人も沢山いますし」
娘さん曰くスィーリアという街は、国内で四番目に大きな街らしい。この国唯一の魔法学園が存在する街であり、また魔法に限らず、様々な分野の研究が盛んに行われているとのこと。いわば学園都市的な位置づけだろうか。兄貴の手帳復元を目的のひとつとしている俺には、ある意味うってつけの街だと言えるだろう。もちろん兄貴の手帳を託せるほど、信頼できる研究者が見つかるかどうかは別問題であるが。
「成程…………折角ですし、とりあえずそこを目指そうと思います」
「はい、それがオススメです!」
娘さんはニコニコと笑い、再びぷぅちゃんの方へと視線を向ける。先ほどからパンに伸ばす手を動かし続けていたぷぅちゃんの頬は、すっかりパンパンになっていた。
「ふふ、おいしい?」
「ふつう」
「ふふふ、そっかぁー!」
如何に訪問客が珍しいからといって流石に行き過ぎな気もするが、随分とまぁ気に入られたものである。俺もちゃんと歓迎されてはいるが、ぷぅちゃんはその比ではない。得体の知れないオッサンとかわいらしい幼女&タヌキでは、比べることすら失礼な気もするが。ともあれこうして村長一家のご厚意に甘えつつ、一先ずの行き先を決めたのだが————。
「……ん?」
長閑な田舎の村には似つかわしくない、なんとも騒がしい声が家の外から聞こえてきた。
「なんですかね?」
「なんでしょう?」
どうやら娘さんにも心当たりはないらしく、怪訝そうな表情を浮かべている。一体何事かと窓から覗いてみれば、そこには村長と、小柄な女性の姿があった。一見したところ、女性の方が村長に対して詰め寄っているように見える。その表情は険しく、ともすれば現代クレーマーのように見えなくもない。
「…………どちらさんです?」
「うーん…………誰でしょう?」
この村は規模こそそれなりだが、住人が特別多いわけでもない。むしろ規模の割に少ない方と言える。そんな村に昔から住んでいるのだから、娘さんは村の住人全てと顔見知りである。ほとんど家族のようなものだ。つまり娘さんが顔を知らないということは、村長に詰め寄るあの女性はこの村の人間ではないということ。
この村の長が、村の外の人間に絡まれている。
この時点で、何かトラブルが発生しているということが容易に想像できた。
「ちょっと様子見てきます」
「えっ、でも」
包帯と添え木で固定された腕を見て、娘さんが心配そうな声を上げる。そんな娘さんを手で軽く制し、そのまま席を立つ。
怪我をしている上に、所詮は俺も村外の人間。つい先日転がり込んできただけの、得体の知れないオッサンだ。本来であれば、首を突っ込むべきではないのかもしれない。だがそんな怪しい人間を快く迎え入れ、こうして治療と食事まで提供してくれたのだ。出来ることなら力になりたかった。
「ちょっと話を聞いてくるだけですよ。それに職業柄、クレーマーの扱いには慣れてるもんで」
正確には前の職業柄、だが。




