第8話 拾っちゃった
夜の森は危険。
そんなことは重々承知の上で、俺達は移動を強いられていた。先程はどうにかオーガを撃退出来たものの、次も上手くいくとは限らない。というより、まず上手くはいかないだろう。
ぷぅちゃん曰くの、俺に備わっているという『ヤニの加護』。いわゆる異世界転移に付随するチート能力なのだろうが、しかしそんな降って湧いた怪しい力を、心から信頼する気にはなれなかった。俺がもっと若ければ、あるいは現状を楽しめたのかもしれない。『異世界無双』だとか『チーレム』だとか、そんな馬鹿げた妄想を膨らませていたのかもしれない。
(…………まだオッサンに片足突っ込んだ程度だと思ってたけど、中々重症だ)
成程確かに、この世界にはそういった『スキル』的なモノが存在しているとは聞いていた。だが俺は日本人で、そんな超常のチカラとは無縁の生活を送ってきた人間だ。故に異世界らしい特殊能力を獲得していた喜びよりも、困惑や不信感が先にくる。この『ヤニの加護』とやらが、俺にはとにかく気持ち悪かった。自身の経験や、積み重ねに依らない力というものが。理由の分からない自身の変化が。
元はごく普通の営業マンだ。
馬鹿みたいな身体能力はもちろん、戦う技術なんてものは当然持ち合わせていない。だというのに、理由も分からないまま格上の魔物に勝ててしまった。解き方も、そもそも何を問われているのかすらも分からない難解な数式が目の前にあったとして、何故だか答えだけは分かってしまう。例えるならそんな感覚だろうか。気持ち悪いに決まっている。
「にゃー、うれしくない?」
「そんなことないさ。上手く使えばきっと役に立つ能力だと思うよ。ただ…………いいかいぷぅちゃん。オジサンってのはね、世界で一番自分を信じられない生き物なんだよ。たった一度の成功体験で浮かれられるほど、オジサンは自分を信じちゃいないんだ。それが理屈で説明出来ない現象なら尚更ね」
「めんどくさいね」
「だろ? だから若い子に避けられがち」
この『ヤニの加護』が俺にとって有用なのは確かで、けれど手放しに喜ぶような、そんな気分にはなれなくて。
どうにか気持ちの落としどころ、折り合いをつけられればよいのだが。
そんな風に考えながら、森を歩く。
既に月は沈み、微かにだが太陽が顔を覗かせ始めていた。ちなみにこの世界、太陽(?)はひとつだが月(?)はみっつもある。それぞれ大きさも色も少しづつ異なり、なんというか————ちょいキモだった。地球で見る月が綺麗なのはきっと、ひとつしかないからだ。至極どうでもいいことではあるが。
そうしてぷぅちゃんを連れて歩くこと暫く、漸く森の終わりが見えてきた。
森歩きの専門家でもない素人の二人としては、これはかなりの早さだと言えるだろう。この早さで踏破出来たのは、偏にぷぅちゃんの足取りが全く衰えなかったおかげだ。歩行速度そのものは幼女らしく激遅だが、しかし小枝や石などといった小さな障害物をまるでものともしない。藪や茂みもなんのその。もちろん疲れなど知らないため、結果的にかなりの進行ペースとなっていた。
「とはいえ、流石に疲れたな…………ホラぷぅちゃん、出口だよ」
そう言って先を指差し、後ろを振り返る。
そこにはあるはずの、ぷぅちゃんの姿がなかった。
「…………え? 嘘でしょ? さっきまで居たじゃん!?」
歩行速度もぷぅちゃんに合わせていたし、逐一後ろの確認もしていた。というより、手を繋いでいた筈だ。それがどういうわけか、気づかぬうちにぷぅちゃんは居なくなっていた。
「ぷぅちゃん!? おーい!」
慌てて踵を返し、森の中へと呼びかける。
するとその直後、すぐ傍の茂みからガサガサという音が聞こえ――――。
「ここ」
「おるんかい」
相変わらずの眠そうな瞳で、ぷぅちゃんがもそもそと姿を見せた。ざっと下から上まで見た限り、特に怪我をしている様子はなかった。先程までと変わらぬ姿である。
ただ一点を除いて。
黒と茶のふさふさとした毛皮。全体的にずんぐりとしていて、どこか鈍くさそうな出で立ち。そんな毛玉がぷぅちゃんに両脇を抱えられ、だらりと垂れていた。
「…………たぬき?」
幼女に抱えられ『もうだめです』と言わんばかりに垂れているのは、どこからどうみてもタヌキであった。
「つかまえた」
「えぇ……あの短時間で何してんのさ……っていうかタヌキって日本固有の生き物だと思ってたんだけど、異世界にもいるのね。あ、あと野生動物は菌とかいっぱい持ってるから触っちゃ駄目だよ」
見た目こそ愛くるしいものの、飼育下にない動物は基本的に触ってはならない。これは地球ではほとんど常識である。というわけで教育がてら、ぷぅちゃんを優しく諭す。しかしぷぅちゃんはタヌキを逃がすことなく、何かを言いたげにじっとこちらを見つめていた。
「たぬきじゃない、せいれい」
「せいれい…………? ってもしかして精霊!? あの? そのタヌキが!?」
当初は冒険者を志した手前、知識だけは相応に入れてある。故にひどくざっくりとではあるが、精霊についての情報も頭に入っていた。
精霊とは、自然界の様々なものに宿る超自然的な存在である。
見た目は小さな小動物や小人のような姿をしている場合が多いが、妖精の上位種とも言われており、その身に宿す力は非常に大きい。ほとんどの精霊は魔法の扱いに長けており、また彼らが使用する魔法は精霊魔法などとよばれ、人間が用いるそれとは全く別の体系をしている。その可愛らしい姿とは裏腹に危険度が高く、目撃しても手を出さないのが基本的な扱いとされている。まぁなんというか、簡単に言えばファンタジーでお馴染みのアレだ。
「そう。めずらしい」
「はー…………ただのタヌキしか見えないのになぁ。ちなみに、どういう精霊なの?」
だがもちろん俺も、精霊なんてものをこの目で見るのは初めてだ。そんなファンタジーを代表する異世界らしい存在に、なんだかんだ言いながらも内心ではワクワクしていた。どうやらぷぅちゃんはこのタヌキのことを知っている様子だったので、詳しい話を聞いてみる。するとぷぅちゃんは少し考える素振りを見せた後、このタヌキについての情報を教えてくれた。
「きんたまがでかい」
「タヌキじゃねぇか」
クソみたいな情報だった。
「あと、ひとをばかすのがとくい。へんしんまほうとか」
「どう考えてもそっちが先でしょ…………やっぱタヌキじゃねぇか」
危うく騙されるところだったが、やはりどう聞いてもタヌキであった。とはいえ、人を化かすのが得意というのはただの伝承、要するにファンタジーだ。もし変身魔法とやらが本当に使えるのであれば、成程確かに精霊なのかもしれない。少なくともただのタヌキではない事は確かだろう。生憎俺には妖精と精霊の違いなど分からないし、見た目はただのまるまるとした鈍臭いタヌキでしかないため、俄には信じ難いが。
「返してきなさい」
「いや。ぷぅがつかまえたので」
子供が猫を拾ってきた時、親の気持ちというのはこんな感じなのだろうか。とはいえ、正直にいえば別にそこまで問題ではない。エサ代などたかが知れているだろうし、ぷぅちゃんが喜んでいるのならそれでいいような気もしている。
「まぁもう別にいいか……とりあえず森から出よ」
「なまえはジークフリート」
「え、名前かっこよ」
「…………あ、めすだ」
「適当に喋りすぎでしょ」
果たして精霊など飼ってもよいのだろうか、という疑問を除けばだが。
ちなみに後から知った話だが、このタヌキは『シフトテイル』という名前のガチ精霊だった。精霊の中でも特に珍しい存在で、ギルドの記録にも殆ど残っていない激レア精霊だったそうな。果たして、精霊にエサは必要なのだろうか。




