第10話 出会って二秒で即敗北
「だーかーら! ちょーっと案内してくれるだけでいいんだってば。先っちょ! 先っちょだけだから!」
「いえ、そうは言われましても…………」
女性の身長は百五十センチ程。
髪は栗色の外ハネショートボブで、くりくりとした猫目からは活発そうな印象を受ける。ポケットが沢山ついたジャケットに外套、腿まであるロングブーツにショートパンツ。ベルトには小さなポーチやホルスターがいくつも提げられ、試験管や薬瓶のようなものが挿されている。『ゲームに出てくる錬金術師と盗賊の中間っぽい』というのが、俺が感じた第一印象だった。
ぐいぐいと詰め寄る女性に対し、村長はただただたじろぐばかり。
結構な身長差と年齢差があってなお、どちらが攻めているのかは明白だった。
「村長」
「お……おぉ、ニャーくん!」
俺の顔を見るや否や、分かりやすく安堵の色を顔に浮かべる村長。
俺とは昨日出会ったばかりで、信頼もへったくれもない状態だというのにだ。年頃の娘さんひとりに、俺達の世話を任せていた事もそうだ。田舎らしいといえばらしいし、こうした部分が田舎の魅力でもあるのだが————いくらなんでも無防備というか、人が好すぎる気もする。助けてもらった立場で気が引けるが、初対面の人間をもう少し警戒するべきだと思います。
「ちょっと声が聞こえたもんで。どうしました?」
「あぁ、いやぁそれがね…………」
そうして目の前の小柄女性に気を使いつつ、村長は状況を説明してくれた。
なんでもこの女性、実はかなりのお偉いさんらしく、個人的な趣味————古代遺跡調査の為に、件のスィーリアからわざわざやってきたそうだ。そうして村長の元を訪れ、開口一番にこう言った。とにかく時間がないから、スムーズな調査の為にも誰か案内人を貸して欲しい、と。
遺跡までの道のりはそう複雑なものではないが、さりとて一本道というわけでもない。加えてこんな片田舎の詳しい道など、地図に載っている筈もない。成程確かに、時間を惜しむのであれば案内人が不可欠だろう。ならば最初から道を知っている人間、それこそ遺跡に行ったことのある冒険者を街で雇ってくればよかったのに、とも思ったが————そこはどうやら事情があるのだとか。
こうした依頼は、実は初めてのことではないそうだ。
年に一度あるかどうかといった頻度だが、こうして案内を頼んでくる冒険者は居るらしい。近くに住んでいるからといって、村人が遺跡の方まで足を伸ばすことはほとんどない。しかし森の入口くらいまでならばそれなりに赴くし、道自体は知っている者が多い。遺跡までの案内くらいであれば、村のほとんどの大人が可能だという。実際これまでは報酬こそ頂戴するものの、快く案内を引き受けていたそうだ。
では何故、今回に限って協力を渋っているのか。
それにはつい先日発生したという、ある『森の異変』が関係していた。
なんでも数日前の夜、遺跡の方から突如『凄まじい光』が発生したのだそうだ。その『光』は遠く離れたこの村からも見えるほどで、まるで陽でも上ったのかと見紛う強烈な『光』だったらしい。更には嵐のような轟音と、激しい地鳴りを伴っていたという。それはまさしく天変地異でしかなく、その夜村人たちは戦々恐々とし、皆が皆家に引きこもっていたそうだ。うーん、嫌な予感。
そうして翌日、森近くの高台まで様子を見に行ったところ————そこには綺麗にくり抜かれた山と崩れた崖、そしてまるで線を引いたかのように、綺麗に分かたれた森があったらしい。一夜にして環境が変わったせいか、野生動物や魔物の動きにも変化がみられ、普段よりも数割増しで活発になっていたという。
村から森まではそれなりに距離があるため、魔物による被害が直ちに出るほどではない。しかし現在の森は危険だと判断し、村人の立ち入りを一時禁止することにしたそうだ。状況の推移を監察しつつ、場合によってはスィーリアの冒険者ギルドへ魔物討伐の依頼を出すべきだ、という話も挙がっているのだとか。そうした事情があり、女性からの案内依頼を丁重にお断りしたところ、現在の状況になってしまったと。村長の話をまとめると、概ねこんなところである。
(ははーん…………?)
背中を冷や汗が伝う。
「な、なるほど。そういうことなら仕方ないんじゃないかなぁ……うん」
だが顔には出さないよう、腹の中でどうにか動揺を握りつぶす。口の端が引き攣るが、気合で平静を装う。上司の嫌味を聞きつつ、内心で他の事を考えるのは得意なんだ。そうして自分と戦っていたところで、小柄女性の目がじろりとこちらを捉えた。いきなり出てきて何なんだ、といったところか。
「村長、彼は一体誰なんだい?」
「え、ああ…………彼は昨日、この村にやって来た冒険者さんですよ。怪我をされていたので、ウチで介抱しておりました」
「…………へぇ、冒険者。ってことはキミ、この村の住人じゃないんだ」
まるで品定めするかのような視線から一転、今度はそのくりっとした瞳を悪戯っぽく歪ませる。ちっこいくせに態度はデカめだ。ともすれば人を小馬鹿にした態度に見えなくもないが、しかし不思議と嫌な感じはしなかった。嫌な予感ならひしひしと感じているが。
「キミ、名前は?」
「…………ニーヤだ」
「ん? ああなるほど、それで『ニャー』か。まぁなんでもいいや。ボクの名前はアムだ」
「はぁ。どうも初めまして」
突然の自己紹介。
しかし日本人の性か、とりあえず挨拶を返してしまう。
どうやら彼女————アムのターゲットは村長から俺に変わったらしい。
「キミに儲け話があるんだが、どうだい? 内容は『古代遺跡シャレム』までの道案内だ。報酬は…………そうだね。怪我をしているようだし、ポーションと金貨一枚でどうだろう」
「なっ…………本気で言ってる?」
まだ何の返事もしていないというのに、矢継ぎ早かつ一方的に条件を提示するアム。村人が森に入れないのなら、村人ではない俺に依頼をというわけだ。
だがはっきり言って、このアムの依頼は破格も破格だった。もしこんなものが冒険者ギルドに掲示されていたならば、あっという間に争奪戦が始まることだろう。
まずそもそもの話だが、この世界のポーションは普通に高い。
現代におけるファンタジー作品ではすっかりお馴染みとなっており、ほとんどの者が『安価な下級万能薬』くらいのイメージを持っていることだろう。しかし実際に異世界で売られているポーションの値段は、概ねどの店でも金貨一枚は下らない。金貨一枚といえば、日本円にしておよそ十万円ほど。装備や移動、宿代などといった様々な事に金を使う冒険者達にとって、安いはずがない。それでも命には代えられないからと、無理をしてでも用意しておくべきモノ。それがこの世界におけるポーションの位置づけだ。
つまりアムの依頼は全冒険者垂涎の、ちょっと道案内するだけで二十万円相当の報酬がもらえる『バカ依頼』というわけだ。
「生憎とお金には困っていないものでね。しかし時間には追われていてね、報酬の高さはその分だと思ってくれ。時間は貴重だぜ? 生きている間に使える時間には限りがある。当たり前のことだ。そんな他人の時間を買おうって言うんだ、そのくらいは出すさ。それじゃあ早速打ち合わせを————」
が、しかし。
「だが断る」
もちろん金は欲しい。
馬車も商売道具も、果ては荷物までも失った身だ。先立つものはいくらあっても困らない。それにここ数日で判明したことだが、ぷぅちゃんの食費が恐らくヤバい。あの自称兵器の幼女は、まぁとにかくよく食べる。活動力の維持が目的ではなく、魔力の補充が目的だからだろう。あれだけのごんぶとビームを軽々と放ってみせた彼女だ、その最大魔力量も凄まじいに違いない。もはやエンゲル係数の妖精と呼ぶべきだろう。
そんな俺達にとって、この依頼はまさしく渡りに船。
しかしそれらのメリットを差し置いても、デメリットの方が勝ると俺は考えていた。だってそうだろう、遺跡をぶっ壊して、森貫いて、山をくり抜いたんだ。もしバレたらどうなるか分かったもんじゃない。いくら異世界でもさすがに怒られるんじゃないだろうか。そんな現場にもう一度向かうだって? 放火犯じゃないんだからさ。
「…………へえ、これは予想外だったな。断られるとは思わなかった」
「悪いが他をあたってくれ」
現時点で既に、村長をクレーマーから解放することには成功している。
であれば長居は無用だ。どこぞのお偉いさんであるらしいアムと関わることは、俺達にとってリスク以外の何ものでもない。
そうして話を切り上げ、踵を返そうとしたその時だった。
アムが不意に近づいてきたかと思えば、村長には聞こえない程度の小さな声で、ぼそりとこう告げた。
「森の異変————キミ、関係してるだろ」
「えっ」
「チクっちゃおうかなぁ…………」
口角を上げ、村長からは見えない角度でニヤリと笑って見せるアム。
突然のことに二の句が継げず、アムの顔を凝視してしまう。そんな俺を見て、まるで確信を得たかのように笑みを深めるアム。
(しまっ…………カマかけられた!)
この反応こそが失態だったということに気づいた時、俺にはもう選択肢が残されていなかった。
「はぁ…………分かった、分かったよ。引き受ける」
「おっ、そうかい? いやぁそれは助かるなぁ!」
俺の態度に満足したのか、アムはわざとらしく笑いこちらへと向き直った。
「それじゃあ改めて————ルヴィリア王国筆頭魔導技師のアム・グリムライトだ。よろしく頼むぜ、冒険者のニャーくん?」




