第11話 嘘はついてない
魔導具。
ダンジョンや遺跡などから発見される『古代遺物』を模倣した、いわば『人工遺物』とでも呼ぶべき道具の総称だ。ランプや調理器具などといった生活必需品に、大掛かりなものでは街の設備まで、その利用方法は多岐にわたる。そして魔導技師とは『古代遺物』の研究・解析、および魔導具の開発を専門とする魔術師のことだ。この世界では魔導具こそが、人々の暮らしを支えていると言っても過言ではない。
故にほとんどの国で専門の研究機関が置かれており、また職業としても、魔導技師は重要な位置づけとなっている。ルヴィリア王国筆頭魔導技師様とやらがどの程度の地位を誇っているのかは分からないが、しかし少なくとも、この年若い少女にしか見えないクレーマーは、俺が想像していたよりも遥かに大物であった。ちなみにルヴィリア王国というのは、今俺達が居るこの国の名称だ。
そんな国のお偉いさんであるアムは今、アホみたいな顔で呆けていた。
「ぷぅはぷぅ」
「これは…………驚いたな」
いつものように、眠そうな瞳のまま自己紹介をするぷぅちゃん。
しかしアムの目線は今、ぷぅちゃんではなくその頭上に注がれていた。
「精霊を見るのは初めてではないけれど…………まさかこんなところで、本物のシフトテイルを見られるなんてね」
不思議なもので、段々とぷぅちゃんの表情が読み取れるようになってきた。いやまぁ、もちろん表情は一切変わらないのだが。そしてぷぅちゃんは今、多分ちょっとムッとしてる。お気に入りの自己紹介をスルーされたからだろう。とはいえ、もさもさした丸タヌキを頭に乗せたぷぅちゃんは控えめに言って大変に可愛らしい。目を奪われるのも仕方のないことだろう。俺ですら自然と笑顔になってしまうほどだ。まぁアムの場合、ジークの方に目を奪われ過ぎな気もするが。
「ぷぅはぷぅ」
「おっと、すまない。驚きのあまり少し呆けていたようだ。ボクはアムだ。よろしく頼むよ、ぷぅくん」
なおアムには、ぷぅちゃんの事を『姪っ子』として説明してある。
カマかけに引っかかったとはいえ、具体的な証拠を掴まれているわけでもない。馬鹿正直に全てを白状するつもりはないし、最後までしらばっくれるつもりでいた。加えてアムも、本当に案内役が欲しかっただけなのだろう。あの場で脅されてからこちら、『異変の件』について深堀りしてくるような事はなかった。
が、ぷぅちゃんの正体がバレればどうなるかは分からない。
ぷぅちゃんはああ見えて古代の兵器、つまりは古代遺物の一種と言って差し支えないだろう。それも恐らくは前例のない、古代遺物の常識を覆しかねない存在だ。そんなことが筆頭魔導技師様にバレでもすれば、最悪ぷぅちゃんが連れて行かれてしまうかもしれない。現状バレているような気配は微塵もないし、万が一の場合は全力で抵抗するつもりだが、いずれにせよ注意するに越したことはないだろう。
「だれ? ほろぼしていい?」
「絶対駄目でしょ…………なんか成り行きで手伝うことになっちゃった」
「そ」
「勝手に決めちゃってゴメンね。もしアレだったら、ぷぅちゃんはここで待っててもいいから」
「いい、ぷぅもいく。ひまなので」
口数は少ないが、恐らくぷぅちゃんは本当に怒っていない。
というよりも、多分興味がないのだろう。表情こそ読み取れるようにはなってきたが、しかしぷぅちゃんが何に興味を持ち、今何がしたいのかなどといった部分はまだまだ読み取れない。或いはこのあたりも、ぷぅちゃんの記憶が戻れば分かってくるのだろうか。取り敢えず初手でバイオレンスに持ち込もうとするのだけはやめて欲しい。
「相棒が居るとは聞いていたけどね…………まさか精霊使い、それもシフトテイルの契約者だとは思わなかったよ」
「そんなに珍しい精霊なの? この丸タヌキが?」
「その丸なんとかいうのが何なのかは知らないけどね。シフトテイルは精霊の中でも非常に強い力を持っていると言われていて、同時にとても警戒心が強いんだ。そもそも人の居る場所には絶対に近づかないと言われているし、仮に運良く出会えても、すぐ何かに擬態し逃げてしまう。発見例自体がほとんどないし、まして契約に成功した例なんてものは、少なくともボクは聞いたことがない」
やや興奮気味に、オタク特有の早口でそう説明してくれるアム。
魔導技師である彼女にとって、恐らく精霊に関しては専門外であろうに。それでもこれだけ興奮するということは、どうやら本当に、このタヌキは凄い精霊であるらしい。しかし発見例自体がほとんどないというのであれば、一体どうして強力な精霊だと分かるのやら。そしてもっと言えば。精霊との契約について詳しく知っているわけではない為なんとも言えないが————多分ぷぅちゃんは、ジークと契約なんてしていない気がする。捕まえたとか言ってたし。
「姪っ子を連れて行くと聞いた時は驚いたけれど…………これなら何の問題もなさそうだ。よし、それじゃあ今度はボクの連れを紹介するよ。馬車の見張りを頼んでいるんだ」
「あ、ツレとかいたんだ」
「ボクみたいなか弱い美少女が、ひとりでこんなところまでやって来たとでも? 流石に護衛のひとりくらい連れてくるさ」
* * *
村長の家でぷぅちゃんを拾い、そのまま三人で村の入口へ。
そこには幌付きの如何にも上等な馬車が一台停められており、傍らには一人の男の姿があった。
腰には如何にも上等な長剣を佩いている。馬の世話をするその表情には柔和な笑みが浮かべられており、温厚な性格をしていることが見て取れた。その容姿は遠目にも整っており、軽装だというのにひどく格好良かった。どこぞの王族の近衛だ、などと言われてもあっさり納得出来てしまうレベルである。
「おーい、戻ったぜー」
よほど動物が好きなのだろうか。
そんなアムの言葉が聞こえるまで、男は俺達の接近に気づいていなかった。
「随分遅かったね、アム。まさか案内を断られたのに、ああだこうだと無理を言ったんじゃあないだろうね」
「オイオイ、ボクを何だと思っているんだ。ちょっと頼んだら快く協力してくれたとも」
まるで見てきたかのように状況を言い当てる男と、平然と嘘を吐くアム。
そんな嘘すらも見抜いているのか、男は困ったように眉を顰めた。
「はぁ…………僕はアッシュ・ティリオンと申します。アムが無理を言って申し訳ない」
「これはどうもご丁寧に。一応冒険者のニーヤです。なんというかその…………苦労されてそうですね」
「分かりますか。実は私も、半ば無理矢理連れてこられまして。まぁ毎度の事ではあるんですが…………団に戻ったらまた何を言われるやら」
眉間に指を当てながら、沈痛な面持ちで未来を憂うアルシェ。
どうやら彼もまた、アムによる被害者の一人であるらしい。
「コイツはボクの幼馴染でね。こう見えてこの国の騎士なんだぜ。おまけに以前は冒険者としても活動していた、まさに今回の調査にうってつけの男ってワケさ」
「こう見えてっつーか、どこからどうみても立派な騎士様にしか見えんが。ていうか騎士って勝手につれてきていいモンなのか……?」
「もちろん良くはない。というかそもそもだけど、ボクが今ここに来ていることからしてよろしくないからね。帰ったら大目玉だぜ、はっはっは」
方や筆頭魔導具師様。
方や国の正騎士様。
どちらもしっかりとした役職を持ち、言わずもがな責任ある立場だ。アムは大目玉と言うが、果たしてその程度で済むのだろうか。
「さて…………それじゃあ自己紹介も済んだし、さっそく遺跡に向かおう。急がないと、いつ追手が来るか分からないからね」
「泥棒かな?」
ともあれ、俺達は遺跡に向かって出発した。
「あ、そうだぷぅちゃん。念のため、二人の前では魔法使わないで」
「……? わかった」
正体バレを防ぐためにも、一応ぷぅちゃんに釘を刺しておく。
とはいえ騎士様もいることだし、仮に道中で魔物と遭遇しても、俺達が戦闘に参加するようなことにはならないだろう。魔物が活発になっているという話もあったことだし、何もなければよいのだが。




