第6話 ヤニ売りの幼女
ぷぅちゃんの作った大穴を駆け抜け、息を切らしつつ地上へ出る。
そうして後ろを振り返れば、そこにはすっかり崩れ落ちてしまったダンジョンの姿が。如何に強固で知られるダンジョンといえども、あれほどの大穴が開いては形を保てないらしい。
トコトコとマイペースに歩くぷぅちゃんを連れ出すのには、随分と苦労した。
見た目からはとても想像出来ないが、彼女は死ぬほど重かったのだ。ぷぅちゃんくらいの年齢——あくまでも外見からの推測だが——であれば、恐らく平均体重は三十キログラムにも満たないだろう。その点ぷぅちゃんは、俺が引っ張る程度ではびくともしなかった。
「軽トラでも牽いてんのかと思ったよ」
「てれる」
「うんうん、褒めてはいないよ」
ツッコミを入れつつ、先程の光景を思い出す。
こちらの世界にきて二か月、俺も何度か『魔法』というものを目にしている。もちろん世界トップクラスの大魔法などは知らないが、少なくとも戦闘で使用されるレベルのものだ。そんな少ないながらも目にしてきたこの世界の『魔法』と、ぷぅちゃんの放った光線。もはや比較するのもバカバカしくなるほど、その威力には開きがあった。
「ダンジョン、ぶっ壊しちまった」
信じ難いことではあるが、しかし信じる他無い。
彼女は本当に、危険な兵器なのだと。兄が何らかの目的で生み出した、最強兵器幼女なのだと。
「そういや兄貴、飛んでいっちまったなぁ」
「ごめん」
「いいさ。あの人は結構、そういうとこドライだったから」
兄は『死んだ後のことになど興味はない』『墓もいらん。俺が死んだら骨はゴミ箱にでも捨てろ』などと大真面目に宣うタイプだった。元々研究畑の人間――何の研究をしていたのかは知らない――だったこともあってか、興味のないことにはとことんドライな性格だった。故に、あの世で怒っているなどということはないだろう。
「さて、それじゃあ街に戻るか――――と、言いたいトコなんだがな」
周囲を見渡せば闇、闇、闇。
今俺達が居るここは、街から離れた場所にある古代遺跡ダンジョン(跡地)だ。当然ながら人の生活圏外であり、街灯などといった生活灯は存在しない。地表の木から山から、ぷぅちゃんが全部ぶち抜いたおかげで星明かりは届いているが、所詮はその程度のもの。少なくとも、森の中を練り歩けるような光量ではなかった。
「時にぷぅちゃん、明かりとか持ってたりする?」
「……」
俺の持ってきたランタンは、落とし穴へ落ちた際に破損。
このままココで朝を待ってもいいが、しかし魔物は当然ダンジョン外でも現れる。如何にぷぅちゃんが居るとはいえ、出来れば森くらいは抜けておきたかった。兵器として作られた幼女に求める機能ではないかもしれないが、駄目で元々だ。そうして尋ねてみたところ、ぷぅちゃんはじっとこちらを見つめ————突如、全身から七色の光を放ち始めた。
「えぇ…………何それ」
「あかり」
暗い森の中、びかびかと激しく明滅するぷぅちゃん。
明かりというよりミラーボール、最早ゲーミング幼女である。服を貫通してケバい光を放っているのは、はてさて一体どういう原理なのか。なんともシュールで微笑ましい光景ではあるが、しかしこれは目立つどころの話ではない。イカ釣り漁船も真っ青の集敵性能だ。このまま光り続けていれば如何に低難度ダンジョンといえど、すぐに魔物の群れが押し寄せてくるであろう。
「…………やめとこうか」
「ざんねん」
結局、俺達は大人しく朝を待つことにした。
そうしてぷぅちゃんと二人、小さな焚き火を囲むこと暫く。
静かな森の中には、ただパチパチと燃える小枝の音だけが響いていた。
もちろん聞きたいことは山程あるが、しかし父娘ほども歳の離れた相手に、何を話せばよいのかが分からなかった。
ふと視線を向ければ、俺があげた携帯食料をもそもそと食べるぷぅちゃんの姿。どうやら普通に飯は食うらしい。そんな微笑ましい姿を眺めつつ、懐から煙草を取り出そうとして————ダンジョン内で吸ったアレが、最後の一本だったことを思い出した。
「あー……そういやそうだった」
元いた世界から持ち込めた、唯一のモノ。
こんな異世界でも、元の世界を感じる事ができた唯一のモノ。
成程、大切なモノは失って初めて分かるというのは、案外こういうことなのかもしれない。
そんな気落ちする俺の方を見て、不思議そうに首を傾げるぷぅちゃん。
「どしたの」
「あーいや、なんでもない。煙草切らしちゃったってだけ」
「そ。じゃあ、つくる」
「…………え?」
言うが早いか、困惑する俺を他所にぷぅちゃんが立ち上がる。
そうして足元に生えていた草をおもむろに毟り、先ほどまで椅子代わりに使っていた丸太の上へポイ。じっと草を見つめたあと、両手を翳して唸り始めた。直後、またもや彼女の手から光が放たれる。先程ダンジョンを崩壊せしめた『ごんぶとビーム』に比べれば、随分と小さな光ではあったが。
「むむむ」
「ぷ、ぷぅちゃん?」
「むむむ……ふんす」
ぷぅちゃんがむんむん唸っていたのは、時間にすればほんの五秒ほどだろうか。
くるりと俺の方を振り返ったぷぅちゃんは、心なしかドヤ顔をしているような気がする。ぱっと見は相変わらずの眠そうな半眼だが。
「できた」
「できたって…………まさか煙草!?」
「そう」
光が収まった時、丸太の上には小さなケースが鎮座していた。
掌サイズのソフトケース、ビニールの包装。パッケージこそ見たことのないものだったが、しかしそこには確かに煙草が生まれていた。
「ま、マジで? オイオイオイ…………」
「ぷぅはれんきんまほう、ちょっととくいなので」
「れんきんまほう……あ、もしかして錬金魔法か!?」
錬金魔法。
設定によってその効果は様々だが、大抵の場合は『ある物質を別のモノへと変化させる』技術、或いは魔法。
成程確かに、ファンタジーではお馴染みと言っても過言ではない要素だ。俺もサブカルにはそれなりに精通していた為、その手の話はよく知っている。地球で言うところの錬金術とは、そもそもからして別物である事がほとんど。作品によっては、無から有を生み出すなんてことを平気でやっていたりもする、いわばとんでもファンタジー技術である。今回はそこらへんの草を使用しているあたり、どうやらぷぅちゃんの錬金魔法は『変化系』らしい。
「おぉ…………ぷぅちゃん、貴女が神か」
「……? ぷぅはぷぅ」
「それはそうね。ところでその…………早速吸ってみても?」
「……? にゃーのためにつくった」
「ちょっとこの子、可愛すぎんか」
ゆっくりと、ぷぅちゃんの作った煙草を手に取る。
パッケージには可愛らしいひらがなで『めぷぅす』と書かれていた。どうやら俺が付けた名前も、存外気に入ってくれているらしい。
もう手に入らないと思っていただけに、歓喜で震える手。
フィルムを剥ぎ取り、銀紙を片方だけ破り、ケース上部を軽く何度か叩く。すると『さぁ手に取れ』と言わんばかりに何本か煙草が飛び出す。そのうち一本を抜き取り、口に咥え、軽く息を吸いながらライターで火をつける。チリ、という葉が燃える音に、思わず目頭が熱くなった。そうしてゆっくりと煙を肺へ送り――――。
「…………フゥー」
「どお?」
「…………ゲロマズ」
「だめか。ざんねん」
残念ながら『めぷぅす』はクソ不味かった。
もちろんぷぅちゃんに煙草の味などわかるはずもなし、仕方のないことではある。
「い、いやっ! でもホントうれしい、ありがとね」
「いいよ」
味は散々だが、どうあれ煙草は煙草。無いよりはずっといい。
それに素材として使うモノによって、何か変わるかもしれない。それを思えば『めぷぅす』には伸びしろしかない。
「いやぁしかし、ぷぅちゃんのおかげで一気に元気出てきたなぁ。今なら魔物もボコボコに出来そうだぜ」
「おお。じゃあそのちょうしで、がんば」
そう言うと、トコトコと元いた丸太の上へと戻ってゆくぷぅちゃん。
「うん? ぷぅちゃん? 一体何の話を――――」
そうして俺の問いかけを遮るように、小さな手で俺の背後を指さす。
「まもの」
刹那、低く大きな咆哮が夜の森を震わせた。




