第5話 ガテン系幼女
ベッドの上でぱたぱたと足を揺らす幼女。
手帳を前に頭を抱える俺。
「いや何これ。マジでどういう…………どういう?」
「げんきだして。どんまい」
情報を得るため、疑問を解消するために遺品を漁ったのだ。
それがどうだ、結果は新たな謎が増えただけ。頭を抱えずにはいられない。
手帳をそっと、そうっと開いてみれば。
少し力を込めるだけであっさり折れてしまいそうなページ達。黄ばみに黄ばんでおり、もはや褪せているというレベルの話ではない。今にも崩れ落ちそうなページを指先でつまみ、爆弾処理かなにかを思わせる慎重さでめくってゆく。紙同士がくっついて、うまく開かない。それでもどうにか、文字らしきものが確認出来た。いや、ただの染みかもしれないが。
兄が実家を出て上京したのは十数年も前のこと。仲は良かったが、しかし俺にとっての兄とは、とうに居なくなってしまった人なのだ。いくら血を分けた兄弟だといっても、兄の筆跡など覚えてはいない。そもそも文字かどうかすら分からない。解読など夢のまた夢。それでも————こんな有様でも。兄弟の絆、なんてクサい理由でもないであろうが。不思議とこれが、ただの染みにしか見えないこれが、兄の文字だと確信出来た。
兄は確かに、ここにいたのだと。
「…………あぁ、くそっ」
兄がここにいた理由など、考えたところで分かる筈もない。
そもそも時間軸がまるで合わない。十数年前に消えた兄が、こちらの世界では推定数百、数千年前の人物となっている。
マメな性格の兄だ、手帳が解読出来ればいろいろなことが分かるのかも知れないが————現状ではとても読めたものではない。
そんな中で、分かったこともある。
蒸発したと思っていた兄貴は確かにここにいて、そして何らかの目的でこの幼女を造った——手段については今どうでもいい——ということ。この幼女は、謂わば兄貴の忘れ形見。つまり俺にとって、彼女は姪っ子のようなものなのだ。つい先程までは、フラグだなんだと言って関わりを避けようとしていた。そもそも自分の命すら諦めようとしてた。しかし今は違う。知らぬ存ぜぬで彼女をここにおいていくことなど、もう俺には出来ない。
情けない話だが、腹を括ったわけじゃない。
覚悟が決まったわけでもない。俺自身、まだこの世界のことを何も知らない。だがそれでも、やらなければならないことができた。できてしまった。そう思えばこそ、柄にもなく気力が湧いてくる。こんな俺の一体何処に隠れていたのやら。
ボロボロのきったねぇ手帳を、慎重にバッグへ詰め込む。
そうして俺は、退屈そうにしている幼女の方を振り返った。
「なぁキミ…………あー、えっと」
「対なんか用人型決戦兵器・A82-CODE:APOCALYPSE」
「そうそれ。それじゃ長すぎて呼びにくいし、他の呼び名はないのかい?」
「ない」
「なら、俺が新しく付けても構わないかい?」
本人曰く物騒な兵器らしいが、しかし見た目はただの可愛らしい幼女でしかないのだ。あのクソ真面目な兄貴がつけた、らしいといえばらしい名前ではあるが――――そんな物騒な名前はとても似つかわしくない。であればこそ、何か代わりの呼び名が必要だろう。
「いいけど」
「よし、それじゃあ…………『ぷぅ』ちゃん、なんてどうだい」
言わずもがな、アポカリプスの『プ』からとった形だ。
兄貴の事を笑えない、クソみたいなセンスだとは思うが――――それでも『カリプーちゃん』とかよりはいくらかマシだろう。
「…………」
眠そうな半眼のまま、名前を吟味するかのように俺を見つめる幼女。
気に入ってくれたのか、それとも気に入らないのか。表情が変わらないため、感情は読み取れない。もちろん彼女が怪しい決戦兵器だなどと、見た目からはとても信じられない話だ。しかしここは何でもありの異世界で、かつ、こんな怪しい場所に長年隠されていた存在なのだ。あり得ないとは言い切れないし、もしもは起こりうる。機嫌を損ねてしまった場合、今度こそ本当に滅ぼされてしまう可能性は十分にあった。何度でも言うが俺は弱いんだ。
(頼む、気に入ってくれ…………ッ)
目を細め、祈るような気持ちで幼女を見つめる。
そうして待つこと数十秒。無表情な決戦兵器幼女は、ゆっくりと口を開いた。
「ぷぅはぷぅ」
「やったぜ」
* * *
目的と呼べるものがいくつかできた。
ひとつは、ぷうちゃんの世話をすること。
兄貴の忘れ形見である彼女を、こんな場所に放って置くことなど俺には出来ない。だがこれに関しては問題ない。例えるなら親戚の子を預かるようなものだ。小さな子供一人増えたところで、何の問題もない程度の稼ぎはある。そもそも自称兵器である彼女が、人と同じように食事をするのかなどといった疑問もあるが、仮にそうだとしても所詮は幼女がひとり。どちらにしてもたかが知れている。
もうひとつは、ぷぅちゃんの記憶を取り戻すこと。
ぷぅちゃん本人はあまり気にしていない様子だが、さりとて、自身の存在意義を見失っている現状を健全とは言い難い。優先順位はそれほど高くないかもしれないが、出来ればどうにかしてあげたい。もちろん自称兵器ということで、結果次第ではとんでもないものを目覚めさせてしまう可能性もあるが――――まあその時はその時だ。今のぷぅちゃんを見ている限り、そう酷いことにはならないだろう。彼女の製作者があの兄だというのなら尚更に。
みっつ目は例の声だ。
これの優先度は最も低い。頼み事云々とやらの内容が抽象的で要領を得ないし、何より頼みを聞く理由が俺には無い。とはいえ俺がこの世界にやってきた原因であると思われるので、完全に放置するのも少し気味が悪い。総じて、記憶の片隅においておくくらいで丁度いいだろう。
そして最後に、兄貴の手帳。
わけもわからぬまま異世界に放り込まれた俺にとって、この手帳はほとんど唯一の手がかりだ。
解読するなり、復元するなり、どうにかして中を検めたい。これに関してはその道のプロ、考古学者的な人物の助力が必要になるだろう。当然ながらこんな田舎にはひとりも居ない為、もっと都会の――――それこそ王都、或いはその手の研究が盛んな国を訪ねる必要がある。
今現在で分かっている目標は、概ねこんなところだろうか。
いずれにせよ、まずここを脱出しなければ何も始まらないということだ。
「とりあえず、ぷぅちゃん。一緒にココから出よう」
「いいよ」
そうしてとりあえずの提案をしてみれば。
まだ軽く自己紹介をしただけだというのに、二つ返事だった。
「軽ぅい。俺から提案しておいてなんだけど…………いいの?」
「いい。にゃーからは、なんかしってるにおいがするので」
「兵役帰りの飼い主と再会した犬かな?」
制作者と血縁関係にあるのが原因だろうか。
もしかすると遺伝子レベルで判断しているのかもしれない。
ともあれ、嫌がっている様子はないので一安心といったところか。
しかしここで問題がひとつ。
「ところでぷぅちゃん、一応聞いてみるけど…………出口とか知ってたりする?」
「しらない」
そう、ここは深い落とし穴の底。
そのまた更に奥へと転がり落ちた先の、隠し部屋。
俺がすっぱり生存を諦める程度には、脱出困難な場所である。
そしてぷぅちゃんもまた、長らく――どのくらいの期間かは知らないが――眠りについていた。先ほど聞いてみたところ、ぷぅちゃんは今回が初起動ということらしい。そんな彼女が、出口を知っているはずもなく。もしかすると周辺マップ等がデータとして入っているのでは、という淡い期待も空振りである。
「参ったね…………どうしたもんか」
頭を掻きながら思案する。
心機一転、これからという時にこれだ。
いざという時に決まってコケる、実に俺らしいオチであると言えよう。
そうして頭を悩ませる事しばらく、いよいよ煮詰まりそうになったところで、不意に服の裾が引っ張られた。
視線をすこし下に落とせば、そこには小さな手で俺の服を摘む、眠そうなぷぅちゃんの姿が。
「ゴメンゴメン、今ちょっと脱出方法を考えてるから」
「でぐちをつくればいい?」
「ん? ああ、まぁそう…………なのかね?」
もちろん俺も考えた。
出口が無いなら作ればいいじゃない、と。
しかし何度も言うように、ここはダンジョンの地下深く。
穴を掘って出るなど、道具もない上に片腕が使えないこの状況では、とても現実的ではない。
「わかった」
しかしぷぅちゃんはたった一言、当たり前のようにそう言った。
「でもまぁ流石に…………ん? 分かったって、ぷぅちゃん一体何をするつもり――――」
「むむむむむむ」
そんな俺の言葉を遮るように、突如として激しい光を放ち始めるぷぅちゃん。
否、厳密には違う。巨大な眩い魔法陣がぷうちゃんを包み込んだ、というべきだ。それと同時に、部屋全体がカタカタと揺れ始める。
「むむむむむむ」
「オイオイオイ、なになになに!? 一体何が始まるんです!?」
みっともなく狼狽する俺を無視し、ぷうちゃんがその小さな掌を頭上に翳す。
すると室内を所狭しと駆け巡っていた魔法陣が、その手の先へと吸い込まれるように集まってゆく。
「むむむむむむ」
「ぷ、ぷぅさん!? もしよかったら説明して欲しいなって――――」
「むん」
裂帛の気合(?)と共に、ぷうちゃんが腕を斜め前方へ突き出す。
刹那――――音と光が、全てを消し去った。
雷鳴が可愛く思えるほどの轟音。
だというのに、不思議と鼓膜は無事で。
視界を覆い尽くす閃光。
だというのに、不思議と眼は無事で。
あまりの衝撃に吹き飛ばされ、室内を転がる俺。
吸い上げられるように光へ飲み込まれ、塵となって消滅するデスクと数々の機材と兄貴。
そんなこの世の終わりのような光景が、大凡五秒ほども続いただろうか。
眼前には、目を疑うほどの大きな大きな穴が空いていた。部屋の壁も天井も、ダンジョンを形成する地面も、ここらで最も高いとされる山すらもぶち抜いて。
光が駆け抜けたその道にはまるで蛍のように、輝く魔力の残滓がふわふわと漂っていた。
地面に転がったままの俺へと、無表情のまま眠そうな瞳を向けるぷうちゃん。
そうして誇るでもなく、ぷぅちゃんはただ淡々とこう告げた。
「でぐち」
「デカすぎんだろ……」




