第4話 なにわろてんねん
「カスのにゃーはここでなにしてる」
「ニイヤね、ニーヤ」
「にゃー」
どうやら発音が難しいらしい。
非常に可愛いらしいので、もうこれでよしとする。
「俺は冒険者の付き添いっつーか、まぁその、手伝いで来たんだよ」
「ぼうけんしゃ」
「そうそう。知らない?」
「しらない」
異世界にやってきた現代人の職業として、冒険者は定番中の定番だ。こちらの世界でも広く知られた職であり、有名になればかなりの稼ぎを得られる浪漫職ということで、人気も高い。そんな冒険者を知らないこと、そして部屋の荒れ具合と先ほどの『長期スリープ』という発言。やはりこの幼女は、かなりの年月ここで眠っていた様子である。下手をすると数千年単位かもしれない。
だがいずれにせよ、俺は冒険者ではない。
否――――冒険者ではあるのだが、ほとんどドロップアウトしていた。
考えてもみて欲しい。
仮に、所謂チート能力なんてものがあったとして。
或いは、大人と子供ほどの能力差があったとして。
平和な世界を行きてきた現代人が、異世界で活躍などそう簡単に出来るものだろうか。人間などよりも余程大きく、野生動物なんかより余程凶暴。そんな魔物達を相手に、戦えるものだろうか。
例えば、世界一の身体能力を持っていたとして。
例えば銃を、刀を、防具を装備していれば。
果たして、熊と正面から対峙出来るだろうか。戦えるだろうか。恐怖を覚えることはないだろうか。
ゲームや漫画なんかでは雑魚モンスターとして扱われがちなゴブリンですら、実際にはひどく恐ろしい存在だ。
例えるならアレは、粗雑とはいえ武器を所持しており、なおかつ目を血走らせながら、こちらを全力で殺しにかかってくる小学生のようなものだ。我が身を顧みず、ただ敵を殺す為に全力で突撃してくる子供だ。おまけに大抵の場合は二、三体で群れており、小学生よりもずっと力が強いときている。
昔、小さな人形が人間に襲いかかるホラー映画があった。
ゴブリンはアレとそう変わらない。
命を奪うことへの忌避感や、技術面での話はこの際おいておくとして。
仮に自分が屈強な軍人だったとして、無傷で制圧出来ると言い切れるだろうか。
答えは否だ。異世界ってのはそんなに単純な場所じゃない。
そんなわけで冒険者を半ば諦めた俺は。
なけなしの金——目覚めた際、いつの間にやらポケットに入っていた金だ——の一部で安物の馬車を買い、付近の村から村へ、移動販売のようなことをしていた。当然ながら商人としての経験があるわけではないため、ただの真似事に過ぎない。街で買い付けた生活必需品なんかを、少し割高で売り歩く程度のものだ。
だがこの世界は現代と比べ、物流機能がさほど発達していない。
加えて既存の商人達は利益の最大化ばかりを求めるため、活動地を大きな街とその周辺に限定しがちだ。つまり俺のようななんちゃって行商でも、田舎の村々ではそれなりに需要があるということ。目利きなどは当然出来ないが、しかし元々営業職だったおかげか、必要ないであろうモノをそれっぽく売りつけるスキルだけはあった。それらのおかげで細々とではあるが、生活費と馬の餌代を稼ぐくらいのことはギリギリ出来ている。
そんな事を続けていたある時、商売のために立ち寄った村でとある冒険者パーティーと出会った。曰く辺境の遺跡の調査依頼を受けたが、メンバーの一人が来られなくなってしまい困っているとのこと。そんなところに偶然、一応は冒険者である俺が来たものだから渡りに船。荷物持ち兼臨時メンバーとして、そして何より足として、探索を手伝ってくれないかと頼まれたワケだ。もちろん最初は断ったが、聞けば戦闘は任せてしまって構わないと言うではないか。最低限の自衛さえしていれば、あとは物資の運搬だけしてくれればよいと。であればと報酬に釣られ、ノコノコやって来たというのが顛末である。
ちなみにこの時彼らの受けていた依頼は『遺跡周辺で度々目撃されている、怪しい人影の調査』というほとんど都市伝説のような内容だった。どう転んでも、どう報告しても失敗しようのない簡単な依頼だ。『適当に遺跡を探索して基礎を学んでこい』と言い換えても何ら問題のない、ギルドが用意したチュートリアル的クエストだと言って良い。薬草採取の親戚みたいなものだ。まぁ俺のせいで失敗しているのだから笑えないが。閑話休題。
「そんでまぁいろいろあって、落とし穴に落ちて腕が折れて、今ここってワケ」
「くさ」
「なにわろてんね…………え、草!? なんでそんな言葉知ってんの!?」
驚き詰め寄る俺を見つめ、しかし真顔のまま、眠そうに小首を傾げる幼女。
何度も言うがここは異世界で、地球ではない。『草』などというスラングを聞くことは絶対にあり得ない。だが今、この幼女は間違いなく『草』と言った。それも正しい用法で、だ。
「わたしのちしきは、すべてせいさくしゃによっていんぷっとされたもの」
「…………もしかして、制作者は日本人?」
俄には信じがたいが、しかしそうとしか思えなかった。
そうでなければ説明がつかない。
「あれがそう」
「へ……?」
そう言って幼女が指さす方へ、釣られるように視線を向ける。
部屋の隅、どこか既視感のあるデスクがひとつ。壊れたモニターと、煤けたマグカップ。そして――――。
「えぇ………普通に骨あるじゃん……こわ」
大きなカプセル棺と幼女の登場に動転し、今の今まで気づかなかったが。
椅子の上には、恐らく人だったであろう骨が鎮座していた。否、僅かに形を残し大半は崩れているので、鎮座というと少々語弊があるか。
「あれが、キミの制作者ってこと?」
「たぶんそう。ぶぶんてきにそう」
デスクの方へと恐る恐る足を進める。
仮にもし、本当にこの幼女を作ったのが日本人だったなら。それはつまり、俺以外の転移者ということになる。謂わば俺にとっての先輩だ。であれば――もちろん気は進まないが――調べないわけにはいかない。今自分が置かれているこの状況を詳しく知れるかもしれないし、或いは元の世界への帰還方法などといった、何かしらの手がかりが得られるかもしれないからだ。
ひとまず骨に手を合わせ、デスクを物色させてもらう。
こちらの世界に来てしばらく、なんだかんだで俺にもそれなりの度胸がついていたらしい。
砂や埃に塗れたデスクを、顔を顰めながら探る。どうやらこの制作者は、整理整頓をきちんとするタイプだったらしい。デスクの上にはほとんど何もなく、見つかったものといえば小さな手帳くらいのものだった。異世界らしからぬ設備の数々を見るに、恐らく重要なデータは全て機械の中に保存されているのだろう。当然ながら、調べることは出来ない。
ボロボロの、ひどく汚れた手帳。
それを指でつまみ上げ、息を吹きかけて埃を飛ばす。
表紙の隅に、小さくロゴマークのようなものが見えた。
――――既視感。
「…………え?」
慌てて手帳を床に置き、折れていない方の手で拭う。
砂汚れの下から現れたのは、所有者の名入れ刻印。ボロボロで、掠れて不鮮明。
けれど。
「おい…………嘘、だろ」
見紛うはずもない。どれだけ劣化していようとも、忘れるはずがない。
何故ならこの手帳は、俺が初めてプレゼントしたものだったから。
崩れた骨の方を、ゆっくりと振り返る。
「…………兄貴、なのか?」
懐かしくも気取った笑顔が、そこにあるような気がした。




