第3話 幼女(大嘘)
人形のように長いまつ毛。
こんな薄汚れた場所にあって尚、キラキラと月光のように輝く美しい銀髪。身に纏っているのはまるでゲームのキャラクターのような、フリフリとしたドレス。将来は美人さんになるであろうこと間違いなしの、とても可愛らしい幼女であった。
意地でも手放さなかった煙草を燻らせながら、ベッド上で眠る幼女から距離を取る。
「…………見なかったことにしよう」
もしこれがゲームの世界なら、イベントフラグということになるのだろう。無視するなど以ての外、まずはどうにかしてこの幼女を起こすべきなのだろう。だが俺の勘は言っている。数々の理不尽を経験してきた俺の勘が、脳内で激しく警鐘を鳴らしている。この幼女には絶対に関わるべきではない、と。
ダンジョンの奥地、それもトラップ内に隠された通路の最奥。
剣と魔法の異世界には不釣り合いな、近代的装置の数々。
その内部で、やはり隠されるように眠っていた幼女。
誰がどう考えたって異様な光景だ。どうせ一度死んだ身、何があっても怖くない。そう思っていた時期が俺にもありました。
「というか、そもそも生きてるのか……?」
普通に考えれば、まず生きている筈はない。
周囲を見渡せば、積もりに積もった大量の埃、陰鬱な空気。
部屋の様子から察するに、劣化具合は数年どころの話ではない。となれば――あまり考えたくはないが――彼女は死体である可能性が高い。そう考えて、もう一度幼女の姿を確認する。そこでふと、違和感に気付いた。
「…………綺麗すぎないか?」
変な意味ではなく、彼女は文字通り綺麗過ぎるのだ。
部屋の内部がこれほど荒れているというのに、幼女には僅かな汚れも見られない。むしろ砂埃に塗れた今の俺よりも、余程清潔な姿をしているようにすら見える。何度も言うが数十年、或いは数百年単位で放置されていたような、そんな部屋なのだ。怪しいカプセルの中に居たとはいえ、それにしたって異常だろう。
じっと幼女を観察する。
彼女の胸が小さく、ゆっくりと上下している事に気付いた。
「嘘だろ、マジで――――」
あまりにも信じがたい光景に、そう俺が呟いた瞬間だった。
咥えていたくしゃくしゃの煙草、その火種部分がいつの間にか消し飛んでいた。
「…………え?」
綺麗に、それこそ刃物かなにかで切り落とされたかのように。
「くさい」
次いで聞こえたのは、眠そうで舌足らずな声。
ここには自分しか居ないはずなのに、だ。
突然の出来事に、すわホラーかと思わず後退りしてしまう。勢い余って転倒し、尻まで強打する程だった。そんな情けない姿を晒す俺の眼前で――――先程まで眠っていた幼女が、ゆっくりと身体を起こしていた。
「んむ…………」
きょろきょろと辺りを見渡し、目をしぱしぱと開閉させる幼女。
瞳は半分ほどしか開かれておらず、ひどく眠そうなその瞳をごしごしと手で擦る。なんとも可愛らしい仕草だが、しかしこの時の俺は、とてもそんな事を考えていられる精神状態ではなかった。今の今まで死んでいると思っていた幼女が、突然起き上がったのだ。元地球人のオッサンにとっては、興味よりも恐怖が勝つ。
そうして様子を窺うことしばらく。
ついにというべきか、幼女と視線が重なった。
「…………だれ?」
「こっちの台詞なんだよなぁ」
いやまぁ、どちらかと言えば侵入者は俺の方なのだろうが。
ともあれ、どうやら意思の疎通は出来そうであった。
「俺は新也だ、春日野新也。見ての通り、しがないオッサンだよ」
「…………カスの、にゃー?」
「辛辣すぎる」
希望に満ち溢れていた幼少期ならばいざしらず、今はただのヤニカスアラサーだ。彼女の言うこともあながち間違いではない。だがいずれにせよ、俺のことなど今はどうでもいい。
「それでキミは、あー、その…………一体何者なんだ?」
恐怖を抑え込みつつ、どうにか問いを絞り出す。
ダンジョンの奥底、怪しく近代的な隠し部屋。こんな場所で眠っていた存在が、ただの可愛らしい幼女であるはずがない。
そんな俺の問いかけに対して、しばしの沈黙の後、幼女はこう答えた。
「わたしは――――対なんか用人型決戦兵器・A82-CODE:APOCALYPSE」
「…………は? なんて?」
「対なんか用人型決戦兵器・A82-CODE:APOCALYPSE」
無表情のまま、二度目の回答。
彼女の言葉は全て聞き取れた筈だというのに、しかし意味は全く理解できなかった。
「えーっと…………今の、名前?」
「そう」
「ふ、ふーん…………一応聞くけど、型番とかそういうのじゃなくて?」
「そうともいう」
やっぱ型番じゃねーか。
というより、ツッコミどころが多すぎる。
型番とはつまり、製品の発注や管理を行うために付けられる識別コードのことだ。間違っても人間に付けるモノではない。しかし目の前の幼女は、誰がどう見ても人間だ。もちろんこんな場所で眠っていたのだから、只者ではないのだろうが――――いやそもそも『対なんか用』って何だ。
「ね、念の為に聞きておきたいんだけど…………人間だよね?」
「ちがう。わたしはなにかを滅ぼすためにつくられたへいき」
淡々と、そう事もなげに語る幼女。
流石は異世界、ぶっ飛んでやがる。
だが俺も現代人の端くれ、この程度のファンタジーは各種ゲームや漫画、ラノベなんかで履修済みだ。
「えっと、つまりなんだ。ゴーレムとかホムンクルスとか、そういうヤツだったり?」
「げんみつにはちがう。けどおおむね、そのにんしきでよい」
「そ、そっか…………ちなみにその、滅ぼす『何か』ってのは…………?」
恐る恐る、最も気になっていた部分に触れる。
忘れてはならないのが、ここが地球とは異なる世界だということ。
魔法の存在や種族による特性などもあり、見た目だけでその者の実力を測ることは出来ない。実際、俺はこの世界に来てからの一月で、そうした例をいくつか目の当たりにしてきた。つまり平たく言えば『見た目幼女でも本当にバケモノでした』という可能性が十分にある、ということだ。
先に言っておくが、俺はとても弱い。
仮にその何かとやらが『目の前の人間を』とかであったなら、今すぐにここから逃げなければならない。逃げ場など何処にもないのだが。
息を飲み、緊張と共に幼女の言葉を待つ。
そうしてゆっくりと告げられたのは、なんとも心温まる言葉だった。
「んむ…………どうやら長期のすりーぷによって、きおくに欠落がみられるので」
「…………ので?」
「わすれた」
「やったぜ」
会ったばかりの幼女に殺されるという展開は、どうやら避けられたらしい。




