第43話 ダイブは無敵が長い代わりに硬直も長い
斧槍による横薙ぎ、死に物狂いの横っ飛び。
頭の数センチ上、鋭い刃が通り過ぎてゆくのを感じた。
「うおおおおお!?」
相変わらずのみっともなさだ。
そもそもヤニの力が無ければ回避することすら出来ないだろう。これがもしアッシュなら、もっとスマートに避けられるのだろうか。あるいは軽く受け止めてしまうのだろうか。いずれにせよ、俺に真似出来る芸当ではない。スィーリアで購入した剣もあるにはあるが、こんなものはほとんど飾りでしかない。オーガを倒した時は何が何やら、無我夢中で振り回した剣が偶然いい感じに入っただけ。あんなラッキーはそう何度も起こらない。俺に出来ることなど、精々が必死こいて逃げ回ることだけだ。
「ぷぅちゃん! 時間稼ぐから、これに煙草詰めといて!」
ぷぅちゃんの方へ『生命加速装置』を放り投げる。
それは放物線を描き、くるくると回転しながらぷぅちゃんの頭上へ。
「む」
飛んできた『生命加速装置』を見つめ、白羽取りの要領で両手を掲げるぷぅちゃん。そのまま勢いよく手を叩き、ぱちんという小気味良い音を鳴らした。
「あいた」
アム特製の『生命加速装置』はぷぅちゃんの頭でぽよんと一度弾み、カラカラと乾いた音を立てながら、そのままどこかへと滑って行ってしまった。比較的状態が良いとはいえ、恐らくここは数百、数千年も前の廃墟だ。床には様々な瓦礫や残骸などが転がっており、ひび割れなども見られる。魔導具の明かりがあるといっても、物探しに適しているとは言い難い。
「…………ざんねん」
「諦めないで!? 探して!?」
そんな事を言っている間にも、バーサーカーお姉さんの攻撃は続く。
「ぬおおお!」
今度は強烈な縦振り。
振りは恐ろしく鋭いが、しかし動き自体はやや緩慢だ。
例えるならゾンビといったところだろうか。ゆらゆらとした不規則な動きから繰り出される斧槍による一撃は、恐らく腕に覚えのある者ほど厄介に感じるのではないだろうか。攻撃の呼吸やタイミングが非常に読みづらいのだ。敵の動きを予測しようとすればするほど、この緩急には手こずるハズだ。
しかし俺は、ヤニの加護によって向上した能力を全て『見』に集中している。動きを予測するのではなく、目で見てから必死に避けるスタイルだ。というより戦闘技術がからっきしであるため、そうすることしか出来ないのだ。だがこの場、この相手に限っては逆にそれが幸いしていた。
巨大な斧槍がホールの床へと叩きつけられ、強固な床へと深い爪痕を刻み込む。というか、分厚い刃の中程まで思い切りめり込んでいた。圧倒的なリーチと重量で繰り出される攻撃は、恐らくわずかに掠るだけで致命傷たりうる。安物の武器で受けるなど以ての外だ。
(ほとんど無意識で動いてるだけなのにコレって、もし正気だったらどんだけ強いんだ……?)
仮に技を用いられればどうなっていたことか。
現状、毎度全力ダイブで攻撃を回避するのがやっとなのだ。俺のような素人など、たったひとつフェイントを入れられるだけでお陀仏だろう。今はどうにか凌げているが、体力が切れればどう考えたってそれまでで。そしてヤニカスの体力など推して知るべし、そこらの子供より低いことは火を見るより明らかである。
背中にびっしょりと汗をかきながら、ちらとぷぅちゃんの方へ視線を送る。どうやら『生命加速装置』は無事見つかったらしく、今はタヌキと二人で床に座り、いそいそと煙草を詰めているところであった。そこでふと、小さな違和感を覚えた。
(そういえば、どうしてぷぅちゃんは狙われないんだ? ゲームでもあるまいし、ヘイトがどうのなんて話じゃないハズだが……)
状況から考えて、ぷぅちゃんの方へ意識が向いてもおかしくはない。むしろ『潰しやすい敵から先に潰す』という戦いのセオリーに従うのであれば、彼女が狙われる確立のほうが高いハズ。戦略的な意図が無く、本能で動いているのなら尚更だ。しかし実際にはぷぅちゃんに見向きもせず、ただひたすら俺を追い回している。これは果たして一体どういうことなのだろうか。
(動く相手を追いかけてしまう獣的なヤツか? それとも、何か別の理由があって意図的に狙っていない……?)
一定の距離を保ちつつ、思考を回転させる。
まさか地べたに座って煙草を詰めているだけのぷぅちゃんよりも、俺の方が脅威度は低いということなのだろうか。いやまぁ、それは事実なのだが。
そんな風に考えていた時だった。
「ね……サ……ン」
眼の前のバーサーカーお姉さんが、俄に言葉のようなものを発したのだ。途切れ途切れで、かつ掠れるような声。それは言葉というより呻き、あるいは呟きに近かった。
「……なんだ? 今、何か言って————」
突如聞こえてきた声に眉を顰める。
その瞬間、今度は俺の右方から別の声が聞こえてきた。
「にゃー、できた」
『生命加速装置』に煙草を詰め終わったぷぅちゃんが、むっつり顔で右手を掲げていた。その手の中には確かに、煙草がセットされた切り札が握られている。キャッチに失敗したときはどうなることかと思ったが————さすが相棒、頼りになる。まぁ恐らく、見つけてくれたのはジークなのだろうとは思うが。
「っ! ナイスだぷぅちゃん、へいパス!」
必死に逃げ回っていた所為もあってか、俺とぷぅちゃんを結ぶ直線上にはちょうど敵の攻撃範囲が重なっていた。直接受け取りに行こうと思えば、もう一度敵の攻撃を捌く必要がある。これまでもただ必死に、紙一重でどうにか回避していただけなのだ。もう一度回避出来るかと問われれば、正直なところ自信がなかった。そもそもこうならないよう立ち回るのが普通なのだろうが、残念ながら素人の俺にそこまでの技量はない。
とはいえ『生命加速装置』は手のひらサイズ。
投げてもらえればそれで問題なし、要らぬリスクを負う必要はない。
距離はざっと十五メートルほど。ぷぅちゃんの方へと小さく手を上げ、パスを呼び込む。
それを受けたぷぅちゃんは掲げた自分の右腕をむっつりと眺め、任せろと言わんばかりに振り抜いた。
びたん。
小さな手の上にあった俺の切り札は、そのままほとんど直下へと叩きつけられた。飛距離はおよそ三十センチといったところだろうか。
「……肩弱っ!」
「むねん」
力は強いし身体も頑丈、火力は抜群。
しかし所詮、幼女は幼女。特にぷぅちゃんの動きは滅茶苦茶遅い。如何に最強の古代兵器といっても、彼女には弱点もあるのだ。ジークに持ってきてもらうという選択肢も浮かんだが、しかしヤツもまたどんくさい動物代表のタヌキである。似たような結果になるのがオチだろう。
ともあれ、こうなった以上は仕方がない。
リスクを承知で、もう一度視線をくぐり抜けるしかなかった。そうして俺が腹を括った時、またしても不可解な出来事が起こった。
「クソっ、あと一度くらいなんとかして…………ん?」
バーサーカーお姉さんの動きがぴたりと止まっていたのだ。
俺の眼前で、ただ一点を凝視して停止するお姉さん。その視線の先には、再び地面へと『生命加速装置』を叩きつけるぷぅちゃんが居た。
(……何だ? ぷぅちゃんを見て止まったのか? でも今更どうして————まさか狙っていなかったワケじゃなく、ただ暴走で視野が狭まって、今まで目に入っていなかったのか?)
確証はない。
そもそも眼の前のお姉さんが『暴走している』という事すら仮定の話だ。
(なら目に入った今、止まった理由はなんだ? っ…………いや、それよりも今は!)
なんとなく埋まりそうだった疑問という名のパズルを頭の隅へと放り投げ、今が好機とばかりに走り出す。やはりバケモンお姉さんはこちらに見向きもせず、ただ首を傾げ、じっとぷぅちゃんの方を見つめていた。まるで何かを確認するかのように、だ。よく見るとジリジリ進んでいるようにも見える。いや怖えよ。
ともあれこの隙にお姉さんの脇をすり抜け、無事ぷぅちゃんの下へとたどり着くことが出来た。
「よし……! ぷぅちゃんは例の『人を正気に戻す』魔法の準備を頼む」
「わかった」
ぷぅちゃんの力強い(?)返事に満足した俺は、いよいよ『生命加速装置』を口に咥えた。
異世界版リサ・トレヴァーです




