第44話 支払いは任せろー(バリバリ
(そもそもコレ、使い方合ってんのかな……もしかして火ィ点けてから差し込むのが正解だったりする?)
平均して、一本吸えば二十分は寿命が縮むと言われている煙草。それを一度に八本も吸おうというのだから、まさしくこれは馬鹿の所業だ。ぷぅちゃん曰く、『ヤニの加護』によって健康への害は軽減されるとの事だが————そもそもヤニカスが健康についてどうこう考えているはずもない。なんなら身体に悪い方が美味いとか思ってるようなヤツらだ、面構えが違う。
ともあれこんなジョークグッズ、使ったことがある人間の方が少ないだろう。もちろん俺もそのクチで、実際に使うのはコレが初めてだ。まさか初めての生命加速装置が異世界産の魔導具になるとは、『事実は小説より奇なり』とはよくいったものである。そんな益体もないことを考えつつ、普段より僅かに強く息を吸いながら、ぷぅちゃんがセットしてくれた煙草に火をつける。
そうして煙を吸い込めば、どこからともなく力が湧き上がる。
普段の自分よりも格段に、能力が向上しているのを感じた。
(うお…………なんだコレ……?)
それと同時に感じる、目眩にも似た浮遊感。
妙にゆっくりと流れてゆく視界。感覚が研ぎ澄まされ、全身から無駄な力が抜けてゆく。例えばラノベやゲームなんかだと、バフ魔法なんかが掛かった時に、普段とのギャップに戸惑う描写がしばしば見られる。普段と比べて感覚や力が急激に上昇したため、力の加減が分からなくなる、みたいなアレだ。そんなファンタジー体験を、まさか自分が体験することになるとは。
(身体が軽いっつーか、いや……でもなんかこの感じ……どっかで覚えがある気がする)
しかしこの不思議な感覚に、何故だか俺は覚えがあった。
地球上には当然、魔法など存在しない。つまりバフがかかるなんて状態はあり得ない。では一体どこで、俺はこの感覚を知ったのだろうか。冷静に、けれど高速で頭を回す。理由は分からないが、しかし妙に胸騒ぎがした。そして次の瞬間、漸くその正体に思い当たる。
(…………いや違う! コレは————ヤニクラだ!)
ヤニクラ。
つまりは『ヤニでクラクラ』する現象の事。
大抵の場合は吸い始めて日が浅いか、久しぶりに吸ったか。あるいは普段よりキツめの煙草を吸ったときに起こる、正真正銘の『目眩』である。感覚的には立ち眩みが最も近いだろうか。先程の浮遊感の正体はつまり、煙草を一度に八本も吸ったことによるヤニクラだったのだ。ニコチンと一酸化炭素によって発生するそれは、ほんの一瞬とはいえ意識を奪う。平時ならばいざ知らず、戦闘中に発生して良いものじゃない。
力が抜け、かくりと折れる膝。
眼の前には巨大な武器を握ったバーサーカーお姉さん。
(ヤバいヤバいヤバい!)
恐らく、能力の向上自体は成立している。そうでなければ、この思考速度はおかしい。だがどれだけ能力が上がったところで、ふらついて動けないようでは何の意味もない。こんなことならテストくらいはしておくべきだったと、今更ながらに後悔する。再現性のない力に頼るのは馬鹿だ、把握できていない能力など無意味だ、などと嘯いておきながらこの体たらく。もしかすると俺にも、どこか傲りのようなものがあったのかも知れない。なんとまぁ情けない話である。
未だ相手はぷぅちゃんに見惚れておりこちらに意識は向いていないものの、それはそれでマズい。霞む視界の中、それでも必死に手を伸ばす。せめて相手の注意をこちらへ向けなければ、と。そんな俺の腹部へと、突如凄まじい衝撃が襲いかかる。
「がはッ!」
今度は感覚ではない、正真正銘の浮遊だ。
よく見えなかったが、恐らくは斧槍の柄で殴られたのだろう。
俺の身体はまるで紙くずのように吹き飛び、気づけばそのまま壁へと叩きつけられていた。十五メートルは飛んだだろうか。もし加護の力が働いていなければ、まず間違いなく今の一撃で大怪我、あるいは死んでいたかもしれない。それほどの衝撃だった。
「ぐッ……痛ッてぇ」
痛みに顔を歪めながら、ぷぅちゃんの方を確認する。
いつもどおりぬぼっと立ち尽くすぷぅちゃんと、幽霊よろしく項垂れたままのお姉さんが対峙していた。やはりぷぅちゃんに襲いかかる様子はないが、相手がヤバいことには変わりない。何せ大人のオッサン一人を数十メートルも吹き飛ばす膂力の持ち主なのだ。仮に殴られでもすれば、ぷぅちゃんの鋼のボディを以てしても無傷とはいかないだろう。
「くっそ……ぷぅちゃん、逃げ————」
軋む身体に鞭打ち、そう叫んだ瞬間だった。
あろうことにぷぅちゃんが、イカれたお姉さんの方へと向かってトコトコと歩み寄ったのだ。一体どういうつもりなのかと、警告する暇すらなかった。お姉さんの前まで辿り着いたぷぅちゃんは無造作に、突然右手を思い切り振り抜いた。小さな右手が向かう先は相手の左頬。
「にゃーをいじめるな」
ばちぃん!
廃墟と化したホール内に、乾いた音が鳴り響く。
とても幼女のビンタとは思えない、いっそ爆弾でも破裂したのかと思うような轟音だった。
ぷぅちゃんの弱点は『機動力の無さ』。
普段はいちいち動きの遅い幼女だが、しかしパワーのみで言えばまさしく兵器級。いつぞや見せてくれた大魔法はもちろんのこと、仮にステゴロであっても、動かない相手に対しては抜群の破壊力を誇っている。ついでに軽トラくらいの体重もあるため、彼女のビンタは死ぬほど重い。俺も一度食らったことがあるが、想定していたより何倍も痛かったのを覚えている。
そんな彼女の全力ビンタをモロに受けたお姉さんはと言うと。
俺とは真逆の方向へと吹き飛び、俺と同じ様に壁へと叩きつけられていた。
「やっつけた」
「やったぜ」
こちらの様子を見に来たぷぅちゃんに、ニカっと笑顔で答える。
ヤニクラで負けました、などという情けない現実に目を背けながら。
「……とりあえずぷぅちゃん、あと任せていい?」
「まかせろーばりばり」
「やめて……」
戦いが終わった安堵からか、思い出したかのように痛みがやってくる。
この世界にマジックテープ式の財布ってあるのかな、今時は電子決済が主流だよ、などとどうでもいい事を考えつつ、俺は意識を手放した。




