第42話 誰だよコレ最初に考えたヤツ
異常。
明らかに異常だった。
外見だけは間違いなく人間。しかし纏う雰囲気は人外のそれ。禍々しく光る眼光も、いやに大きな斧槍も、およそ『構え』とは言えない立ち姿も。いっそそこらの魔物————ゴブリンなどの方がまだ人間に近いような、そんな気すらする。眼前の女はそれほどの異常性、尋常ならざる気配を放っていた。
(……マジでやるのか、俺。ちょっと素早いだけのオッサンが、コレと?)
いざこうして対峙すれば、恐怖に身が竦む。
明らかな敵対性を持つ人間と戦うのは、思えばこれが初めてであった。日本で生活していた頃、様々な悪意や敵意を目にしたことはもちろんある。学生時代の先輩や街中に生息するヤンキー達をはじめとし、会社の上司であったり、取引先であったり。いつ、どこだってそうだ。現代社会に於いても『敵』は無数に存在する。そこに折り合いを付けて生きていくのが人間であり、それこそが社会を生きていくための成長と言えるだろう。
一方で、魔物と戦った経験だってもちろんある。いつぞやのオーガだってそうだし、ぷぅちゃん抱えてドラゴンの眼前をコバエよろしく跳ね回った時もそうだった。しかし魔物から向けられる敵意というものは、どちらかといえば本能的なモノに近い。例えば近所の犬に吠えられるだとか、猫を構いすぎて威嚇されるだとか。魔物と対峙したときに感じる恐怖とは、それらを何倍にも増幅したもの、といえば分かりやすいだろうか。
人間の持つ敵意には明確な『意思』があり、それによって恐怖の方向性は変わる。
つまり人間から向けられる敵意と、魔物から向けられる敵意は全くの別物ということだ。
と、ここで疑問がひとつ。
(……なんか違和感あるな)
眼の前の女から向けられる敵意。
それはどちらかといえば本能的な————魔物から向けられる敵意に近いような、そんな気がしたのだ。もちろん根拠はないし、ほとんど戦闘経験のない一般通過平和ボケおじさんの体感でしかない。気のせいかもしれないし、仮にこの感覚が間違っていなかったとして、だからどうしたという話ではある。しかし。
(元々はこうじゃないというか、なんというか…………そう、正気を失っている感じに見えるんだよな)
見た目と気配の乖離が大きすぎる、とでも言えばいいのだろうか。
普段穏やかで優しい人が何の前触れもなくキレ散らかし始め、その姿を傍から眺めているような。ゲームや漫画に当てはめるなら、例えば狂戦士が血を浴びすぎただとか、例えば致命傷を受けたことで勝手に暴走モードが起動しただとか。我ながら貧相な例えではあるが、とにかくそういった風に見えるのだ。
もちろん真相は分からない。
分からないが、もし仮に、そうであるならば。
(やりようによってはなんとかなる、か?)
考えをまとめ、背後でぬぼーっと突っ立っているぷぅちゃんへ問いかける。
「……なぁぷぅちゃん、人を正気に戻す魔法とかってあったりする?」
「あるよ」
「マジか。ちなみに、使えたりする?」
「よゆう」
「さすが、頼りになるぜ」
俄に、勝ち筋が見えたような気がした。
まずそもそもの話だが、俺がコレに勝てるとは思えない。
何度でもいうが俺は弱い。戦闘技術なんてものは謂わば積み重ねであり、ちょっと覚悟を決めたくらいで強くなれるなんて、そんな都合の良い話はない。ヤニの加護のおかげでオッサンにしては多少素早いし力も強いが、逆を言えばその程度でしかないのだ。
加えて、出来れば人間を手に掛けるなんてことはしたくない。
ぷぅちゃんの保護者として覚悟を決めはしたが、それとこれとは話が別だ。甘っちょろいことを言っているのは分かっているが、こちとら数カ月前まではただの営業マン。現代日本の倫理観で育っている以上、そう簡単には受け入れられない。
そうした自身の感情を鑑みた時。
殺す以外の選択肢がある今の状況は、存外悪くなかった。
まぁそれもこれも、全ては俺がアレを制圧出来ればの話なのだが。結局これは賭けでしかない。降って湧いたような状況で、いきなりこんな賭けにでなければならないこと、それ自体が情けない話ではある。とはいえ他に活路も見えず、今はこの都合の良い綱渡りに賭ける他なかった。弱さはこの異世界に於いて、それだけで行動の選択肢を狭めてしまうらしい。
懐をまさぐり、小さなケースを取り出す。
スィーリアを出発する際、アムから手渡された魔導具の保管箱だ。
「しかしまぁなんというか、さっそくコレの出番がくるとはなぁ……アムには感謝しないと」
取り出したるは、怪しい形状の怪しい魔導具。
これこそはアムにお願いして作ってもらった、ヤニカス界の最終兵器。
その名も————。
「なにそれ?」
「よくぞ聞いてくれたぜぷぅちゃん。これはな————『生命加速装置』だ!」
そう宣言し、高々と切り札(予定)を掲げる。
ホイッスルのような吹口と、左右に4つずつ接続されたV字型のスロット。そのバカみたいな見た目はまさしくV型8気筒エンジンのよう。ボディには金細工が施されており、無駄に高級感とオシャレ感を演出している。一見すると何に使うものなのか分からないであろうが、しかしなぜだか妙に心が踊る一品。これにはぷぅちゃんも大喜びであった。
「おお……かっこよ」
「だろ?」
「どういうやつ?」
「フッ、聞いて驚くなよ? これはね…………なんと! 煙草を同時に八本まで吸うことが出来るアイテムなんだよ!」
そう言って俺は、生命加速装置をぷぅちゃんに見せびらかした。
つまるところ『生命加速装置』とは————ただのジョークグッズである。俺も古代人をとやかく言えないよね、うん。
まぁそれはさておき。存在自体は割と有名なアイテムだが、実際に使ったことがある人は少ないんじゃないだろうか。いくらヤニカスだからといって、何本も同時に吸いたいだなんて普通は思わないからね。斯くいう俺も実際に使ったことはない。
しかし、今の俺にはどういうわけか『ヤニの加護』なる怪しすぎる能力が備わっている。そして俺達はこの能力について調べるため、アム協力の下でいくつかの実験を行った。とはいえ時間が足りず、能力の詳細は未だ大半が不明。故に俺達がスィーリアへ戻ってから、改めて調べ直すという事になっているのだが————そんな中でも、わずかながらに分かったことがある。それはヤニの本数によって能力の上昇値が変わるということだ。要は単純な話で、吸えば吸うだけ強くなるというだけの事である。とはいえ八本吸えば能力も八倍だとか、そういうわけではなかったが。ともあれ、これは今後俺の切り札たり得ると判断した。
故に、この『生命加速装置』というわけだ。
「はっそうがぐっど。きらいじゃない」
「へへ、よせやい。ただ今、実はちょっと気づいたことがあってさ」
「なに?」
小首をかしげるぷぅちゃんへ、頭を掻きながら告白する。
これは誤算というよりも、ゲラゲラ笑いながら考案したことによる弊害か。つまり俺とアムは二人して、実際に使うときのことを考えていなかったのだ。それにより発生した問題とは、すなわち————。
「…………これさ、敵の眼の前でセットする時間って無くない?」
「……おお」




