第38話 天丼は二回まで
早朝ということもあってか、西門前はまだまだ人影が少なかった。
「地図は持ったかい? 食料は? 紹介状も忘れてないだろうね?」
「オカンか」
御者席の上で手綱を握りながら、アムの言葉に苦笑する。
忙しい立場でありながらもわざわざ見送りに来てくれるあたり、やはり彼女はいいヤツだった。アムから借りっぱなしとなっていた馬車も、なんだかんだ継続して使わせてもらっている。本人曰く『滅多に使わないし、キミ達にあげるよ』とのことであるが、馬車とはボロですらそれなりに値が張るもの。それは流石にと丁重にお断りした。とはいえ、このままレンタルが続くようであれば買い取る必要も出てくるだろうが。
「仕方ないだろ? これは数日行動を共にしたからボクだからこそ分かる事なんだがね。キミ達は、キミ達が思っているよりも抜けてるところがあるぜ」
「うぐ」
これに関しては正直、思い当たるところがあった。
俺とぷぅちゃん、二人ともに共通して言えることがある。それはこの世界、あるいはこの時代に於ける常識の欠如だ。
俺はこちらの世界に来てから、今で漸く三ヶ月程度。
なまじ『現代日本』という全く異なる世界の常識があるからこそ、異世界での常識が未だ馴染まない。日本人としての常識など、当然ながらこの世界ではほとんど役に立たないのだ。特に、防犯意識に関しては壊滅的と言っても過言ではない。例えるなら海外旅行中の日本人といったところだろうか。いい歳した大人であるからと常に気をつけているつもりでも、実際には平和ボケから抜け出せていないということだ。あるいは日本人でなければ、もう少し順応していたのだろうか。
ぷぅちゃんに至っては遥か古に作られた存在であり、おまけに目覚めてからまだ数週間しか経っていない。兄貴の知識を引き継いでいるという点も相まって、その言動には非常に偏りがある。そんな俺達の姿が、アムのような現地人からすれば穴だらけに見えるというわけだ。さもありなん。
「き、気をつけます」
「頼むぜ。キミ達に何かあったら、ボクも困るんだ」
これに関しては、大人である俺が気を配る他ない。
独り身の迷いおじさんだった頃とは違い、今は守らなければならない相方がいるのだから。社会的な意味で。
なお通常であれば、こうした長旅には護衛を付ける場合が多い。商人であれば冒険者を雇うし、貴族であれば兵士を使う。しかし俺達は事情が事情なので、そうした通常の方法を取ることが出来ない。冒険者を雇おうにも、俺達には知られたくないことが多すぎた。ここは異世界、現代日本ほど個人情報が保護されている世界ではないのだ。まさか顔見知りだからというだけの理由で、騎士団から人員を出してもらうわけにもいくまい。アムは最後まで渋っていたが。
彼女にとって俺達は、今後の魔導技術進歩に関わる重要なピースだ。
俺達に何かあった時、アムもまた不利益を被るのだ。おまけに協力者であり、いわゆるケツモチでもあるわけで。アムに俺達の行動を縛ることは出来ないが、咎める権利は十分にあるだろう。だがまぁなんというか、戦闘技術と体力はないが妙に素早いヤニカスと、動きは遅いが火力抜群の幼女。合体すればドラゴンすらも倒せてしまったワケで、戦闘力に関して言えば一切の問題がなかったのだ。故にこうして、渋々ながらも二人旅の許可が下りたというわけである。
個人的には過大評価だと思いますけどね。
なんなら一番不安に感じているのは俺だと思います。結局俺の能力については、まだほとんど調べられていないしね。こちとら加護だなんだと、未だに半信半疑なのだ。何度でも言うが、理屈が分からない要素を計算に入れるのは非常に危険だ。日本人的な感覚なのかもしれないが、そう簡単には変われそうになかった。
「さて……それじゃあ、そろそろ出発するよ」
「ああ、気をつけ————っと、そうだ。すっかり忘れていたよ。コレを渡しておかなくちゃな」
そうして出発しようとした俺達だったが、しかしここで再びアムに呼び止められる。
一体何事かと思えば、アムは何やら懐から小さな箱を取り出した。そうして精一杯背伸びをし、御者台に座る俺へとその小箱を渡してきた。
「……これは?」
「ほら、例の頼まれていたヤツだよ」
ゆっくりと小箱の蓋を開け、中身を確認する。
そこには多気筒型エンジンによく似た、ホイッスルのようなモノが収まっていた。といっても俺が知っているちゃちなプラスチック製のモノではなく、しっかりとした金属で作られた最新(?)魔導具だ。何やら複雑かつ美しい装飾まで施されており、パッと見では『ソレ』と分からないような仕上がりになっている。これは俺がアムに依頼していたアイテムで、もしかすると俺の切り札となるかもしれないモノだ。
「流石、仕事が早いぜ」
「だろ? といっても、別に難しいモノじゃあなかったからね。見たことも聞いたこともない道具だったから、ボクとしても楽しい仕事だったよ。折角だし、ついでに色々と機能を追加しておいたぜ。説明書を付けておいたから、道中にでも読んでくれたまえ」
どうやら筆頭魔導技師であるアムが手ずから作ってくれたらしい。
普通に依頼すれば一体どれほどの費用がかかることやら、こうして知り合えた事に感謝である。
ともあれ俺とぷぅちゃんは、一路グレンタニアを目指して旅立つのだった。
とは言っても片道二週間の旅ではある。ちょっとした海外クルーズ旅行みたいなものと考えれば、まぁどうにかなるだろう。
* * *
そんな風に思っていた時が、俺にもありました。
それは出発から二日後の事。
「にゃー」
「おん? 何、もうお腹空いちゃった感じ?」
「ちがう。まもの、うえからくる」
「……え、嘘でしょ? またかよ!?」
つい最近もあったやりとりに、眉がひくりと痙攣する。
俺の知る限りではあるが、俺達の魔物遭遇率は異常に高かった。
「…………もしかしてなんだけど、煙草の煙に寄ってきてたりする?」
これは恐らく喫煙者あるあるだと思うが、煙草を吸っている時、何故か蜂やら蠅やらカナブンやらといった虫が寄ってくることがあるのだ。理由は分からないし、もしかすると気の所為なのかもしれない。だが実際に、そういった経験がある喫煙者は多いのではないだろうか。まぁもちろんこれは地球での話だが————それがここ異世界では、魔物も引き寄せてしまうのではないだろうか。もちろんこれは根拠のない推測だが、しかし毎度空から魔物がやってくるあたり、絶対に無いとも言い切れない気がした。
手綱を握ったまま上空を見上げれば、そこには小型の亜竜種が一体。
冒険者ギルドが定めるところの危険度Cランク、ワイバーンの姿が見えた。
「ほろぼしていい?」
「毎度申し訳ないんだけど、お願いします」
危険度Cランクと言えば、ベテランパーティーであれば難なく倒せる程度の相手だ。飛んでいるぶん厄介ではあるが、攻撃手段さえ持っていればそう恐ろしい魔物ではない。ワイバーンの動きはそれほど早くないため、単体であれば弓や魔法で簡単に落とせてしまうのだ。もちろんゴブリン相手ですら手こずる俺にとっては、ワイバーンも十分に脅威的な相手なのだが。しかしこちらには最終破壊幼女ことぷぅちゃんがいる。たかが亜竜の一体や二体、彼女にかかれば指先ひとつでダウンだ。
俺達に狙いを定め、浅い角度で滑空するかのように迫りくるワイバーン。
二台の上に立ち、威風堂々と迎えうつぷぅちゃん。そうして指先をワイバーンの方に向け————肩をがっちりと掴まれ、彼女はそのまま上空へと連れて行かれた。
「うおお」
「すぐそれ」
もちろん予想してましたとも、ええ。
御者台を飛び降り、ポケットから『めぷぅす』を取り出す。落ち着いて煙草に火を付け、次いでゆっくりと煙を吐き出し————。
「これ、ホントに二週間で着くのかね……」
不安過ぎる先行きに、俺は小さく呟いた。




